後編

「ご、ごめんなさいぃいい!!」


 以上は奏多にしつこく迫っていた男が去り際に残していったセリフ原文ママである。

 先ほどまでの居丈高いたけだかな態度はどこへやら、へっぴり腰で走り去っていく姿はまるでコントだ。

 俺は別にコワモテというわけではないが、体格はいいので多少凄めばまあ迫力はあるのだろう。


 それより問題は。


「あっ……あうっあふっ……あうあああう」


 以上は俺の胸に抱き止められる格好になり、ハロゲンヒーターの如く全身燃え上がらせている我が幼馴染のセリフ原文ママである。

 おいやめろ胸に頭を擦り付けるなこそばゆい!……いや、やっぱりやめなくてもいいぞ。


「あひゅっ……やば……もれ……」


 やっぱ離れろ。


 そこはかとない危険を察知し、俺は密着した奏多の柔肌を、後ろ髪を大型トレーラーに引っ張られるような気持ちに襲われつつもそっと離した。


「大丈夫か。あまり穏やかではなさそうだったから、割って入っちまった」

「あぅっうん、だいじょぶ、だいじょぶ……」


 茹で蛸の中に混じっていても違和感のない程度には未だ顔を火照らせている奏多は、いそいそとよれたスカートを両手で正しながら、上目遣いにこちらを見やった。かわいい。


「あ、ありがと……」

「おう。じゃ、帰ろうぜ」

「うん。アンタと並んで歩くのすごく久しぶりだし、とっても楽しみ」


 奏多さんや。あのツンデレ的勢いもなく落ち着いたトーンでそのセリフはただの"デレ"なのよ。

 お陰で不覚にもドキッとしてしまい、俺は目を逸らしつつ「おう」と答えるしかできなかった。



 *****



「い、言っとくけど!」


 奏多と肩を並べて家路を歩いていると、十分ばかり経ったところで奏多は急に立ち止まり、そんなことを言い出した。

 先刻、俺の記憶にある奏多の家とは違う方向へ向かっている様な気がしてその件について問いかけたのだが、奏多は口を閉ざしたっきり答えなかった、なんていうエピソードがあった。

 答えてくれる気になったのかね。


「アンタと一緒に下校するのが幸せだなとかもっといろんなお話したいなとか思ってるだけであって、このまま気付かないふりしてえっちなホテルの並んだ道に連れて行こうとか考えてたわけでは……まあないわけでもないけど!」


 何を言ってるんだコイツは。

 というかなんのカミングアウトをされているんだ俺は。

 コイツは俺を道に迷ったふりしてラブホテルに連れ込もうとしてたのか?

 悪くはない。悪くはないが、再会した二日目にすることではないだろうな。


「そうかい。とっとと帰ろうぜ」

「……そうね」


 別に事を急ぐ必要はないんだ。

 俺が少し乗り気になれば、或いはこのまま……という可能性も大いにあるのだろう。なんせ向こうがその気なわけだし。

 でも、急がなくていい。


 この二日間でわかったが、きっと奏多は俺のことが好きだ。ここまでわかりやすければ誰だって気づく。

 では俺はどうだろう?

 俺は奏多が好きだろうか?

 それこそ、わかりやすい答えだ。


 であるならば。

 そのうち、ムードにもなるだろうよ。


 なんて、思っているうちに。




「答辞。卒業生代表、三枝奏多」

「はい」


 三年が経った。

 驚きだろう? この三年間、ラブホテルは愚かキスすらしていない。なんなら手も握ってない。というかそもそも付き合ってすらいない。

 こんなことってある?

 あったんだからしょうがない。


 目の前ではいつの間にか卒業生代表になるまでに人望を集めていた我が幼馴染が、丁寧に折り畳まれた紙をみながら「この良き日に〜」などと御託のミルフィーユみたいな文章を読んでいる。


 あの日以来三年間、奏多は相変わらずツンデレ風オブラートに包んだ口撃を乱発し、俺もそれをやれやれなんて一昔前のラノベ主人公のように受け流しつつ、心地よく悦に入ったりしていた。

 なのにまさか、ついぞ告白をされることはなく。

 奏多の方からいつかされるだろうと思っているうちに俺からいう勇気もなくなり。

 現在に至る。


 いや情けないね、情けない。

 あの日ラブホテル行っておくんだった。



 後悔と自責の念にタコ殴りにされながら卒業式を終え、校門前で級友たちと写真を撮ったり、定位置に燦然さんぜんと輝く第二ボタンの心中をおもんぱかって涙したりしているうちに、校門付近に残っている生徒は少なくなっていた。


「俺たちも帰るか」

「ええ」


 三年間ほぼ毎日一緒に歩いた道を、今日も同じ様に奏多と歩く。

 この道を二人で歩くのもこれが最後かもしれないと思うと、メランコリックな気分を禁じ得ない。


 ふと制服の胸元が少し引っ張られるような感覚がして横を見やると、わずかに頬を紅潮させた奏多が俺の第二ボタンに手をかけていた。

 俺は聞いた。


「なんだ」


 奏多は答える。相変わらず真冬の小学生くらい赤く頬を染めている。

 だから俺は、いよいよ聞くことにした。

 既に二人とも、同じ大学に進学を決めている。

 何事もなければあと四年間は一緒に過ごすことになるだろう。

 であるならば、その四年間を今とは違う関係値で迎えるというのも、悪くはない話だろう?

 俺はそう思ったんだ。


「ちょうだい」

「ほしいのか」

「アンタの第二ボタンなんて、欲しいに決まっているでしょ!」

「そうか」

「そうよ」

「なあ」

「なによ」

「おまえ、俺のことが好きなのか?」

「……」


 わずかな沈黙。

 多分、五秒にも満たない時間だったと思う。

 奏多は、先ほどよりも濃く深い赤を顔全体に塗ったくり、少し駆け足で俺の前に躍り出ると、両手を握って体の横に置き、叫ぶくらいの勢いで答えた。


「ハァ!? アタシがアンタのこと好きって……そんなの当たり前じゃない!」


 ようやく聞けた、ストレートな告白だった。


「アンタのこと、アタシずっとずっと大好きよ!」


 奏多のガラス玉のように透き通った瞳が、涙を湛えながらキッと俺の目を射抜く。

 そうか。

 俺はようやっと望んだ関係を手に入れることができたらしい。

 できればもっと早くそのセリフを聞きたかったんだがな……って、俺がいうのは筋違いだろう。

 俺がその一歩を踏み出せなかったのが原因なんだから。


 まあでもそんなことはもうどうだっていいんだ。

 俺があとたった一言勇気を出せば、それでカタがつく。


 自分の耳が熱を帯びるのを感じながら、俺は半歩足を踏み出した。

 そして固まる奏多の身体を抱き寄せて、その桜色の唇に半ば強引にキスをした。

 俺が奏多の唇を解放したあと、コイツがなんて言うか楽しみだ。

 素直になるのか、ツンデレ風の姿勢は崩さないのか。


 でもその答え合わせをする前に、俺は言っておくべきことがあったわけだ。





「俺もだよ、奏多」




 了



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五年ぶりに再会したツンデレ幼馴染がおかしくなっていた 高海クロ @ktakami

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