異世界から追放された英雄は、【シン・日本】で平穏に暮らしたいけど強すぎて無理
秋津幻
序章
第1話 異世界からの追放
「英雄、スズキ・ケイよ……ここから出て行ってくれないだろうか」
「え?」
それは一つの旅を終え、拠点の屋敷で体を休めようと帰宅したある日の事。余所行きの鎧を脱ぐ暇もなく、宰相と名乗る男はやってきて、俺に追放を宣告した。
「んなこと言ってもなあ……ちょいちょいこの国から外に出てるじゃない? たまに帰ってくるくらい――」
「そうではありません、この「世界」から出て行って欲しいという話なのです」
「は? 「世界」ってどういう」
「これを見てください」
それは、うずたかく積まれた羊皮紙の山。
各地の言語で何やら書かれている。
「えーちょっと待ってなんだこれは……」
翻訳スキルを使って読もうかと手を伸ばすも、はたかれた。
突然の事でビックリしたが、ちらりと中身は見えた。
【スズキ・ケイの追放に同意する署名】
スズキ、ケイ。
間違いなく俺の名前だった。
「見る事は不要です。中身は全て同じ。この紙は全ての国の王が署名しました。あなたを追放することに同意する、すなわちこの世界からの追放令です」
「……は? なんだそりゃ」
「各地の王国、帝国、共和国……あなたが行ったことある場所も、行ったことない国も可能な限り、把握できる全ての場所のこの「世界」のトップが署名していただけました」
「何でそんなことを――」
「簡単な話です。あなたは各地で時に味方し、時に敵になり、時に意味もなく暴れ――その存在が厄介である。そのため、この世界の理を乱す。誰にも味方しないから、敵にならないでくれ。そういう結論に至りました」
「……」
うん。まあ。
心当たりはある。
お人好しで、頑固で、めんどくさい俺は。なんだかんだ人を助けて来たと自負しているが、その分敵も作った。
「大体、貴方は転生者と言い――異世界から来たのでしょう? だったら、この「異世界」ではなく元の世界に戻ってもらいたい」
戻れるもんなら戻りたいよ。
そう歯噛みしたが、言わなかった。
「そんなものに俺を従わせる力があると――」
「ないかもしれません。ですが大事なのは、人々が、この世界が、貴方を不要だと拒絶した意志を示した事です」
「……」
うずたかく積まれた紙の束を見れば、ため息の一つもつきたくなる。
確かに俺は暴れた。ふらりと旅をし、困った誰かの頼みで戦う。
そう。誰かから「頼み」を聞いて、戦って、その礼をしてもらう。時に魔王を倒し、時に貧しい人たちに手を貸し国と敵対することもある。そうしてまた旅に出る。それが俺であった。
いろんな奴の味方をし、時に英雄になり、時に恐ろしい敵に回る。でも、それは全て誰かのためであった。
確かに、どっちつかずで誰の味方であり続けることもなく、嫌われることもあるだとうとは思っていた。
でもしかし、そこまで、俺は、嫌われてたのか。
しかしこれは、「異世界」の人のためになる自負があったのに――
「力でも無理、交渉でも無理でしょう。それならば、方法はただ一つ。説得――いや、情に訴え頭を下げる。それ以外にないでしょう」
そういい、男は頭を下げて、「頼み」をした。
「お願いします。この世界から出て行ってください」
確かに。
その方法は、俺には効果てきめんだったろう。
そこにあるのは、ただ一つの事実。
俺が随分と暴れてもう顔も見たくないであろう所。俺が味方をした結果その力を思い知っている所。歴史の彼方に消え去った所。国力の差で無理やり書かされた所。交渉の末に、金を積んだ結果、よくわからないけどとりあえず。
いろんな理由はあるだろうが、それでもこの量をの人間を同意させたのだ。
俺の鑑定スキルが言っている。この署名は全て、本物だと。
そして何よりも、この男の立ち姿が、履きつぶした靴が、すそがこすれほつれているズボンが、物語っている。それだけの長い旅を、続けて来たのだと。
その努力を、苦難を、物語を、俺は。
その「頼み」を、一笑に付してやることなどできなかった。
