第28話 覆水盆に返らず

「何よあれ……!」


 何者でもなくなった童子さんが、周りを飲み込んでいく。

 

「あれだよあれ。感情の力で覚醒するみたいなやつ? それの魔物版」

「は?」

 

 システムのムカつく声が聞こえる。


「黙りなさい……!!! そんな呑気なこと言ってる場合じゃ!」

「僕にはどうすることもできないし、するつもりもないからね。じゃ、良い物語を見せてくれることを期待しているよ」


「待ちなさい……!」


 一瞬にして、システムと呼ばれる存在は消えていた。

 

 後に残っているのは、人の形を失った彼女だけ。


「……ひっどいわね」


 わたしが昔表舞台に出てた頃は、こんなに小さな出来事に出張ってくる存在じゃなかったのに。

 そこまでに貶められたとも考えられるけど……それはどうでも良くって。


 たぶん目の前の事態を、わたしはどうすることはできない。

 黒々に、醜悪に、人の姿を捨てて別の物に代わっていくをどうにかする権利はない。

 それが出来るとしたら――


 わたしに出来るのは、それを見届ける事だけ。


 ……だが、それも、かなわなそうだった。

 蟻地獄のように、地面が、飲み込まれていく。童子さんだったものが、地の底へ落ちていく。

 ――それだけではない。周りの環境が書き換えられていく。

 木々の匂いが濃くなってく。ほこりっぽさがせき込みそうになる。蜘蛛の糸が張り始める――

 

「この空気――これは、ダンジョン……?」

 

 ***


 柾彷徨のアパートを訪れる。相変わらず床にペットボトルやら服やら段ボールやら靴下やらが散乱し汚い有様だったが、前よりは綺麗になっていた。

 彷徨は眠りにつくハグハウンドを撫でて穏やかな表情だ。

 ……どうやら、彼女も落ち着いたようだ。


 そして、こうゆっくりと切り出す。 


「小鳥遊ちゃんの事なんだけど、あの子、萌ちゃんに似てない?」

「……誰?」

「鷹柁萌。まえ全能大戦でケイちゃんを助けた時いたでしょ?」

「うーんそんなのいたっけ」

「……あら、その程度何だ」

「あーちょっと待って思い出してきた思い出してきた……」


 正直あまり印象に残っていない。そこでは俺は脇役だった。

 いわゆる、師匠ポジみたいなもんだ。「組織」に囚われながらも脱出した女の子たちが仲良さそうにしている中、悩んでるところにに色々教えて上げたり窮地を救ってあげたり……

 ただ、問題を解決するのは少女たちの友情であり、愛であった。俺では決定的な解決をすることができないと見て、あまり深入りしないようにしていた。

 だから、鷹柁萌と言う少女とも、あんまり仲を深められたとも思えないのだ。


 正直、マサキや円みたいな印象の強い奴と比べると、言われないと思い出せないレベルに。


「んで、童子さんと鷹柁ちゃんが似てるって? いや似てないなあ……」 

「まあそうね。こちらも先日のトライホークちゃんと戦い見るまで思い出せなかったけど……鷹って言えばあの子じゃんって」

「そっち? 童子さんの印象からじゃないのかよ」

「そう言えば小鳥遊たかなしって「鷹なし」だよねって」

「あー……」


 鷹柁ちゃんだけと鷹ではないってか?

 システムはそういう事やるわー……

 ひっでえ。


 「道理で……鷹柁ちゃんは魔物が関わってくるだったよなあそういえば。「組織」が人為的に人に魔物の力を混ぜ込むっていう……」

 

