中編
前略、お母さん、お父さん。五年ぶりに再会した幼馴染がおかしくなっていました。
幼馴染と感動の再会をしてから一夜明け翌日。現在時刻は昼十二時十五分。太陽がこれでもかと言わんばかりに高い位置で燦然と輝くお昼時である。
まだ四月も始まったばかりだというのに、お天道様はいくらなんでも張り切りすぎではないだろうか。少し早めのゴールデンウォークに突入することを強く推奨する。
とは言いつつも、俺個人としては冬よりも夏が好きだったりするわけであるからして、この季節を先取りしすぎたウルトラバイオレットも実はそんなに嫌いじゃない。
さて、今俺はそんな昼下がりの屋上でいざお昼ご飯というところだが、今日は昨日とは少し勝手が違っていた。
購買でパン二つとコーヒー牛乳を買って、教室で昨日知り合った友人と距離感の探り合いをしながらモサモサと食べる腹づもりだったのだが、ある外的因子によってそれは妨げられ、不思議な方に中学時代からの友人やらカップルやらで賑わう屋上に連行されたというわけだ。
問題は俺を連行した人物は誰なのかというところだが、先ほどご紹介させていただいた俺の幼馴染、
「勘違いしないで! これは別に作りすぎたとかじゃなくて、アンタに食べて欲しくて早起きして作ったんだからね!」
そして件の三枝奏多本人は、どうやらこの照りつける太陽のお陰で熱中症をフライングゲットしてしまったらしく、昨日に引き続いて要領を得ない発言を繰り返している。
いわゆるツンデレ的発言のようにも聞こえるが、その割には上の句と下の句の順序が入れ替わってしまっている。
つまりどういうことだ? 何が言いたい?
「俺に作ってきてくれたのか? ありがとう」
まあその辺りはともかくとして、女子の手作り弁当というのは一般的男子高校生にとっては高級フレンチのフルコースよりも価値あるものであり、ありがたくいただく他選択肢があるはずもないということはここに明記しておく。
俺はご丁寧に巾着にしまわれた箸を一膳取り出し、両手を合わせていただきますの構え。
奏多はその可愛らしい顔を、頭上の太陽もかくやというほどに真っ赤に染め上げて、シンプルな弁当箱をずいとこちらに突き出している。
俺はたまたま手前にあり、かつ俺の好物である卵焼きを一切れ箸でつまみあげ、口の中に放り込んで咀嚼。嚥下。
ふむ。
「……どう?」
俺が卵焼きを飲み込むまでの間、目を瞑ってそっぽを向いていた奏多が、こちらの反応を伺う様に恐る恐る薄目を開けて、ぼそっとそんなことを呟いた。
解釈するに、「味の感想を述べよ」ということらしい。
であれば、それに対する俺の答えは一つ。
「最高にうまい。甘さ控えめのこの味付けがあまりにも俺好み。星三つです」
これはお世辞でもなんでもなく、嘘偽りない俺の本心だった。
弁当箱の約三分の一を占めるほどたくさん敷き詰められた卵焼きは、見た目もさることながら味も絶品で、だしつゆベースの味付けはまさに俺の理想と言って差し支えないレベルに仕上がっていた。
そんな俺の感想を受け取った奏多は、これまた天高くのぼる太陽が霞んで見えるほど明るい大きな笑顔を
「ま、まあ隠し味が入ってるし、美味しいの当たり前よ」
「へえ、その隠し味ってなんだ? もしかして、愛情だったりするのか?」
なんて、冷やかし半分で聞いてみたが返ってきた答えは意外というかなんというか。それは素直なものであった。
「か、勘違いしないでってば! 愛情は確かに入ってるけど、それは友人愛とか家族愛じゃなくて、アンタへのLOVEなんだからね!」
「そ、そっか、ありがとうな」
人間とは不思議なものだ。
ここまでストレートに好意を打ち明けられても、ツンデレ風オブラート(特許出願中)に包まれてしまうと変に穿った捉え方をしてしまい、逆に素直に受け止められないらしい。
*****
教室に戻ってからはそれはもう悲惨だった。
あれだけ大勢の前で手作り弁当を一緒に食べるシーンなど晒してしまったものだから、瞬く間に噂が噂を呼び たちどころにクラス全員が知るものとなってしまった。
なんせ開幕から「新入生ナンバーワン美少女」という称号を引っ提げている奏多が、どうやら冴えないモブAこと俺と仲良しであるらしく、あまつさえ悪しからぬ感情を抱いているとなれば好奇と怨嗟の目で見られることは必至である。
つまり俺を待ち受けていたものは主に男子からの質問攻めで、奏多は奏多で多くの女子から同じ様に質問詰問に見舞われているようだった。
それは休み時間のたびに続き、いよいよ最後のショートホームルームが終われば下校というタイミング。
やけに視界が暗いなと思って顔を上げると、俺を見下ろすように目の前に立つ奏多がいた。まず声をかけろよ声を。
「ねえ……今日、一緒に帰らない?」
やけにしおらしく、もじもじしながらそんなことを小声で呟く奏多は思わず息を呑むほど可愛らしくて、そのあどけなさの残る顔は夕陽のせいなどという言い訳は通用しないほどに真っ赤に染まっていた。
それを聞いていた近くにいたモブ女子AとBは、キャー!などと騒いで奏多の肩を叩く。
「ねえねえ! やっぱり三枝さんって、彼と付き合ってるの!?」
「気になるー!」
ありがちな冷やかしだが、奏多はボン!と音が聞こえるくらい顔を熱くし、頭から湯気が出ている。
そして、ぷるぷる震えながら両手をわちゃわちゃ振り回してそれを否定した。
「わ、私とコイツが付き合ってるなんて、そんな夢みたいなことあるわけ……え、付き合ってくれるの……?」
……否定している最中に、ゆっくりこちらを見てぽそりと言葉をもらす。
自信なさげな、でも僅かな期待を滲ませたその瞳を見て、俺はすぐに返事ができなかった。
え? 俺今告白されてる?
