第27話 【メタモルフォーゼ】
「……突然押しかけてすいません」
「いえ、小鳥遊ちゃんならいつ来ても構いませんよ」
児童養護施設の前で棒立ちしていたわたくしを、シスターさんが優しく迎えてくれる。
客間の一室に通されて、ふかふかとしたソファーに座る。
シスターさんも、わたくしのそばにやってきて同じソファーに座る。
「子供たちは」
「もう、寝静まってしまいましたよ」
いつの間にか、外はもう真っ暗になってしまった。
そろそろ日付も回ってしまうだろうか。
「それで、どういたしましたか?」
「過去の事を……教えていただきたくて」
「……なにか、知ってしまったのですか」
そういえば、わたくしが覚えている記憶は、助けてくれた誰かがいたという事だけ。
……それが、誰のことかまでは知らなかった。
それを教えてくれたのは。
「紗城華維さんの名前、教えてくれたのシスターさんでしたね……」
「……ええ」
「知っていたんですか、あの人の事」
「いえ、自分はそこまで。……それを知っていたのはほかならぬあなたです」
「え?」
「あなたには失われた記憶があります。それは、事実です」
なにか、知っているんですか。
「……お願いします。本当の事を教えてください……わたくしは、一体どうやって異世界からシン日本に来たんですか」
「その問いにあまり意味はないと思います」
シスターさんが横を向く。そこには額縁に収まった子供たちとの集合写真がある。
「色々な方がいます。出自など関係ありません。我々は全て広く行け入れます。……ですが、名も知らぬ誰かが連れてきた子、空から落ちてきた子、気が付いたら知らない場所にいた子……ですが、共通するものと言えば……異世界から突然シン日本に現れた、それだけ」
まるで、湧いて出て来たかのように、とシスターさんは言う。
「あなたは、森の中で倒れていたところを見つけられたのです」
「……なぜ」
「理由なぞありません。必要だったのは、貴方がシン日本にいる。それだけの事なのでしょう。そこに合理性なぞありあません、そうやって異物を持ち込むのが……システムと言う物です」
また、システム。
「シスターさんも、システムの事を知って……」
「ええ、勿論」
「じゃあ、わたくしが、別人の、知らない人の、コピーだって、本当なんですか……」
「……今ならいいでしょう。真実を知る時です。昔の写真を見せて差し上げましょうか」
立ち上がり、奥まで歩いて、アルバムを取り出して、戻ってくる。
知らない、見たことのない背表紙のものばかりだった。
シスターさんがパラパラとめくる。
「……知らない人ばかり」
「いえ、ここに小鳥遊ちゃんもいるのよ」
「……え?」
「これよ」
指を刺した先には。全然知らない人の顔が映っている。金髪で、髪がショートで、快活そうな顔をしている。
顔は、どこか似ている。だけど、髪の色とか、雰囲気が、違う。
「これが……わた……し?」
「そうです」
「なんで、まるで、自分じゃないみたい」
「……それもそのはずです。我々がそのように、変えたからです」
「え?」
変えたって、何を?
「異世界の残留物を消すために――変質させたのです」
消した? 何を?
記憶を?
「あなたが最初ここに来た時……ある程度、異世界にいた時の事を覚えておられでした。紗城華維さんと言う方、セナさんと言う方の事を語っておいででした……」
華維さんはともかく。セナって、多鍵さんも言ってたけど、誰?
「また、誰……」
「そしてまた、あなたは……暴走しそうな魔物の力に苦しんでおられでした。オリジナルでは、その暴走を抑えるような手段を持っていたのかもしれません……でも、我々にはその手段がありませんでした。」
体の中にある、眠っている、仕込まれていた、魔物の力。
それを封じたのは、シスターさんだった……
「だから、封印させたのです。正確に言えば、変質させたと言いますか。スキル【メタモルフォーゼ】の力で」
シスターさんが、ステータス画面を見せる。
【メタモルフォーゼ】:指定した物を変質させるスキル。近しいものであれば消費コストは下がる。物だけでなく概念も変更可能。
こんな強力なスキルシスターさんも持ってたの? 知らなかった。
「その【糸】に関する力を封じ、【銃】にし、相応しい武器も用意して――その結果髪の色や性格も変わってしまいましたが」
そんな事……出来るか出来ないかで言えば、できるのかもしれませんが。
でも、なんで? 今まで、教えてくれなかったの?
それに。
「力を封印するのはともかく、なんで記憶まで……!」
「別の世界の事を覚えていても、知らない人の事を覚えていても、このシン日本では無意味です」
無意味なんかじゃない。華維さんと再会できて、本当に良かったと思う。
それを? なぜ?