 なんか感情の力で抑え込めたりするんだっけ……あー思い出してきた。

 、彼女とのなれそめは小鳥遊童子の記憶と似ている。

 ……だが、その過去は正直よくあるエピソードだ。ちょっと囚われてた子を助けるなんてこと、文字通り山ほどやってきた。エピソードが似ているかと言って確定ではない。

 仮に似ていたとしてそれはなぜか。クローンかコピーされたか……いやそれとも記憶だけを植え付けられたとかそういう可能性もまだある。


 とはいえ、手掛かりの一つだ。色々試してみて対策を打ち、違ったらまた振り出しに戻るだけだ。

 無理に急ぐこともない。全能か何かで一段飛ばしに全て俺が解決してしまったら、彼女は何も前に進めないのだから。


「気づかなかったの?」

「気づくわけないだろ。大体固有魔法も違うし性格も違うし。大体俺には【個人判別】のスキルがある。同じ人間ならそうと気づくよ。そうじゃないって事は――」


 と、その時だった。


 電話がなる。桜からだった。

 いつもの着信音。でも、何が響きが違って聞こえる。 


「……嫌な予感がする」

「どうしたの? そういうスキル?」

「いや、勘だが――」

 

 ――【危険察知】が発動した!


「……スキルの方も発動したみたいだな」

「じゃ、確定じゃーん……」

 

 全く、スキルで何かが起きるのが分かるというのは嫌なことだ。いつも俺は何も死体でいたいのに。


 桜はたしか、童子さんの様子を見ておくと言っていた。

 いざというときは桜が落ち着かせるから最悪の事態は起こらない……と思っていたが。


「まさか」

 

 電話に出る。



 

『童子さんが魔物になった』

「は?」




 そう、端的に言われた。

 すべてが、遅きに徹した。

 急すぎる。まだ、時間があると思っていた。思い込んでいた。

 そして今、ようやく気付く。なぜ俺は、今までこんなにもぼんやりしていたのだと?

 

『んでもって、周りがダンジョン化して言ってる……なんなの、これ』

「……」

「あーあ」

「……くそっ!」


 もっと、先手を打つべきだったのに。悩んでる事をこちらから気づいて相談に乗ってあげるなんて、基礎中の基礎だ。

 全能を使わないまでも、落ち着かせるくらいは出来たのに。


 やっと、手掛かりの一つに気づいたところだったのに。


「タイミング悪いんだよっ……!」


 ……いや、だから、か。

 フラグは、立ったと。


「何があったん?」

『育ての親のシスターさんに会ってたみたいね。簡単に言うと、自分の過去を知ってしまったみたいね』

「そうか……中身は聞いていたか?」

『長くなるし複雑だから詳しくは後で話すわ。……全く、ここまで止められないなんて、何でもできる貴方らしくないわね』


 人間、やろうと思えば何でもできるもんだ。

 ……だが、やろうと思わなければ何もできない。

 そういう意味で俺は、何でも出来るをやろうとしなかった。そういう訳だ。


「桜、こういう時いい言葉がある」

「……何よ?」

「全部システムが悪い」

『はぁ』


 桜の気のない声が聞こえる。

 俺のせいかもしれない。そうじゃないかもしれない。

 でも、元を辿ればこんなシナリオを描いた奴が悪いのだ。

 

『……とはいえ、分かってたんじゃないの? ある程度童子さんが悩んでた事、魔物の力とかの謎抱えてた事……そう言うの全部放置して童子ちゃんのフォローを後回しにしたのが悪いよね?』

「……はい」


 全く持ってそうだ。反論の余地がない。


「言われてるわねー……まあ、でも分かったタイミングと爆弾が爆発したのが一致したのはなんか作為的なものを感じるし」


 マサキが見かねてフォローに入る。


『まあ、責めてる訳じゃないわ。……私の所に、システムの、ティラとやらが来たわよ』

「……うわっ」

『わたしがスキルで眠らそうとしたのも止められたわ』


 はい。

 「そう言う事」である。

 

「まあ、その、なんていうかつまり――」

『「システムが悪い」』

 

 俺と桜の言葉が一致した。


「ならば、最初からこれが起きる事はどうにもできなかったって事だ」

 

 ……覆水盆に返らず。起こってしまった出来事は、過去に戻って変えたとしても意味がない。それは、乗り越えるべき未来を先送りしただけだ。


「起きてしまった今なら――ようやく、手出しができる。」

 

 童子さん、ごめん。

 何とか出来ることなら――俺が、何とかして見せるさ。

 人間、やろうと思えば何でも出来るのだから。

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