第2話 友紀乃視点 正しい距離感に
「おまたせしました」
「あ、全然だよー」
紅茶を飲みながら待っていると自然な感じに戻ってきた紗央里さん。その声掛けに返事をしながら、ちょっとびくっとしてしまった。だってさっきまで楕円のテーブルに向かい合って座っていたのに、普通に私の隣に座ったから。
何とかカップを置く動作でごまかしたけれど、普段は大和なでしこと言う感じで楚々とした紗央里さんから距離を詰めてくるのはめずらしくて、なんだかどきまぎしてしまう。
「では、私からさせてもらいますわね」
座布団もつかわずにすぐ隣に座った紗央里さんは何故か照れくさそうにほほ笑み、どこか熱のあるような瞳で私を見つめながら、小さな箱を取り出した。
「友紀乃さん、メリークリスマス。こちら、あなたを思って選びました。喜んでいただけると嬉しいですわ」
「あ、ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん。素直な感想をお聞かせくださいな」
改めて体がぶつかりそうな近い距離で見つめあうと、紗央里さんの美しさにどぎまぎしてしまう。
そんな自分をごまかす様に、なんでもないようなふりしてプレゼントを受け取る。長細い箱で、ちょっと高級感がある。
「っ、え、これ」
ペンとかかなと予想しながら軽い気持ちでリボンを解いて紙の箱から取り出して、なんだかこれまた高級そうな手触りのいい布張りの箱がでてきた時点でおや? と思った。
その中を見ると、そこにはまさかのネックレス。おしゃれな淡い金色のチェーンにピンクのハートの石がついたシンプルながら可愛いデザインだった。
「これ、高いんじゃない? 大丈夫?」
「学生の身分でそれほど高いものを送ったりしませんわ。ですけど、一目見て友紀乃さんにと思った品です。気に入ってはくださいませんか?」
「そ、そうなんだ? いや、そんなことないよ。ごめん、ちょっとびっくりしちゃって。うん。すっごく可愛くて素敵だよ」
一瞬びっくりしてしまったけど、そう言うってことは大したことないのかな? 綺麗なカットだけどチャームの素材がガラスなら、大丈夫かな?
うん、気にしてもしかたないもんね。素直に喜んでおこう。実際すごく可愛くて私も好みだし。
「ありがとう。あ、つけてもいい?」
「はい。私がつけますよ」
「お願い」
渡してつけてもらう。ドキドキしながらつけてもらって、立ち上がって手鏡を持ってきて戻ってじっくり見てみる。うん、可愛い。大きさがあるからシンプルでも自己主張するチャームがすごくいい。今は部屋着だけど、私の私服にも合いそう。
「わー、ありがとー! すっごく気に入っちゃった。大切にするね」
「そうしていただけると、私も送った甲斐がありますわ」
「えへへ。うーん、でもこの後だと、ちょっと私のプレゼント、申し訳ないかも」
にこにこ笑顔に可愛い紗央里ちゃんに改めてお礼を言ってから、私は自分の用意したものを手に取りながらそう前置きする。別に適当にしたつもりじゃないけど、なんかちょっと、うーん。
「プレゼントは気持ちが大事ですもの。心配なさらないで」
「そう? そうだよね。じゃあ、はい、メリークリスマス。どうぞ、受け取ってください」
しり込みするも笑顔で促されたので、そっと渡す。私のプレゼントはお手紙サイズだ。薄くてペラペラなそれを、だけど紗央里さんは落胆一つ見せずに微笑んだまま受け取ってくれた。
「あら、もしかして詩を詠んでくださったの?」
「え、いや、まあ、開けてみてよ」
詩を詠むって、平安時代の恋文じゃないんだから。いや、でもその方が気持ちこもってる感あったかも?
中身は普通にお手紙と一緒に、コーヒーチェーン店ステベのギフトカードだ。要は金券みたいなものだ。金額もそのまま、一万円と書かれている。
「これは……」
「あの、前に一緒に行って、気に入ってくれてたけど、あんまり行く機会ないって話してたじゃん? でもさ、こういうのがあれば行くきっかけになるかなって。その、その金額分は私と遊びに行こうねってお誘いというか、もちろん一人で行ってもいいんだけど」
驚いたような反応と数秒の沈黙に耐え切れず、言い訳のように私はそうやや早口に述べていた。
私も頻繁にはいかないけど、たまたま出かけた先で行ったら紗央里さんが初めてだって嬉しそうにはしゃいで喜んでくれたのだ。そして秋ごろ季節限定がでてることを言うと、面白そうって言いながらわざわざそのために行くほどでも、みたいに消極的な感じだったから紗央里さんを結構強引に連れ出してお店に行ったと言う経緯もある。
だからきっかけにもなるし、プレゼントって結局こういう金券が助かるよね、みたいに思って、いいかと。相手はお嬢様だから、ただのハンカチとかだと微妙かもだし。
あと本当は一万円なのは私の分もあって二人分のつもりだった。その方が一人では遠慮するかもだけど行きやすいよねって意図だったんだけど、アクセサリーの後だとそれはちょっとけち臭すぎるので言わないことにする。
「友紀乃さん……嬉しい。ありがとう」
「あ、よ、喜んでくれてよかったー。えへへ、一緒に行こうね」
紗央里さんはゆっくり顔をあげて、赤みがかった顔のまま笑顔でそう言ってくれた。赤いのは怒ってるとかじゃなく、嬉しさで紅潮してるのだとわかる微笑みだ。可愛い。よかったよかった。ちゃんと紗央里さんのことを考えて選んだ品だと伝わったみたいだ。
「はい……。ふふ、もう、本当に、友紀乃さんってば、罪な人ね」
「え? そ、そう?」
急になんだかおかしなことを言われた。罪な人って、あんまりかもって予防線引いたけどめちゃくちゃ嬉しかったからってこと? そ、そんなに?