なるほど。
俺には、よく効く方法だったというわけだ。
「分かったよ、出て行ってやる」
「――本当ですか」
「だが」
俺は、吐き捨てるように、負け惜しみのように言う。
「この後どうなっても知らんからな」
「、ちょっと待――」
返答も聞かずに、俺は屋敷もそのままに、何も持たずに出ていった。
***
転移スキルを使い、世界の果て、誰もいない海辺、崖の上に俺は立っている。
「この世界にも長くいすぎたって事かねえ……」
この海を越え遥か遥か遠い大陸には、また別の「異世界」がある。
魔法も、動物も、ステータスも、世界の仕組みも、何もかも違う世界が。
たくさんの世界があった。俺、紗城華維は幾度も転生を繰り返してきた。生まれた世界で平和に日常を過ごしたり、世界を救ったりしながら、一生を暮らす。そして死んだらまた次の世界へ行く。その繰り返しであった。
そのうち、年を取らなくなった。長い時間を生きるようになった。
兜を取る。ピンク色の髪がそこにはある。
俺が前の世界で生まれたときは、こんな色ではなかった。何度も転生を繰り返すうち、いつの間にやらこうなってしまった。
この姿で、女に間違えられることもある。それを避けるために、普段は姿を鎧で隠している。
これは、俺なのか? はたして、俺はどの程度まで生まれた時の自分なのか。
俺は永遠に。元の世界に帰れないのか。
そんな事を悩んでも、仕方がない。この姿で、永遠に生き続けるしかないのだから。
今回の世界では随分と長く過ごした。少し前に、複数の世界を跨ぐような大事件に遭遇して疲れた事もあり、ずいぶんと休んだ。
その結果が、追放だ。
世界は、いくらでもある。だから、この「異世界」から出ていっても変わりはない。
「だけどさあ……あれを見せられてショックを受けない奴もいないだろ」
大量の、俺への追放を願った紙。単純に、インパクトがあった。
それを見て何よりも悲しく、ショックだったのは。
人々に、この世界そのものに、否定されたという事実だった。
彼が突きつけたのは、この世界の意志が俺を追い出したがっているという事だ。
この事実を叩きつければ、俺は出ていく。その確信があったのだろう。
世界の人々から嫌われた以上、ここにいても迷惑になるだけだ。
でも、この世界に後ろ髪をひかれないことはなかった。
ショックを受けながら、呆然としながら、思い出を振り返りながら、俺は海の向こうを見ていた。
「何かお困りごとですか?」
気が付くとそばに、一人の少女が立っていた。
黒いセーラー服を着た少女。
この世界にはないはずの、元の世界の服を着た少女。
「――何者だ、あんたは」
「わたくしは、
久しぶりに聞いた、元の世界の、日本人のような名前だった。
「その鎧姿、そのピンクの髪――あなたは、転生者にして「全能大戦」の英雄、
「なぜ俺の事を――名前だけでなく、素性まで知っている。どこかからの使いか?」
「単純にあなたに会いたくて……お礼を言いに来ましたの」
「お礼参りかなにかか?」
「いや、あのそういう訳でもなく……わたくし、むかし紗城さんに助けられたことがありますの。……覚えていませんか?」
スキルで脳内データベースに検索をかけてみるも、該当はない。
申し訳ないが、正直に分からない事を伝えることにした。
「いや――知らないな」
「そうですか……それは残念です」
がっかりとされた。
不敵に笑うでもなく、普通にがっかりされた。
反応的に、俺が昔助けたらしいという言葉に嘘はないようだ。
「……マジな感じ?」
「覚えてないのも仕方ありません……昔の話ですから、でも!」
近づいて、手を掴んで、ぐっと強く握ってくる。
「いつかあなたに会いたくて、あなたに、お礼を言えるいつかを今日まで、待ちわびていましたの」
まっすぐと俺の目を見て。
人は覚えていなくとも、その言葉は間違いなく真実であった。
「――そっか。すまなかったな、覚えてなくて」
「いえ、そんなことは……」
「そして、礼を言われることのほどでもない。俺にとって人を助けることは、俺らしくあるために必要なことだ」
