第2話 金欠、ダンジョンへ
異世界から現代へ「帰還」してからしばらく月日がたつ。
そして俺は働かなくてはいけないことを知った。
「働きたくねえ」
折角、気苦労の多い異世界からスローライフを求め現代文明に帰ってきたのに、なんてことだ。
いや、確かに、現代日本を再現したシン日本の名は伊達ではなかった。
そこにはスマホがあり、コンビニがあり、ウォシュレットがあり、秋葉原(電気街時代)があり、治安は良く町は清潔さを保たれ娯楽もたっぷりという都合のいい現代社会がそこには存在した。
異世界を卑下するわけでもないが……飯の味も申し分ない。あの時食べた懐かしいファストフードのハンバーガーに、カップ麺の味。初めて食べた時はどれも涙を流しそうなほどであった。
「だけど贅沢しすぎてお金が無くなっちゃったんだよな……」
年金の様な「異世界転生者支援年金」と言う物もあった。そしてこれでもらえる金額は、働かないにしてはそこそこのものだったろう。だが、一般の社会人がもらえる初任給にも満たない。
「つまり、働きもせずに暮らすには厳しいという事か……」
そこに気づいて冷や汗をかきながら、役所でもらった大量のパンフレットの束をひっくり返す。
んで、分かったことがいくつかある。現在住んでるアパートの家賃は一時免除されているが、1年後にはそれもなくなる。
そして電気代や食費などの諸費をひっくるめて計算すると、月に使えるお金は学生がもらえるお小遣い程度しかない。
そして部屋にはゲーム機とソフトがたくさん。
赤字だ。
「クソっだまされた……!」
頭を掻きむしる。
騙されてねえよ。自業自得だよ。
……いや、このことに1か月で気づけた良かったと前向きに考えよう。
そしてパンフレットの中にはご丁寧に「お金の計画的な使い方」なんて言うものが挿入されていた。
そしてペラペラめくると異世界帰還者がお金を管理するにあたっての注意事項が書かれている。「計画的に使いましょう★」なんて書かれてあったり。うるせえ。
稼ぎ方についても色々書かれているが、一番ページを取ってどでかく勧められてい
るのが……
冒険者であった。
はい。
なんつーかもう呆れた。
冒険者になって何をするかと言われれば、ダンジョンへ行くらしい。なんで現代日本を再現したって触れ込みなのにダンジョンがあるんだよ。そーいう戦働きが嫌で異世界から帰ってきたのに、何が悲しくて同じことしなきゃならんのだい。
異世界から帰還して現代で平穏ニート暮らしなんて考えていたが、ここを紹介した「シン」日本のお偉いさんはそうは考えていないらしい。
まあ、異世界でドンパチしてたスキルの塊みたいな人材、放っておくわけないか。
このシン日本の一般人は、異世界の存在は知っていても、それを意識することなく一生を過ごす事がほとんどだ。レベルを上げることなく。スキルを使う事なく。文明の利器を使うだけで日常が過ごせる。彼らは転生者や召喚者とは無縁だ。俺自身、普段の生活で異世界の存在を感じさせることはない。
ただ一つ。ダンジョンの存在を除けば。
「っはぁ……まあ金を稼ぐには冒険者になるのが一番手っ取り早いって事か」
もうあきらめた。それしかないならしゃーない。
ここは現代日本を再現していても、どこまでも魔法と魔物があふれる異世界なのだ。そして確かに慣れた仕事ではある。現代社会に慣れてない自分がやりやすい仕事としては一番だろう。
バイトでも始めるという手もあるが、それでは長持ちしないだろう。コンビニみたいな多様な仕事を、現代社会にブランクのある俺が出来る気がしない。
そして、バイトでは遅い……なぜなら俺の全財産は硬貨数枚。
俺はこのままでは、今日の夕飯すらままならない身であるのだから。
***
とりあえず収入を得るには冒険者証とやらが必要らしいが、近くのダンジョンへ行けばすぐ作ってもらえるのだという。
「冒険者証の発行ですね? 申し訳ございません、本日は立て込んでおりまして……」
「えっと、これを」
異世界帰還者証を渡す。
「あっはい、お疲れ様です……緊急で発行いたします。少々お待ちくださいね」
手続きはすぐ始まった。普通の人だと色々細々とした資格とかが必要らしいが、俺はそうではないらしい。
