第3話 後編 名もなき怪物


 無数の蒼白い光が、洞窟内の上空を覆う。

 

 (次から次へと……何なんだ!?)

 

 まるで大規模な魔術を発動させたような幻想的な風景が、俺を襲っていた。

 

 その<魔方円陣>から続々と降りてくる黒服の人々。


 筋骨隆々の漢達。

 人間とは異なる姿を持つ亜人達。

 執事服を着たの白髪の老人。

 赤髪の若い女……。

 

 煌々と照らす松明が広大な洞窟内を明らかにしていく。


 血よりも深い黒のスリーピーススーツ、中折れ帽ソフトハット。その縫い目一つ一つに、職人の技が感じられる統一されたオーダーメイド製。スーツの襟ラペルに施されたシルバーの刺繍がさりげなく光り、ネクタイピンには輝く”魔石”が埋め込まれていた。

 

 その端正な佇まいの奥に、厳粛な規律と冷酷な威圧感が潜む。

 

 冒険者の様相とは一線を引く、異様な集団だった。

 

 (一体、何者なのだ!? ……それに……)

 

 彼らが手にする重厚な鋼鉄の筒状の武器。黒曜石のような深い金属性の輝きを放っている。それは一般的な魔術師が使用する<魔術杖ケーリュケイオン>とは全く異なる形状である。


 「お嬢様、総勢三十六名揃いました……」

 

 執事服の白銀髪の老人の号令に、統率の執れた靴音が揃い、沈黙する。


 (なぜ……彼らが現場ここにいるのだ!?)


 それは今回の迷宮柱ダンジョン攻略の発起人であり、最大の出資者スポンサー

 そして口よりも行動、そして『仁義礼智信』を重んじる闇社会の住人。

 

 魔法大国<宝瓶宮国アクエリアス>の闇社会を統べる組織 <沈黙の掟オメルタ >。

 

 荘厳な貫禄を放つ黒服が俺の目の前で、圧巻の整列を見せる。


 そして、その奥から響く、優雅で高い靴音。

 

 「おいおい、随分と派手にやったな!!」

 

 黒服の中の一人、若い男が周りに転がる死体を見て嬉しそうに呟いた、刹那。

 

 「あなたは、また……」


 若い女の呆れ声が聴こえ――黒服の間に緊張が奔る。

 

 まるで海が二つに割れるかのように、整列する黒服達が道を開ける。


 その覇道を。


 一人の赤髪の女が優雅に歩く。

 

 その紅の髪が松明の炎を反射し、さらに鮮やかに揺れ動く。一房一房が見る者を惹きつけ、触れれば焼き尽くす危うさを秘めていた。

 

 彼女は通りすがり、鋭い視線を若者に向ける。


 すると――。

 

 「も、申し訳ありませんでした……ボス……」

 

 不謹慎な発言をした若者は、蛇に睨まれた蛙のように委縮し、慌てて謝罪するのだった。


 彼女は肩に付いた砂埃を軽く払う動作を見せた後、黒スーツの上に羽織る上質な漆黒のトレンチコートの下で腕を組む。

 

 他の者よりも、やや広めのブリム中折れ帽ソフトハット

 若々しく美しい娘でありながらも、大人びた印象の紅い口紅。その唇は、まるで死を約束する契約の印のような冷酷と妖艶さを纏っていた。

 

 (そうか、この女が……)

 

 完璧な計算の上で仕立てられたオーダーメイドが彼女のしなやかな体を包む。そのジャケットの下の深いVライン、胸元に施された装飾の繊細なレース。

 腰に巻かれた艶やかなレザーベルトが細身のウエストラインが強調し、膝下丈のタイトスカートのスリットからは引き締まった黒タイツの美脚が見え隠れしていた。

 

 この一際目立つ派手な服装と、立ち振る舞いが、ファミリーの頂点に立つ存在であることを静かに示す。

 

 それは死と穢れが漂う洞窟に、本来いるはずの無い権力者。


 「お待ちしておりました。お嬢様」


 若くして古参のマフィア<沈黙の掟オメルタ >の首領ボスとなった闇の女王 ソフィア・マルティーニである。


 「まずは……”魔石”の回収ね……」

 

 彼女は周囲の惨状を見渡し、そう呟くと――。


 「かしこまりました」

 

 隣に付き添う白髪の老紳士が、落ち着いた物腰で静かに承諾する。

 

 長い年月を経て刻まれた皺。経験と威厳さを感じる端正な顔立ち。襟元には控えめな蝶ネクタイを締め、年齢を感じさせない堂々とした立ち姿を見せる。

 

 この老人も……ただならぬ気配を放っていた。

 

