第30話 ダンジョンお掃除
わたくしは、体を動かせずにいた。
腕一本動かし方が分からない。しゃべり方が分からない。
人ではないものになり果てたわたくしが明日からどうすればいいのかもわからない。
どうすればいいのか分からず立ち尽くす。
正確には、八本の腕で地面を掴むだけだったというべきか。
ただ、華維さんがすべてを何とかしてくれると信じて。
成り行きを見てる事しかできなかった。
「さあ、お掃除の時間だ」
「やっちゃっていいんですか?」
「いいよーステラちゃん」
「それじゃ、とりゃー!!!」
ステラさんがそこにいる。
彼女は腕を振りかぶると、ダンジョンに転がっていた邪魔な岩を破壊した。
なにやら、掃除の手伝いに来てくれたようです。……久しぶりに顔見たかもしれない。
そういえば、自分の事で精一杯で、ステラさんと話す暇も取れてませんでしたね。
「岩はこれで全部ですかねー」
「ああ、掃除に邪魔なものは片付いたようだな」
「それで……掃除を、本当にモップとぞうきんとほうきとちり取りでやるんですか?」
「そりゃあもちろん」
「この広さをですか!? スキルで何とかしてくださいよ!!!」
「えー」
「こういうのは、手でやるのが大事なのよ。手順を踏むことで、経験値が溜まっていくんだから」
「ううーそんな事いってもカナちゃんー」
「カナちゃんってお前……知らん間にマジでマサキと仲良くなったんだな」
柾彷徨さんも来ていました。
わたしの、為に?
ほこりとクモの巣まみれのダンジョンが、綺麗になっていく。
それに、手を貸すことはできない。
腕は、動かないから。
***
「童子ちゃん? 随分と、やらかしたみたいじゃない?」
桜さんが、話かけてくる。
しゃがみこんで、頬杖をついて、わたくしを見上げながら。
「桜ちゃんでいいわよ? サクちゃんでも可」
……今更、何を彼女に語り掛ければいいというのか。
もう、人の言葉を発することも出来ないのに。
「何悲劇のヒロインぶっちゃって。人と会話できないから何だというの?」
……。
あれ、桜さん。
わたくしの心を……
「読むも何も。心の中で考えてるつもりでしょうけど。鳴き声が漏れてるわよ?
……そうでしたっけ。
でも。
「何がでもだか何だか知らないけど。大体想像つくわよ」
彼女は、わたくしの頭を指さす。
「人間じゃなくなったのが嫌なんでしょ?」
うん、といいたげにわたくしは頭をこくりと頷かせた。
「でもそれはどうでもいい事じゃない」
――どうでもいいって、本気で言ってるの?
「ええ、どうでもいいわ。わたしを見れば分かるでしょ。華維くんはあなたが人だろうと魔物だろうとどうとも思ってないわよ。問題なのは人間じゃなくなることじゃなくて――皆に、普通の人に、人として見てもらえなくなるかもしれないのが嫌なんでしょう?」
……。
「でもやろうと覚えば華維くんは、疑似全能であなたを人に戻す事も出来るはず。でもそうしないって事は……何か理由があるはず。でも、魔物の姿のままなのは嫌なんでしょう? なら、用意するのは【人間の体】。人間に、擬態するとでも言いましょうか」
できるんですか、そんなの。
「出来るわよ。わたしだって出来るのに」
彼女は、一瞬だけちいさな長い鼻を持ったピンク色の魔物―バクのような―になり、そしてまた人の姿になる。
「そして、それをするために、皆が頑張ってるんじゃない」
皆が?
「クモがたくさんいるんですけどおおおおおおおお!!! あっちいけえええええ!」
「こら、ダンジョンにいる仲間なんだから仲良くしなさい」
「なんでカナちゃんの周りにいるクモは掃除を手伝ってるんですか!?」
『クモー』
「テイマーだからなあ……」
「心を通わせてみればいけるんじゃないかしら?」
「ステラちゃんミニオンとのマッチング適正低いからなあ……」
「あら」
「悪かったですねー才能がなくて!!!」
あれが?
