異世界ゲート案内所

またり鈴春

異世界ゲート案内所

「あなたは何番ゲートをご希望ですか?」


 野島宮人(ノジマミヤト)が凛とした綺麗な受付嬢にそう言われたのは、彼が自室で昼寝をしたすぐ後のことだった。


「えっと、俺……確か自分の部屋で寝てたはずなんだけど……。

 ここ、どこ?」


 宮人が不安になるのも無理はなく、見渡す限り暗いのだが、この受付嬢がいる部分だけ仄かに明かりがあり、彼女の容姿を確認することが出来る。

 しかし、そこが自分の部屋でもないことは明白で、知らない内に知らない場所へ連れてこられたことは間違いないらしかった。


「ご安心くださいませ野島宮人様、ここは畏怖する場所ではございません。

 むしろ――歓喜する場所にございます」

「か、歓喜?」

「はい。ここは己の場所を決めていただく場所――『異世界ゲート案内所』でございますので」

「い、『異世界ゲート案内所』ォ!?」


 なんだそりゃ!

 今を時めく異世界トリップか!!


 と宮人は思ったものの、受付嬢の話を聞くと、理不尽なことばかりでもないらしい。

「こちらをご覧ください」

 と受付嬢が言うと、今まで真っ暗だったところは一瞬にして、空港のような光景へと変化した。


「わ! なにこれ! まるで混雑した空港みたいだ……」

「はい、ここには①~⑳までのゲートが設けられており、①から順に、勇者、王様、お姫様、魔術師、召喚士、ハーレム、武闘家、狩人、騎士、召喚士、賢者……等々、⑳それぞれに異世界で活躍される職業が振り分けられております。

 ですので、野島宮人様はこの①~⑳の職業の内、一つをお選びいただき、そのゲートをくぐっていただければ、異世界でその職業として活躍できるわけでございます」

「はぁ……でも、⑳しかないんじゃ、あっちの世界でも、同じ職業の人がうじゃうじゃいるんじゃないか? そんなのはつまらないし……って何事もなく話してるけど、俺けっこう動揺してるからね?」

「ご安心ください。この案内所に来られる方は、選ばれし者だけにございます。

 それに、一つの異世界とは限らないのですよ。異世界というのは、人が思い浮かべるだけあって、何百何千とも存在するのです。なので、ここにいる人が例え百人いるとしても、異世界でその人と会うことはまずないでしょう」

「はぁ、そんなもんですか……」


 受付嬢のいう人数は決して盛っているのではなく、ゲートに並ぶ人を合わせたら百人はいるかと思われた。そしてその八割が同じゲートに並んでいるようだ。宮人が目で追うと、そこは「勇者」のゲートだった。


「勇者、か。皆そんなになりたいのかねぇ」

「今はこれでも空いた方ですよ? 前は百人が百人勇者希望で①ゲートでしたから」

「げ……ますます行く気しないわ」

「そうですか――では、野島宮人様は何番ゲートをご希望ですか?

 この一覧からお選びくださいませ」


 宮人の後ろに列が出来たことに若干の焦りを抱いた受付嬢は、ラミネートされた職業ゲート一覧を宮人に差し出す。そこには確かに二十の職業があり、ご丁寧に職業の説明までされてあった。


「まぁ、ハーレム興味がないっていったら嘘だけど」

「ハーレムをご希望ですか? それでは⑥ゲートですが、一つ注意していだきたいのは、必ずしも人間になれるという保証はないことです」

「は?」

「一匹の雄ブタに、複数の雌ブタが群がったとしても、それはそれでハーレムでございましょう?」

「やっぱキャンセルで!!」


 なんつー恐ろしい世界だ……宮人は改めて表を見る。同時に職業の説明も読んでいったのだが、一つだけ説明蘭が空白のものがあった。その職業は――「その他」だった。


「この『その他』っていうのは?」

「こちらは特に職業をご希望されない方が選ばれる⑳ゲートにございます。その他、と呼ばれますので、こちらも職業の保証は出来ず、貧困に暮す者や、犯罪者として牢獄で一生を送る最悪のケースが予想されますが……」

「“予想されますが”?