 「構成員メイドマンの皆様、お仕事のお時間です。先程の打ち合わせ通り、魔物の解体及び遺品の回収、脱出経路の捜索に取り掛かってください……」

 

 彼の的確な指示に従い、各員が迅速な対応を開始する。

 

 地面に転がる首の無い<牛鬼オーグル>。彼らは、その四体の骸の元へ駆け寄り、手慣れた手つきで解体作業を始めていた。

 

 魔物の腹を引き裂くと――滴り落ちる鮮血の赤。その内部から輝く鉱物”魔石”を取り出す。

 その手際は、熟練した冒険者でさえ感心するほどのもので、俺は心底驚かされるのだった。

 

 「……で? 用は済んだのかしら……顧問コンシリエーリ?」

 

 首領 ソフィアが『笑う仮面』の少年へと近づき、刺繡入りのハンカチを手渡す。

 

 (な!? 今……顧問コンシリエーリと言ったよな?)


 「ええ、ありがとうございます♪」

 

 少年は平然とした様子でそれを受け取り、返り血を拭っていた。

 

 顧問コンシリエーリって言えば……唯一、ボスの意見に意を唱える事の出来る、いわば組織ファミリーの相談役である。

 

 (それを……この小さな仮面の少年が、か!?)


 唖然とさせられた俺に。


 こちらの様子に気付いた彼女が話しかけてくるのだった。

 

 「ヴィオラもお疲れ様。……ところで、そちらは?」

 

 綺麗な碧いショートヘアの少女の肩にもたれ、担がれた俺へと投げかけられた言葉。

 しかし、その問いに対して、少年が返答するのだった。

 

 「この方はA級の冒険者チーム<竜の爪痕>のチームリーダーであるアントニオ・グアルディさんですよね♪ 今回の迷宮柱ダンジョンの大規模攻略戦では、合同チームの唯一の生き残りであり、通算四回目の挑戦となるこの道、二十九年のベテラン冒険者様です♪ 特に目立った戦績としましては、この迷宮柱ダンジョン <序列五十三番の契約の櫃アーク>において、五十三階層の主<大蛇グレートサーペント >の討伐の際に盾役として大いに活躍されました方だと伺っておりますよ♪」


 (なぜ!!? !?)


 「そうそう、家族構成はですね……奥様とそのご両親、男の子と女の子の二人のお子さんがいて、王都内にお住まいがあるそうです♪ ちなみに奥様は現在妊娠七ヶ月の妊婦さんだそうですよ♪」


 (な!!? 家族構成まで……なんで知っているんだ!!?)

 

 「貴方……それ……。まあ……もう、いいわ……」


 楽しそうに人の個人情報をペラペラと喋る少年の様子に、彼女は呆れた様子を見せていた。

 

 「……相変わらず凄い記憶力ね、貴方……本当に?」

 

 「ええ、僕の趣味みたいなものですから♪」

 

 (もう……何が何だか……)

 

 次々と押し寄せる情報の濁流、もはや、俺は心の中で頭を抱えていた。


 (……俺は本当に助かったのか? これで何事もなく……帰れるのだろうか?)


 この時、俺は……言いようのない不安が込み上げていた。

 しかし、そんな俺を置き去りにして、話は先へと進むのだった。

 

 「なるほど、それで……彼が””ってことでいいのよね」


 (……ん? ”代役”とは……!?)

 

 「随分と顔色が悪いみたいだけど大丈夫なの、ヴィオラ?」

 

 「はい、かなりの深手を負っていましたが、……」

 

 神妙な口調とは裏腹に、少女の『仮面』が微笑む。


 「そう、わかったわ……ありがとう」


 「件の”英雄”様はどうなっていますか♪」


 「彼なら先程の定時連絡で、五十四層の階層主を討伐したと報告があったわよ」

 

 「そうですか♪ それは……♪」

 

 なっ、ちょっと待て……。

 今、五十四層の階層主を討伐した”英雄”ってまさか……。


 今回の大規模攻略の要。この<ゴエテイア大陸>に十人しかいない英傑。

 S級冒険者 <闘神> ヴィットリオ・ガルディーニのことか!?


 「まったく……こっちは大枚を叩いたんだから、せめて報酬分は働いて貰いたいわ……」


 「その点は心配いりませんよ♪ どうせ彼らには、♪」

 

 (……なんて話を……してやがる……!?)

 

 談笑混じりで話す少年と彼女の会話に、俺は冷や汗が止まらなかった。

 なぜなら、殺しの依頼をしているような雰囲気を醸し出していたからである。

 

 (内容はさっぱりわからねぇが……)


 「……で、どうするの? もう少し時間の調整をする?」

 

 (やべぇ話をしている事だけは、なんとなくわかるぞ……)

 

 「いえ、これはすでに早い者勝ちです♪ 美味しいところは全て、余すことなく、♪」

 

 (それに、これって……?)

