許嫁百合

川木

第1話 友紀乃視点 許嫁との関係性

 今年もクリスマスがやってきた。高校生になり、ルームメイトの一ノ瀬紗央里さんと二人で過ごす初めてのクリスマス。ささやかだけど今夜はクリスマスパーティをする約束になっている。

 わくわくしながら一日を終えて夕食を済ませ、私たちは自室にもどってきた。


 通常ならここでちょっとゆっくりしてからお風呂に行ってと各々自由な時間を過ごすのだけど、今日はここからがハイライト!

 私は続いてはいってきた紗央里さんが入口のドアを閉めきる前にミニキッチンコーナーにある冷蔵庫に駆け寄り、白い箱を取り出した。


「じゃーん! 紗央里さん、ケーキだよ!」

「え? ……えっ? いつのまに準備をしていらしたの? 朝はなかったわよね?」

「実は、お昼休みに届けてもらったんだー。えへへ。お茶にしよっ」


 振り向いてドアを閉めて近づいてきた紗央里さんにじゃーんと白い箱を掲げて見せると、紗央里さんは目をまん丸にして驚いてくれた。


 クリスマスパーティはお茶でも飲みながらのんびりプレゼント交換しよう、と言うだけ事前に決めておいて、こっそりケーキを用意したのだ。

 生もので事前に買えないし、平日で買いに行く時間もないのにどうしたかと言うと、なんと! お昼休みの間にケーキを届けてもらって寮の冷蔵庫にいれておいたのだ! 寮は学校に近いとは言え、学校の門まで受け取りに行くのでお昼休みの時間は結構ぎりぎりだった。

 だけどそうやって頑張った甲斐があった。紗央里さんにサプライズを仕掛けることができた。やっぱりクリスマス当日に食べたいもんね。


「まあ……本当に、友紀乃さんたら。じゃあ、お茶をいれるわね」

「お願いしまーす」


 紗央里さんは口に手をあてくすっと笑ってそう言ってキッチンにやってくる。

 トイレもお風呂もミニキッチンもあるとはいえ、さすがに寮に何部屋もあるわけないので、部屋は右に二段ベッドがあり、左の壁に沿って勉強机がある。その間、部屋の真ん中に私たちが自分で用意したのんびりする時につかうローテーブルがある。

 紗央里さんはお茶をいれるのが上手なのでそこは素直にお任せして、私は部屋の真ん中のローテーブルの上にケーキを用意していく。


 ケーキはちゃんと小さいけどホールケーキ。イチゴがのった定番だけど、紗央里さんがケーキはそれが好きって言っていたので選んだ。美味しいよね。

 カットは紗央里さんが来てからなので、紗央里さんがきっちり時間をはかってくれている横を通ってお皿とかを用意する。砂時計で測るのが本格的だよねぇ。


「お茶がはいりましたわ」

「はーい」


 先に用意をすませて座布団の上に座って紗央里さんを見ながら待つことしばし。ちゃんとお盆に乗せてお茶を持ってきてくれた。いつものことだけど、ポットで砂糖とミルクもちゃんと別に用意して持ってくるの、本当に丁寧な所作だなぁ。

 紗央里さんはなんでもきっちりしていて、真面目でマメで丁寧だ。ほんと、こんな人が私の許嫁なんて、もったいない話だ。


「ありがと、じゃあケーキカットしていこっか。四分割でいい?」

「お願いします」

「あ、一緒にする? ケーキ入刀、みたいな感じで」

「……おひとりでどうぞ」

「はーい」


 軽くボケたら冷たい目で見られてしまったのでおとなしくカットしていく。


 私たちは幼い頃からの許嫁だ。小学校に上がる前にそうなっていた。父方の実家は昔から続いている由緒ある家だけど、四男の父は普通に企業所属で働いている普通の家だ。

 なのにどうして本物のお嬢様の紗央里さんと許嫁なんかになったのか聞いたら、父同士が仲がよくて会わせてたら私とその子が仲良かったから、と言うふんわりした理由だったので、許嫁なんて形だけのものだ。