「……そうですわ。そんな調子で、他の方にも同じようにしているのではないですわよね?」
「そ、そんなことしないけど。こんな風にプレゼントをするのは紗央里さんが初めてだよ」
友達にクリスマスプレゼントをしたことはあるけど、みんなで集まるからお菓子を持ち寄るとか、プレゼント交換も誰にあたってもいい無難なもの、みたいなのばっかりだった。
誰か一人の為だけにプレゼントを考えたのは紗央里さんが初めてだ。そう考えて見ると、紗央里さんのこと特別扱いしているみたいで変な感じだ。
まあ、一応、仮でも許嫁と言うことを忘れたりはしないし、特別と言えば特別ではあるけど。
と言うか、何故責められるような口調? そして言いながら表情はなんだか、嬉しそうと言うか、楽しそうと言うか。なんだか、変な感じだ。
その表情を見ていると、なんだかドキドキしてしまう。
「本当ですの?」
「本当だよ」
「……ふふ。信じてあげますわ」
「えっ」
どぎまぎしながら答える私に、紗央里さんはふっと息をつくように笑ってから、ぽすんと私にもたれてきた。肩と肩がぶつかり、ふわりと紗央里さんの髪がゆれていい匂いがした。
「あ、ああありがとう……?」
「ふふ、ふふ」
少しだけ相手に体を開くようにして座っていた紗央里さんは私の肩に体をあて、こてんと頭を私の肩に乗せてくる。顔は見えないけど、楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。
え? え? な、なにこの状態。私は今の状況に頭がついていかなくて、紗央里さんがすべったりしないよう全力でフリーズしながらも言葉がでてこない。
「ふふ。友紀乃さん、いつもはあんなに積極的ですのに……今日は、可愛らしいですわね」
「さ、ささ、紗央里さん?」
積極的!? え? な、なんのこと? 確かに普段なら紗央里さんの手に触れたりとかってスキンシップをためらうことはなかったけど、でも、だって、これはなんか、恋人みたいな空気になっちゃってるじゃん!?
「今日は……クリスマスですもの。私だって、野暮なことを言うつもりはありませんわ」
「……」
「……」
混乱する私に紗央里さんは顔をあげ、首を傾げると頭突きできそうな距離でそう小さな声で行った。そして、真っ赤な顔でそっと目を閉じた。
そのゆっくりした動きで、睫毛がふるえるのに見とれてから、私はようやくわかった。
紗央里さんは私のこと、形だけの許嫁なんて思ってなかったんだ。結婚を前提とした関係だと、そう認識していたんだ。
「……」
どうしよう。何をどう言えばいいのか。紗央里さんが私のことそんな風に思ってたなんて、考えたこともなかった。
だって紗央里さんはうちと違って本当にお金持ちのお嬢様だし、こんなに美人で真面目でマメで礼儀正しくて文字も綺麗で反応も初々しくて凛としてるのに可愛くて頑張り屋で気が利いて非の打ちどころのない女の子が、私と結婚してもいいと思ってるなんて。
いや、思ってるどころか、結婚前からキスしてもいいってことは、私のこと、普通に好きってこと、だよね?
「……もう、いくじなし」
どうすればいいのかわからなくて、ただ紗央里さんに見とれているとぱっと目を開けた紗央里さんは赤い顔のまま眉をよせてそう言って、ちゅっと、私の口の端っこ、ぎりぎり頬の場所に軽く唇を触れさせた。
「ふふ。今日は、これで勘弁してあげますわね」
「……っ」
紗央里さんは耳まで真っ赤にしながらもそう言って、艶っぽく微笑んだ。私はその笑顔にたまらなくなって、紗央里さんの肩をつかんでキスをしていた。自分でもびっくりするほどのスピードだった。
心臓がどきどきを通り越して、おかしくなりそうだ。だけどそれ以上に、体がどうにかなりそうなほどの衝動で、体が勝手にキスをしていた。
「きゅ、急に、そんな」
「ご、ごめん。でも、その、我慢できなくなって」
手はまだつかんだまま顔を離すと、真っ赤な紗央里さんがさっきのどこか勝気な顔から一転して、どこか子供みたいな顔でぷるぷるしていた。
可愛い。可愛すぎる。こんなに可愛い人が、私のことを好きなんだって。
全然、釣りあうとは思えない。結婚なんて遠い未来で考えたこともなかった。だけど、今この瞬間の紗央里さんの気持ちが本物なら、それ以外に何が必要だろう。私は紗央里さんに応えたい。
許嫁とか、関係ない。私はただ、私を好いてくれる可愛い彼女を、恋人にしたいだけだ。
「もう一回、してもいい?」
「……はい」
私の懇願に、紗央里さんは消えそうな小さな声でだけどそう言って目を閉じた。
こうして、私と紗央里さんは許嫁から、許嫁兼恋人になった。
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