 

 「それもそうね……」


 その言葉に俺は一気に青ざめていた。

 それは俺がここにいる原因を思い出していたからである。

 

 本来、<死の転移陣デススポット>は、発見次第、上に報告する努力義務がある。

 それを勝手な判断で破り無視した俺は、ここで処分されても文句が言えない立場だった。

 

 「それではアントニオさん、改めてよろしくお願いします」


 突如に差し出された彼女の右手――

 握手を求める彼女は、柔らかな微笑みを浮かべる。


 (これは……試されているのか?)

 

 俺はその握手を一瞬、躊躇する。

 なぜなら、何かとんでもない策謀に巻き込まれている気がしたからである。


 しかし……。

 

 「こ、この度は……危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございました」

 

 俺は深く頭を下げ、精一杯の愛想を振りまきながら彼女の手を握る。

 

 下手な真似をしたら俺は二度とこの国で生きていけなくなる。

 それは冒険者としてだけではなく、一般市民としても同様である。


 (何にせよ、ここから出られるのなら……この状況を静かに受け入れるべきだ……)


 「お礼を言うのは、まだ早いですよ♪」

 

 『笑う仮面』の少年が暢気に呟いた。


 (それはどういう意味だ?)


 その言葉に私は顔を歪めた――その瞬間。

 

 どこか気品と礼節が漂う白髪の老人が首領 ソフィアへと近づき、綺麗なお辞儀を見せるのだった。

 

 「お話の途中、失礼いたします、お嬢様……この先へと続く通路を発見しました。それと、やはりここが最下層の六十六階で間違いないかと――」

 

 「そう、わかったわ……」

 

 (ん……? ちょっと待って!? ……なんか変だぞ……)

 

 話の端々に感じる違和感。

 そして、俺はその疑問を言葉にしてしまうのだった。

 

 「……ここから脱出するのではないのですか?」

 

 ――ふっ、と周囲の黒服から笑い声が漏れ出す。


 (えっ……? 今、俺は……なにかおかしなことを言ったか?)

 

 その黒服達の嘲笑が広がる中……。

 

 「僕達はこの先に用事があるのですよ♪」


 少年は相変わらず暢気そうに答えたのだった。

 

 「――な、この惨劇が見に入らないのか!!? これ以上進んだら確実に死ぬことになるぞ……!!!?」

 

 その危機感の無さに、すっかり熱くなった俺は、その死のリスクを必死に訴えた。


 だが、その瞬間。

 

 ――身の毛がよだつほどの不気味な笑い声が洞窟内に響き渡る。

 

 まるで壊れたおもちゃのように甲高い声が次第に大きくなり、この死臭が充満するこの場所にいる者達を一瞬にして黙らせる。


 耳にこびりつく様な不快音、下卑た息遣い。

 さながら悪魔の笑い声のような……。


 何処までも少年の 異常な笑いだけ反響していく。

 

 その気味悪さに、俺はもはや言葉を失っていた。

 

 何より不思議なのは、この状況で『笑っている』のが彼だけだということである。

 

 そして、さらに奇妙なのが……。

 

 ――その声が突然、止まったことだった。


 「……失礼しました、ただの持病です♪ お気になさらず♪」

 

 何事もなかったように豹変する、不自然な落ち着きよう。

 それは一瞬、内なる黒い何かが、漏れ出した……そんな得体の知れない何か……。

 

 少年は明らかに平然さを装っていたのだった。

 

 『笑う仮面』の下で、深紅の双眸が宝石のように魅惑的な光を放つ。


 「それは、とーても楽しみですね♪」


 まるで遊園地に向かう子供のような無邪気な声が弾み。


 「それじゃあ、行きましょうか♪」


 その言葉を聞き、俺の全身が震え出す。

 

 「目指すは……この迷宮柱ダンジョンの本丸……」

 

 冒険に挑む奴は大馬鹿者だ……。

 

 「……にして、……」


 だが、こいつは……。

 

 「能天使ガープ の討伐です♪」

 

 それ以上のだ。







 

 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::



 お読み頂き誠にありがとうございます。

 

 以上、三部作のパイロット版でした。

 まだまだ拙作ながら、精一杯書かせて頂きました。


 続きが気になって頂ければ幸いです!

 

 繰り返しになりますが、続編にするのかどうかは現在、検討段階です。


 気になった方、『少しでも面白そう!』と思った方は

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 また、『こんなフック(読者が興味をそそられるポイント)あったらいいな!』等のアドバイスがあれば、お気軽にコメントしてください。


 

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