 私が生まれる前に同性でも結婚できるようになったとはいえ、自由恋愛の話だ。家同士のつながりをつくるための許嫁制度であえて子供をつくれない同士で許嫁にする意味ってあんまりないでしょ。

 そもそも小学校に上がる前にはよく遊んでいたのだけど、小学校は別だし、それきりほとんど交流はない。中学に入学してすぐの頃に会ったのが最後だ。


 だからこの寮生活で仲良くなれているとはいえ、別に本当に結婚するなんて思ってない。こんなのは親のわるふざけみたいなものだ。でもちょっと今どき許嫁って面白いし、別に紗央里さんが大人になって他の相手をつくるまでは許嫁でも父が喜ぶしいいかと思っている。

 でもこの反応、紗央里さんは許嫁なの早く辞めたいのかな? だとしたら悪いことしたな。地雷ふんだのかも。気をつけよ。


「はい、どーぞ」

「ありがとう」

「じゃあ、クリスマスパーティはじめよっか。どうしよう。せっかくだし、クリスマスの歌でも歌う?」


 お誕生日会だったら最初にハッピーバースデーを歌うし、なにかこう、始めるぞっていうイベントがあった方が楽しいかな、と思ってそう提案してみた。


「讃美歌ですの? 少し、恥ずかしいのだけど」


 私の提案に紗央里さんはフォークを持とうとしてやめて小首をかしげながらそう言った。讃美歌か。子供向けのクリスマスソングって普通に讃美歌もあったと思うけど、どれがそうだろう? まあ讃美歌じゃなくてもいいか。


「まあまあ、いきなり食べるっていうのも味気ないし。私も歌うからさ。短くちょっとでいいから。じゃー、私からね」


 と言うわけで一番、神前友紀乃、歌いまーす。選曲はあわてんぼうのサンタクロースにした。子供の時からこれ好きなんだよね。サンタさんに人間味があって。


「チャチャチャ、チャチャチャ、チャチャチャ~。ご清聴、ありがとうございました」


 踊った続きが分からないので腕をふってきゅっと握って指揮者風に締めてみた。それからニコッと笑って軽くお辞儀すると、紗央里さんは笑顔で小さく拍手してくれた。

 よかった。やや強引に始めたから、冷めた目を向けられるかと思った。クリスマスだもんね、そんなことないよね。


「可愛らしい歌ですわね。お歌もお上手でしたわ」

「ありがと。じゃあ次は紗央里さんね。全部じゃなく覚えている部分だけでもいいから」

「仕方ありませんわね……」


 紗央里さんは口ではそうしぶしぶ風に前置きしながらも、微笑んだまま口を開いた。タイトルを言われなかったけど私でも知ってる讃美歌、もろびとこぞりてだった。ゆっくりして繰り返すリズムが耳になじむ曲だ。

 だけど初めて聞いたように感動した。紗央里さんの可愛い声で綺麗に歌うと、本当に讃美歌なんだなって実感させられる。


「ほめたたえよ~……やっぱり、一人で歌うのは恥ずかしいですわね」

「上手ー! 紗央里さんめっちゃ歌うまいねー! すっごく綺麗な声でうっとりしちゃった」

「そ、そうですの? ふふ、まあ、そのように言われて、悪い気はしませんけれど」


 歌い終わって恥じらう紗央里さんは愛らしくて、澄んだ歌声の大人っぽさのギャップでとっても可愛い。私が全力で拍手して褒め称えると、紗央里さんは気恥ずかしそうにしながら口元を隠した。