 その言い方だと……」

「はい、今までそのゲートを通った者はございません」

「そうか……じゃ、俺ここにするよ」


「こちらでございますか!!?」


 保証はないと断言したばかりなのに、この男、正気か?

 といういう表情がありありと読み取れる受付嬢に、宮人はふっと笑った。


「みんなと同じ、みんなが一緒……人数が多ければ多い程、その職業は安定してるわけだし、となるとその世界も安定していて、楽しくて、きっと幸せだろう。俺も、そういう世界を味わってみたいよ」

「ならば⑳以外のゲートをお選びくださいませ」

「うん、そうするのが正しいんだと思う。けど、俺には足りないんだ」

「足りない? 何がでございましょう?」

「このゲートの数……つまり職業だよ。何千個の異世界があったって、誰一人として被らなくったって、この案内所では同じ志を持つ人が顔を見合わせている。それって、なんだか味気ないだろ?

 そうじゃなくて、俺は、このゲートでさえもオンリーワンでいたいんだ。ナンバーワンになりたいわけじゃないよ。ただ、たった一人の、俺だけの職業になりたいんだ」



 宮人は振り返る。

 生まれた時から、学校と言う義務教育を卒業し、当たり前のように働いて、ただ、金を得るために毎日を忙しなく動き、一生懸命みんなと足並みを揃えて生きてきた。

 きっとみんな、“人並みのレール”から外れるのが怖いんだ。

 それは宮人自身も同じことで、人生を失敗すること――ただそれだけが怖くて、人生に虚無感を覚えながらも、その疑問を決して口には出さず、黙々と皆が通った道を歩いてきた。


「俺が⑳を選ぶ理由、単純なことだよ」


 異世界に行っても尚、皆と同じ道を選ぶのが、嫌になったんだ。


「せっかく今のようなしがらみがない世界へ行けるんだ。俺は、羽目を外してみたい。

 自分で、自分の道を開いていきたいんだ。

 目の前の絶壁を、道にしてみたいんだ。

 そして、この思いは、きっとここにいる皆にも通じるハズだ。

 みんな誰しも、オンリーワンでいたいんだ。

 だから俺は、ここにゲートを増やすゲート増設職人になりに、この⑳ゲートを潜るよ」


 キラキラと輝くその顔を見て、受付嬢が⑳ゲート以外を勧めることはなかった。

 ただ、

「では、いってらっしゃいませ」

 と言って、宮人を見送ったのだ。


 ――そうして、宮人は⑳のゲートを潜った。

 初めての光景に、そこに介していた一同が皆、その瞬間を見ていた。

 そして宮人がゲートを通った瞬間、キラキラと彼が光ったのを誰もが見逃さなかった。

 それは天の川を見るよりもオーロラを見るよりもまだ綺麗で、何事にも代えられない光景だった。


「……では、次の方」


 コホン、そう受付嬢が気を取り直して辺りを見渡すと、さっきまであった長蛇の列は今はない。

 急いで辺りを見渡すと、列は受付嬢の前ではなく、⑳ゲートの前に並んでいる。どうやら宮人の演説を聞いて、受付嬢の話を聞かずして⑳ゲートを選択したらしい。どころか、今まで勇者に並んでいた勇者希望者でさえ、⑳ゲートに並び直している。


「まぁ」と受付嬢は感嘆の声。

 そして――一言。



「短いオンリーワンだったわね」


 

 それからしばらくは、百人が百人⑳ゲートを希望したと、受付嬢の間で専らの話題になったという。


「ようこそ異世界ゲート案内所へ。

 ただいまのお勧めは⑳ゲートでございます!」

 


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