「あれで」
どうやって?
「さあ」
さあって……。
「まあ、多分だけどね……ダンジョンのレベルを上げようとしてるのよ」
ダンジョンの?
それが、どうしてわたくしに影響するんですか?
「このダンジョンは、貴方が作り出したものよ。まだ小さいけれども……ダンジョンが成長すれば、貴方も成長する。それだけの事」
わたくしを、成長させるためにやっていると?
「そうすれば、魔物から人に擬態する力も一緒に生えてくるんじゃない? わたしは詳しい事は知らないけど」
知らないって……。
「わたしだって、彼に拾われたときは魔物の形をしてたのよ。そこから、華維くんに育ててもらって。長い時間をかけて、人の姿も取れるようになった。だから、貴方もできるでしょうね。まあ、方法について詳しくはテイマーの華維くんに聞いて欲しいけど」
でも。
そんなの。
義体だっていうならそんなの。
ステータスを見れば人間じゃないってすぐに分かるでしょうに――
「人はステータスなんていちいち見ないわよ。どうしてもバレたくないならステータスも改竄すればいいだけの話だし」
改竄……
「方法はあるわよ? 教えてあげるわ」
……。
「だいたいさあ、冒険者としてレベルを上げてる時点で一般人とはかなりのステータスの差があるのよ? 世界によってはそれだけで排斥対象になるし。今更じゃない」
そうは言うけれども。
魔物と人には、大きな差があると思う。
わたくしが、今まで倒してきた、魔物になる何て、そんなの。
「……そ。まあ、人に人間じゃないからと石を投げられるのが嫌なら、あたしに言いなさい。華維くんがボコボコにして、あたしとがそいつの記憶でも精神でもいじってそんな事二度とさせないようにしてあげるわ」
……。
なんというか、唖然としていた。
畳みかけるように、自分が悩んでいたことをどうでもいい、と切り捨てられ。
予想外の方法で釈然としない解決法を叩きつけられ。
「いい? この世界では見た目も、体も、ステータスも、レッテルも、傷も、失った体も、人の命も。何もかも……取り返しがつくのよ。起きてしまったことをどうしようもないなんて言っちゃだめよ」
取り返しがつくなんて。
そんな事。
本当に?
「この世界の摂理は
……。何が言いたいの?
「でもね、それを取り返す方法がある。それは、時間よ。傷ついた心は、時間が解決してくれる。別れた人も、いつかまた会える。私たちは距離も死も超越できるのだから。いつかは全て解決できるのよ」
にっこりと彼女は笑って、ちらりと後ろを見る。
そこには華維さんがいました。
「だから、あたしたちがやるのは……後にどうなってもいいから、後悔しないように。自分を貫いて生きる事。それだけ。それで……あなたはどうしたいの?」
……。
わたしは、わたくしは……。
「考えなさい。どんな問題も、時間が解決するわ。答えを出すのでもいいし、無意味なこだわりと切り捨てるのもいいわ。考えなさい。悩みなさい。
嗚咽のような何かざわめきの様な音を漏らし、人とは違う、あるかもどうかも分からない声帯と口から絞り出すように言う。
『でも、わたくしは、いったい何物なんですの……』
「それに答えを出せる人がいたとしたら――」
彼女は、ぶっきらぼうに言葉を紡ぐ。
「あなたよ。あなただけ。誰よりも尊い、オリジナルとは違う経験を持った、ただ一人の自分。小鳥遊童子だけにその答えは見つかるのだから」
わたくしは。
遠くを見ていた。
「雑巾が泥みたいになってるですけどおおおおお!!!!」
「このマジカルバケツに突っ込めば綺麗になるから」
「あっほんとだ。でも壁拭いたらすぐに汚れるじゃないですか!」
「まるで、人生みたいね」
「何がですか?」
わたくしのために、わたくしが何も言っていないのに、ダンジョンを掃除する人の姿を見ていた。
じっと、考えていた。
「……手伝わないの?」
……どうやって?
「それは自分で考えなさいよ」
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