「そう、ですか」
昔から、人助けをしたいから、人助けをしてきただけの事。英雄のロールを与えられたからそうしてきただけの事。
本当に、それほどでもないのだ。
「それで、それだけじゃないだろう。何の用事か? サインをねだりに来たわけでもなさそうだが……」
「あっそれでですね、わたくし、こういう仕事もしてますの」
彼女は、俺に何か紙のようなもの――それは、紙でできた名刺であった――を渡す。
【シン・日本 転生者・召喚者勧誘部門 臨時外交官】
と書かれている。
「――シン・日本? どこだ、そんな国は」
あの大量にあった署名にも。俺が今まで行ったことある所にも。そんな国はなかった。
「そこは、転生者・召喚者が異世界に作った、現代日本を再現した国ですわ」
「――は??? 現代を――再現? そんなことできるのか? 技術は? 土地は? 統治形態は? 何より資材・食料が足りないぞ、一国だけじゃ成立しようが――」
「そこは転生者・召喚者達のチートスキルで何とかしました」
「随分乱暴な理論を掲げてきやがった……!」
魔法があるだけでもこの世界の物理法則は胡乱なのだ。お菓子の国ではクッキーで出来た家やら、ドーナツで出来た砂漠やらあったが、そういうのはまともに考えちゃいけない。そういうものもこの世には存在する。
そういうものだと把握した。現代を再現するために、あらゆる苦難を努力とパワーで排除した世界だ。
貰った名刺を見る。それは紙だ。異世界でよく見るような羊皮紙ではなく、真っ白な量産された紙だ。
……現代日本かどうかは分からないが、そういう高度な文明の片りんを感じさせる。
「まあでもとにかく何とかなったんだな……OK、把握した」
「あなたのような、転生者のために作った世界です。そういう人を見つけ次第声をかけているのですが……特に、わたくしの恩人である紗城さんにも、ここに来てもらいたいと思ったのです」
そう、屈託のない笑みで、両手を広げて、彼女は言う。
「異世界での生活などやめ。この我らが作った安住の地で……スローライフを送りませんか?」
送れるわけねえだろ。
そもそも異世界に作ったんだからどれだけ現代日本を再現しようと異世界だろ。
大体面倒ごとの予感しかしねえわ。
……まあ、でも目新しさというか、今までと違う何かが待っている、という事の期待はできた。
遠くの景色を眺める。そこは、どうしようもなく、自分が生まれた世界ではない。
土の街路に木とレンガでできた街にも愛着があるから文句を言うつもりはないが、俺が幼い時に見た、東京のビル街とは雲泥の差だ。
その景色を想像して、帰りたい。ふと、そう思った。
だが、それはもはやかなわぬ夢だ。もうこの異世界に来て人生を何度かやり直せるほど長い時がたったが、帰還できる手がかりを得たことはない。
そもそも、帰ってみてもまともな暮らしができないだろう。今あちらで何年たっている事か。仮に同じ時間に帰れたとして家族とまともに暮らせるべきか。学校は、仕事は、戸籍は。平和な世界で何のいざこざも起こさず生きられるものか。
また、その世界人から。家族から。追い出したりされないものか。
それが、仮にその問題がない環境があるしたら?
可能性が、あるとしたら?
夢を、見られるとしたら?
……その夢を、見てみたいと思った。
潮風が吹く。髪がなびく。ピンク色の髪が、目にかかった。
「分かった」
「――本当ですか?」
人生は長い。幾度も転生を繰り返してきた俺にとって、少しくらい時間を潰すのは悪くはない。折角、与えられた機会だと考えることにした。
「行こう。行ってみるよ。その「シン・日本」とやらに――」
「! ありがとうございますわ!」
そういって、彼女は深々と頭を下げた。
こうして俺は、新しさを、懐かしさを、現代を求め。
「異世界」から去り、新天地である、「シン・日本」に向かう事になった。
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