「下手に覚えていたら、また魔物の力がよみがえってくるかもしれない……だから最低限、ここに来たという事実のつじつま合わせの記憶だけを残して、全て消しました」
「全部……全部消えた」
「全てではありません。これも、何の混じりけもなくシン日本で暮らせるようにと、あなたの事を思って……仕方が無い事だったのです」
「ふざけないで! ……下さい!」
声を荒げそうになって、かろうじて抑える。
「わたしは、そんな事求めていなかった、教えて欲しかった、わたしの記憶を……」
「……落ち着いてくださいな」
そばに置いてあったティーポットから、シスターさんが紅茶を入れてくれる。
それを、わたしは口にしようとしない。嫌、できない。
なにか、何かが、怪しい。怖い。
「……人は、人の腹から生まれ、死ぬときは血と肉となり地へを還っていきます。そこが、本来あるべき姿だと思います」
「何の、話ですか」
「ですが、あなたは、そうではありません。無から産まれ、そしてどこへも行けない……摂理に、反している」
なにそれ。
わた■しは。
初めから。
人でも何でもないって事?
「これも、全て
シスターさんがわた■しを抱きしめる。
でも、その温かさを感じる事が出来なかった。
「なんで、そんな事言うんですか……!」
あなたが、わた■しを消したのに。
「私もアンチマキナ団ですから」
「……は?」
シン日本を滅ぼさんとする敵。
それが、わた■しを?
何で? 何のために?
そっか。そういう事か。
点と点がつながる。公正明大のユニークモンスターの話。
体の中にしこまれた魔物の力。
消された記憶。都合よく生かされた。
全部、
全部。
仕組まれていたことだったの????
「……わたしを、騙したんですか」
「小鳥遊ちゃん?」
合ってるか間違ってるかはどうでもいい。
本当か嘘かはどうでもいい。
繋がっていない理論。でたらめの考え。
でももはや、そんなことはどうでもいい。
「わたしを、利用として、記憶も、全部、もてあそんで、そのために、」
わた■しの内にはもう、どす黒いものがあふれていた。
「わたしの、思い出を、奪ったんですかあああああああああああ!!!」
背中を切り裂くような、強烈な痛みが襲う。
「待――」
一瞬視界が真っ暗になる。
ドスリ、と音が聞こえる。
視界が開ける。
シスターさんの背中に何かが突き刺さっている。
その先を辿る。
右上に影が見える。
それはまるで、虫の様な腕。
魔物のような腕が。
――その先を辿ると。
その腕は、背中から、生えていた。
わた■しから、生えていた。
気が付くと、わた■しは、駆けだしていた。
***
暗闇を走る。ここがどこかも分からない。
思考ができない。目が映ろだ。耳も。
体の中がぐちゃぐちゃになっていく感覚。
自分が何かに置き換わっているかのように。
もうすぐ、わた■しがわた■しでなくなると分かっていた。
誰もいない場所に、誰も被害を出さないように。
せめて、誰もいない所で――
「落ち着きなさい」
なにかに、ぶつかる。
声も何も聞こえない。それが何かを認識できない。
「どうしたのよ、童子さん。それでも、わたしを料理で打ち負かしたライバルなのかしら?」
聞こえない。聞こえない。
ノイズだけを感じる。
走ろうとしても、壁にぶつかって先へ進めない。
「まずはゆっくり眠りなさい。何があっても、華維君が――」
――末祓桜の、永い眠りへの誘い!
――
「は?」
「邪魔しないでくれるかな?」
何も感じられないはずなのに。その声だけは聞こえた。
「今ちょうど――面白くなってきた所じゃないか」
その姿だけは見えた。
小さな兎の様な、小動物。
その正体は――
「――
唯一感じられるそれに、縋り付くように聞く。
システムさん――
なんでわた■しを、コピーして、シン日本に連れて来たんですか?
「んーまーあれだよ。鷹柁萌は結局セナ・ウィラとくっつく百合エンドだったからね。それはそれでアリだけど……スズキくんは百合の間に挟まる男と言うか? 彼との仲はあんま進んでくれなくてねー」
あっけらかんと、空気にそぐわない軽さで、それは言う。
「じゃ、今度はスズキくんとくっつけても面白いんじゃないってね」
そっか。
「ふざけ――!!」
そうだったんだ――
でももう、そのシナリオは叶わない。
もう、わた■しは――
体が、爆ぜた。
***
誰もいない夜の公園の中。わたし、末祓桜はずっと童子さんを監視してた。
それで、そろそろヤバくなってきたのを感じて眠らせて落ち着かせようとした――が、止められた。
システムによって。
ふざけるな。
こんな事。こんな理不尽。
「あっていいのかよクソシステム――!!!」
衝撃が、わたしを吹き飛ばす。
咄嗟にその辺にあった木につかまる。
そして、顔を上げる。
地面が、崩れ落ちていく。
いや、飲み込まれていく。
中心にいた童子さんの元に集まっていく――
いや、あそこにいるのはもはや童子さんではなく。
別の何か。
「何、あれ」
背中を突き破り、腕が生えてくる。
体が、まがまがしい色に変色していく――
それは言うなれば、魔物そのものだった。
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