 そんな反応もお上品で、本当にお嬢様だなぁと思わされる。ますます形だけとは言え私と許嫁なの不思議すぎるな。


「いやー、ほんとによかったよ。今度カラオケ一緒に行こうよ」

「カラオケですの? うーん、考えておきます」

「絶対だよ。じゃ、そろそろ食べようか。いただきまーす」

「そうですわね。いただきます」


 余韻に浸りつつケーキを食べることにする。ほどよい温かさになった紗央里さんがいれてくれたお紅茶をいただく。いいにおい。これはいい茶葉。わかんないけど。

 そしてケーキ。うーん、美味しい。クリームが軽くて、無限に食べたい。苺との相性もばっちり。


「うん、美味しい。……どう?」

「はい。とっても美味しいですわ。どちらのお店に注文されたの?」

「ほんと? あとでURL送るね。紗央里さんがショートケーキ好きだから選んだけど、よく食べるならこだわりあるかなってちょっとドキドキしてたからよかったー」


 ちょっぴり緊張しながら様子をうかがうと、紗央里さんは一口食べてからにこっと頷いてくれた。お世辞じゃなくて美味しいと思ってくれてるリアクションだろう。


「そうでしたの。私の為に、その、ありがとうございます」

「全然いいよー。紗央里さんが喜んでくれるのがなによりだもん」


 ケーキは私にとってもとても美味しいし、ナイスチョイス私。よかったよかった。

 ほっとした勢いで残りも食べていく。カロリー的に少し悩んだけど、でも美味しいのでもう一ついただくことにする。


「あら、そんなに食べて大丈夫ですの?」

「まあ、一応賞味期限今日だし、明日の朝でもう食べられないことはないだろうけど、でもどうせなら美味しいうちに食べたいし?」

「そう言われると、私も食べたほうがいい気になってしまうのだけど」

「お腹苦しくなりそうならもちろんやめた方がいいよ。大丈夫だからね? 無理はしないでね?」


 悩まし気に頬に手をあててケーキを見つめる紗央里さんは、私の注意の言葉に困ったように微笑む。そのどこか儚げな笑みの可憐さにドキッとする。


「いえ、元々クッキーを食べようと思って夕食は少なくしていたのでそこまでではないのですけれど、その、今日の摂取カロリーをオーバーしてしまうので」

「前から思ってたけど、紗央里さんって結構そういうの気にするよね。痩せてるのに」

「気を付けていて、今の体型なのよ」


 きりっとした顔で言われた。さすが。紗央里さんくらいの美貌は頑張ってキープしてるんだなぁ。とはいえ、一日くらい大丈夫でしょ。

 私は食べ終わった紗央里さんのお皿を引き寄せ、そこに最後のケーキピースをのせる。


「わかるけど、そもそも痩せすぎなくらいだし、今日くらい大丈夫だって。クリスマスなんだし、食べたいなら食べちゃおーよ」


 そして躊躇う紗央里さんに、紗央里さんのフォークをとって一口分をカットして持ち上げる。

 紗央里さんが本心から食べたくない、と思っているならともかく、食べたいけどカロリーだけ気になる、と言うならさすがに食べたほうがいいでしょ。だってクリスマスパーティなんだもん。


「はい、あーん」


 一口食べちゃえばそれが理由になって食べやすいだろうと思い、私は強引にそう言って近づけた。


「え、あ、あー……ん」

「んふふ。食べちゃったね」


 紗央里さんはぽかんとしてから目を泳がせ、照れながらも口を開けてくれた。えへへ。可愛い女の子に餌付けするの楽しい。癖になりそう。


「た、食べさせられた、ですわ」

「明日一緒に運動すればいいし。このまま食べちゃお?」

「し、仕方ありませんわね」


 にんまりする私に、紗央里さんは顔を赤くしたまま頷いてくれた。フォークとお皿を紗央里さんの手元に戻して、私も二つ目にとりかかる。

 うーん、やっぱり美味しい。紅茶とも合うし、うん。やっぱり食べて正解!


「はー、お腹いっぱい」

「そうですわね。ふふ。それでは、プレゼントですわね。用意しますので少々お待ちくださいな」

「私も取ってくるね」


 お腹をさすっているとささっとお皿をお盆の上に片づけた紗央里さんがそう言って立ち上がった。私ももちろん用意している。自分の勉強机に近寄り、引き出しの中からとりだす。

 席に戻って、自分のお皿も片づけ、紅茶のおかわりだけ二人分いれておく。ポットの保温機能がすごいのか、出てきた二杯目はまだ熱々だ。

 砂糖をいれて今度はミルクもいれて一口。うーん、美味しい。これまた風味が変わってまろやかで優しいお味だ。


 と味わっているとすぐに紗央里さんは戻ってきた。


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