3. 紹介不要
「さて、書面はあとで作るとして、ディガーになるなら素質鑑定をする必要がある」
「前にやったことあるけど」
「それでも決まりだからな。素質とは言っているが、後天的に変化することもあるらしいぞ」
「そうなんだ」
「ああ。まあ、滅多にないらしいけどな……」
話ながら、カシウスは鍵つきの戸棚から素質鑑定の器具を取りだした。六角盤と呼ばれるそれは、名前通り六角形で平たい。縁には特殊な文様が施され、内側にも外縁を縮めたような銀色の六角形がある。一見すると鏡のように見えるが、映し出すのは現実の写像ではなく、対象の素質だ。
「使い方はわかるな?」
「ピカピカのところに手をおけばいいんでしょ?」
「そうだ。やってみろ」
アシュレイは差し出された六角盤を机に置いて、中央部分に触れる。変化はすぐに起こった。鏡面にあたる部分がさざ波のように揺らいだかと思えば、六角形の対角に黒い線が引かれる。そして、三つの線が交差する六角形の中心にぼんやりとした緑色の光点が生まれた。
「変わってないね」
「あいかわらず、綺麗にど真ん中だな」
六角盤の頂点のうち下方を除く五点には剣、靴、盾、杖、杯を象った印が刻まれている。それらが意味するのは、ディガーが
剣は攻撃型の影装。武器を使って攻撃するタイプのアタッカーである。
靴が示すのは斥候型。索敵や危機察知能力に優れ、戦いでは速さで敵を翻弄する。
盾は防御型の影装。多くは武器での攻撃もこなすが、得意とするのは防御行動。チームで活動するときは味方を守る盾として役割を果たす。
杖は魔戦型だ。魔法と呼ばれる超常の力で虚空から火炎や稲妻を発生させて敵を討つ影装である。一撃の威力は大きいが、その分準備に時間がかかるため隙も多い。総じて打たれ弱い型でもある。
杯は治癒型の影装。魔法は魔法でも、こちらは攻撃ではなく味方の傷を癒すことに力を発揮する。治癒能力は影装によってまちまちだが、大抵は裂傷程度ならたちどころに治療してしまう。危険な探索には是非とも帯同させたいところだが、攻撃手段が乏しいことが多く、単独での戦闘には向かない。
印の配置は剣を真上とすると、その左が靴、右が盾となる。靴の下が杖、盾の下が杯だ。印のない下端は未分類の特殊型で、支援や妨害を得意とする影装はここに入る。
影装の型には人それぞれ得手不得手があり、緑色の光点がそれを示す。剣の頂点に近ければ、攻撃型影装と相性が良く、隣接する斥候型と防御型にもそれなりの適性がある。一方で、対局の位置にある特殊型とは相性が悪い。相性の悪い影装を宿すことが不可能というわけではないが、馴染むまで時間がかかり、本来の性能を発揮することができない。
アシュレイの適性を示す緑の光点は盤の中央に居座っている。これはつまり、影装の得意不得意が全くないことを示していた。
「得意影装がないって……やっぱり向いてないんじゃないか、ディガー」
「そんなことないよ。どんな影装でも使いこなせるってことでしょ。万能な素質じゃない」
「変に前向きなヤツだな。こういうのは器用貧乏って言うんだよ」
呆れた様子を見せるカシウスと、笑顔で結果を受け入れるアシュレイ。どちらが一般的かと言えば、カシウスの主張である。
扱う事柄によっては、不得意がないことは大きなメリットになる。とはいえ、影装の素質に関して言えば、カシウスの指摘通り不利と言わざるを得なかった。というのも、影装は頻繁に切り替えるものではないからだ。
影装は体に馴染むほど、大きな力を引き出せるようになる。だが、長期間その身に影装を宿していれば馴染んでいくのかと言えば
影装を別のものに切り替える場合、取り込んだエネルギーの多くが失われる。同じ型の影装なら比較的ロスが少ないことがわかっているが、はっきりと自覚できる程度には弱体化するという。ましてや、別の型に切り替えた場合の損失は大きい。六角形対角に位置する型に切り替える場合、また一から馴染ませるくらいの覚悟を必要とする。