「ステータスを拝見しますね。冒険者証はすぐに出来ますよ」
機械に手をかざすと、あっという間に冒険者証が出来る。
便利だなあ、機械。流石現代文明。
――
名前:
性別:男
ランク:F
――
「実力的にはすぐに上に行けると思いますが……人柄なども判断項目になりますので、簡単なダンジョンでの実績が必要になります。ご了承いただけますようお願いしますね」
「ああ、その辺ちゃんとしているんだねえ」
「帰還者は色々な事情がありますから……紗城さんもさぞかし苦労なされたのでしょう?」
「……」
少しだけ前の事を思い出す。大量の、羊皮紙の山。
唇をかみしめる。しばらく何も言えなかった。
「あっ失言でしたね、失礼いたしました」
「いえ、気にしてないです」
不満を表明したつもりはなかったが、申し訳ないと頭を下げる。
ただ、異世界の話を続けてほしくなかったのは事実だ。何も言うまい。今の俺は、何も思い出したくない。
「それでは装備はどうなさいますか? レンタルもありますが」
「いや――間に合っているよ」
――華維は鎧変身を発動した。
その身に、黒色の鎧をまとう。腰にも剣が携えられた、「異世界」にいた時と変わらない装備だった。
***
ダンジョンへ向かうポータルの前に、冒険者らしい奴らが集まり、バリケードでふさいでいるようだ。
「おいルーキー! 俺はこのあたりをまとめているギルドの支部長を務めるコバヤシという。今日は帰りな、この先は俺たちが封鎖している」
……どうやら、状況は簡単ではないらしい。
「何かあったようですが、どうしたんです?」
「ああ……強力なユニークモンスターが現れ、危険だから緊急討伐の指令が出た。関係者以外立ち入り禁止だよ」
ユニークモンスター? シン日本にはそんなものまで出現しているのか。
早速面倒ごとの気配のようだが……せっかくだから何かの役に立てたらいいのだから、
「それは不安ですね……その魔物は今どこに? どのくらいでここまで到達しますか?」
「1時間くらいは持つだろう、その前に帰るといいぜ」
「意外と持ちますね……」
「なにせ、一人の少女が足止めしてくれてるんだからな」
「――何?」
驚き、急に大きな声を出してしまう。
男は少し目を伏せながら、申し訳なさそうに言う。
「苦渋の決断だった。だが、彼女以外に適任はいないし、これ以上被害者を増やすわけにはいかない」
「……なるほど、早く助けに行かないといけないというわけですか」
「やめときな……これ以上被害を増やすわけにはいかない、待てば戦力は集まる。くれぐれも巻き込まれないよう、今日はずっと封鎖だ」
「わかりました」
了承して、その場を離れた。
とりあえず、この場は。
***
俺だって面倒ごとには巻き込まれたくない。
だが、困っている少女を放置するというのは俺の信条にも心情にも反した。
情けは人の為ならず。ヒーローが人を見捨てるようでは、存在意義はない。
たとえ魂まで腐り堕ちようが、許せない一線だ。それは俺が俺をなす最後の構成要素なのだから。
だが、下手に目立つのも好まない。だから、目立たないような形で助けることにした。
目立たないようにするのに、この顔が見えない鎧は最適だ。
そしてついでに、ステータスもいじる。
――華維は、ステータス改ざんを行った!
――名前が、Kになった!
簡単な隠ぺい工作だが、この程度で良いだろう。
顔を隠し、正体を隠し、そっとその強敵とやらを倒して終わらせる。
あとはスキルで気配を消し、ダンジョンに入り壁抜けでもテレポートでも使って彼女の元へ行く。
できれば、姿を現さず倒したいところだが……そこまで上手くは行くまい。
ちょっとだけ口止めして、それで終わりだ。
そして何よりも。
一人で足止めをするという勇気ある少女を、一目見てみたかった。
その命が万が一にでも奪われないように。人の輝きが失われないように。
俺は、助けに行かなければらなかった。
「間に合えばいいんだが……」
こうやってお人好しなのが面倒ごとに巻き込まれる原因なんだろうが。
俺が俺であるために、人助けだけは止められない。そういう性分なのだった。
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