もしそうなら、俺の答えはもう決まっている。
俺は奏多をどう思っているのか。奏多にどのような感情を抱いているのか。この気持ちが世間一般にどうカテゴライズされているか、順序立てて説明しようと思えばフェルマーの最終定理よりも複雑で、言葉にしてしまえば小学校の算数ドリルよりも簡単だ。
どうだろう、よくよく考えたらなんてロマンティックで運命的だろうか。
数年振りに初恋の幼馴染に再会して、夕陽の差し込む教室で告白する。
まさに漫画やアニメで一番盛り上がるシーンだ。
このまま勢いに任せて言っちゃおう!
──が、そんな俺の一大決心は、チャイムによって無情にも掻き消されてしまったのだった。
*****
さて放課後。先述の通り、俺は奏多から一緒に帰ろうと誘われていた。しかし、人を誘っておいていいご身分なもので、急遽野暮用が入ったから教室で待機する旨仰せつかり、現在待つこと十五分。
流石に退屈してしまい、俺はカバンを持ち上げて当てもなく校内をふらふらと徘徊し始める。
しかし校内などここ二日で
仕方なしに玄関で靴を履き替え、外に出ることにする。
その際チラッと見えたが、どうやら奏多も外にいるらしい。ついでに会えたら手間が省けるな。
桜の木々は仰々しくその花びらを満開に広げ、新しい門出を祝いたいのか、散る花びらで掃除のおじさんおばさんに嫌がらせをしたいのかはいまいち断定できないが、ともかく自己存在証明に余念がないのは確からしい。
ぶらぶら散歩している内に、玄関からぐるっと回って体育館の辺りに来てしまった。
だいぶ時間も潰れたし、入れ違いになっても面倒だと思い踵を返すと、ふと背中──体育館の裏辺りからなにやら声が聞こえた。
何事かと思い、なんとなーく息をひそめながら声のする方へ近づくと、まさかと言うべきかやはりと言うべきか、声の持ち主は奏多であった。
そして、どうやらもう一人男の声がして、声の調子を聞く限り和やかな談笑というわけではないらしい。
「な! 俺三枝さんのこと本当に一目惚れでさ、お試しでもいいから! ね!」
「しつこいです! いい加減にしてください!」
なるほど、男の方が奏多に告白をして、断られているのにしつこく食い下がっているらしい。というかアイツ敬語使えたんだな。
みんなが謙譲語や尊敬語について習っているときに、コイツだけずっと居眠りしていたものだとばかり思っていたが、どうやら最低限身につけてはいるらしい。
さて、助けに入るべきか思案するが、お互いガキじゃない。人の色恋沙汰に首を突っ込むというのも野暮というものだろう。
どこからともなく野生の暴れ馬が飛び出してきて蹴られる可能性もゼロではあるまい。
そう結論付けて、バレないうちに退散しようとした刹那、奏多の声が俺を引き留めた。
「──ちょっ、やめて! 離して!」
「いいから、マジで一回着いてこいって!」
咄嗟に振り向く。向こうの様子を窺えば、おそらく相手からも俺は見えてしまうだろうが、そんなこと言っている場合ではない。
俺は別に漫画のヒーローや、ライトノベルのハーレム主人公に憧れているわけではないが、目の前で、それも幼馴染の女の子が暴力を振るわれていて見て見ぬ振りをするほど落ちぶれてもいなかった。
無意識に動いてくれた自分の体に感謝だ。少しでも思考の余地があったなら、その手段を取るかはともかく、ビビって先生を呼ぶという選択肢も浮かんでいただろうからな。
「おい、そのへんにしとけよ」
俺は奏多の体を無理やり連れ出そうとする男の肩をガシッと掴み、思いっきり引っ張り込んだ。
男が背中から倒れ込み、伴って体勢を崩して前のめりになる奏多を抱き止めた。
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