従って、頻繁に影装を切り替える行為は推奨されていない。切り替えないならば、不得手な型がないというメリットに意味がなくなる。結果として、得意不得意がはっきりしている方が、ディガーとしては優れているということになるわけだ。
この理論で言えば、アシュレイのディガーとしての素質は最下級。それでもニコニコ笑っていられる彼の精神がカシウスにはわからない。ただただ呆れかえるばかりだ。
「影装についての説明はいらないんだよな」
「大丈夫。見習いだったときに教わったし、実際にもう宿してるから」
「そうだったか。ちなみに、何の影装だ?」
「うーん……それは秘密にしておこうかな」
「何でだよ! まぁ、いいけどな。俺が一緒に潜ってやれるわけじゃないし。でも、チームで活動するなら、メンバーにはちゃんと共有しておけよ」
「それくらいはわかってるよ。僕のこと何だと思ってるの」
ジトッとした目で見られたところで、カシウスとしては当然の心配だと胸を張れる。アシュレイに常識は期待できない。もし、常識があるなら、所属員一人のチームを維持しようなどと思うはずがないのだ。
「よし、手続きはこれでおしまいだな。最後に聞いておきたい。これから、どうするつもりだ? お前のことだから、何も考えてないとは思わないが、何度も言うが相当厳しいぞ」
「うん、わかってる。今のランクじゃ潜れる魔窟も限られるから、どこかのチームに合流させてもらおうかなと思ってるよ」
「そうか。うーん……」
カシウスは唸る。アシュレイの口から飛び出したのは意外にも正攻法とも言える対応策。それだけに、彼の置かれた事態を打破するには厳しく思える。真っ当な手段でどうにかできるならば、カシウスもこれほど心配はしない。
だが、あえて指摘はしなかった。手堅くやるなら危険は少ない。チームノルマは厳しくとも、個人の方はどうにかなるはずだ。もちろん、一緒に仕事をするチームがまともであればの話だが。
「合同探索をするつもりなら、俺の方からチームを紹介してやろうか」
アシュレイは登録したばかりの新米ディガーだ。現段階では戦力とならないと判断するチームは多いはず。幾つものチームに断られた結果、焦って評判の悪いチームと組むことになったら目も当てられない。
そこでカシウスは少しばかり手を貸してやろうと考えた。仕事柄、ディガーチームの評判は把握している。仮にも兵長が仲介したとなれば、悪くはしないはずだ。
だが、本来ならば諸手を挙げて歓迎されるはずの提案は、バツの悪そうな顔とともに拒否された。
「カシウスさんが紹介してくれるってことは、きっと良いチームだよね。そういうところを巻き込むのはちょっと……」
「おいおい、何か企んでるのか?」
「何でもないよ。ホント、ホント」
「いや、どう考えても嘘だろ……」
にへらと笑っても今更騙されはしない。問いただそうとしたところで、それを察したアシュレイが逃げの体勢に入る。
「もう手続きは終わったんだよね? じゃあ、僕、もう行くね!」
「おい、ちょっと――」
「ばいばい、カシウスさん!」
静止の言葉も聞こえないフリ。アシュレイはさっさと部屋を出て行った。
聞き出そうと思えばまだ聞き出せる。兵長のカシウスにはその権限があった。そうでなくとも、本気で問えばアシュレイは渋々ながら答えるだろう。
しかし、そこまではしないことにする。何か企んでいるのは間違いないだろうが、アシュレイなら人の道を外れるようなことはしないだろうと考えたからだ。
ただ、ときおり突拍子もないことをしでかすのも知っている。どうしても消えない不安を吐き出すように、カシウスは大きなため息を吐いた。
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