第2話 The world is full of antisocial people.②

「バカ野郎ッ!! テメエ死にてえのかッ!!」


 倉庫のような事務所を出てすぐのこと。

 港の沖合いから海が見えるサテラポットの近く。

 俺は産まれて初めてヤキを入れられていた。

 顔面や腹を何発もボコボコに殴られ、目元や唇が切れて血反吐が飛び出た。

 だがーーそれでも俺は黙っていた。

 やり返そうだなんて思いもしない。

 何故なら俺は知っていた。

 この山城 龍城と言う男が、それでも俺に手を抜いていヤキを入れていると言う事実を……。

 山城 龍城は化け物だ。

 正真正銘の反社会的勢力。

 それも並のヤクザさえ恐れるーー特殊な異能を持ち合わせた反社スレイヤーのヤクザである。

 だから俺は、


「すんません……。

 俺……頼れる身内が居なくて、つい……」


 正直に自分の置かれた状況を打ち明けていた。

 グーでいくら思いきり殴られた所で、さっき見た光景に比べたら遥かにマシにさえ思えるのだから仕方がない。

 それぐらい今のこの人の在り方は、俺の持ち得ていた常識を飛び出していると言っても良い。

 そんな常軌を逸脱した当の男は、その話を聞くなり俺の元へと座り込む。

 ヤクザらしいヤンキー座りだ。

 それも様になっていて格好が付く。


「お前……その歳で独り身なのか……?」


「はい……母は他界し、父の田村 三平は、どこかへと消えて蒸発しました。

 今の俺に頼れる宛もなく、この横須賀の街並みで喧嘩に明け暮れる日々を送って来てました……」


「田村……三平……?」


 耳に聞き覚えがあるのか、山城 龍城は眉間を動かす。

 が、それも俺の勘違いと思えるぐらいの小さな挙動。

 ひょっとしたら俺の見間違いかも知れないぐらいの変化だった。


「お前ーーあの田村 三平のせがれなのか?」


 だが、山城 龍城は俺のおとっつぁんの名前を知っている様子だった。


「田村 三平は、俺の兄貴分なんだ」


「兄貴?」


「あぁ、極道の世界にゃ兄弟分ってのがあってな? お前の親父とは、五分と五分との兄弟だった……」


「じゃあ……俺のおとっつぁんが蒸発したのは……」


 山城は、それ以上は口を閉ざして何も語ることは無かった。

 ただその代わり、


「着いて来い……」


 そう一言だけ言って海岸沿いを歩いて行った。

 その後ろ姿を見上げていた俺は、

 

「いや……ッ。でも……俺は……ッ」


「お前はーー確か山城の組員なんだろ……?」


「ッ……!! はい…………ッ」


 それがーー山城 龍城との初めての出会いになる。



「親父、例の岩下組との抗争は終わりました」


 横浜中華街の裏街にある小さな事務所。

 そこに俺は、山城と共に詰めていた。

 この商店街は、横浜中華街の裏側ストリート。

 又の名を神輿みこし町なんて名前で呼ばれている小さな商店街の一角だ。


「おう、龍城か。ご苦労だったな」


「いえ。なんて事はないですよ……」


「そうか……それで……」


 そう言って山城から組長と呼ばれた男は、漆塗りのチェアーに深々と座り俺を眺めた。

 山城 龍城とは、体格も風貌も異なる。


(同じなのは、名前とスーツぐらいだろうか……?)


「こいつは、俺が連れて来ました。山城の組に入りたいそうなので……」


 山城に肩をこつかれ自己紹介を促さられる。

 俺は頭を下げて挨拶をした。


「田村です……田村 龍二……」


「田村……龍二……?」


「えぇ……コイツは田村 三平のせがれだそうでして……関係者だと思ったので俺が独断で連れて来ました」


「せがれ……? 三平のか?

 そうか……それで龍城は彼をここへ……」


 山城の行動に納得するように組長は快諾した。


「俺は、この山城の組で組長をさせて貰っている、山城 浩三こうぞうと言う者や。

 そういう事なら……まぁ遠慮なく座れや龍二」


「ッ……ありがとうございます」


 事務机の前に並んだ黒いソファー。

 その片側に案内された俺は、山城と共に座り、対面に組長を挟んで会話を始める。

 ガラステーブルを挟んでの会話だ。

 山城同様、俺はすべてを組長に打ち明けた。

 洗いざらい全部をぶちまける。

 自分の置かれて来た環境を相手に伝える一番手っ取り早い手段。

 きっと俺は……そんな自分の置かれて来た環境に、誰かから同情して欲しかったのかも知れない。


「そうか……じゃあ三平は、最後にお前と会って“心残り”を残して行ったのか……」


 すべてを話して一息をつくと、浩三組長は優しげな笑みを浮かべて茶をすすった。

 コトリと湯茶碗をテーブルに置くと、


「三平とは、昔ながらの付き合いでな。お前は知らされてなかったみたいだが、そこの龍城とは兄弟分の間柄だ」


「じゃあ……やっぱりおとっつぁんは……」


「あぁ、お前の父親は元ヤクザだ……」


 やっぱり俺のおとっつぁんは、ヤクザだった。

 だとするなら最後の別れ際。

 あの黒いセダンから降りてきた助手席の男が、おとっつぁんに頭を下げた事にも頷ける。


「三平は、この組の若頭だった。その若頭補佐を務めていたのが、そこに座っている山城 龍城だ」


「兄貴とは歳も近くて、実の兄弟の様に慕っていたよ。

 浩三組長は、俺の義理の父親でもあるんだが、昔っから身寄りの無いヤツらをここに集めては囲っていたんだ」


「それが……俺のおとっつぁんの正体………」


「あぁ……お前のおとっつぁんは、この組で現役のヤクザとして活躍した。

 ちょうどお前と同じ歳の頃に拾われて以来、腕っぷしも強くてそりゃあ頼もしかった。

 いつでも強くて優しくて、いつだって頼りになる良い兄貴分。

 俺のことだって本当に良くしてくれた」


「だけどおとっつぁんは、そのせいで蒸発した……」


「俺たちのせいだと言うなら、それは違う。

 ちょうど失踪する前、お前のおとっつぁんはカタギに戻ってる。

 ヤクザはカタギに手出しをしないし、そもそも同じ組の人間なんだ」


「やったのは、俺たちじゃない……と?」


「あぁ……うちも抜けたばかりとは言えカシラをやられたんだ。

 なら四の五の言わずに、仇を取らねえ訳には行かねえだろう?

 そりゃあお前のおとっつぁんを、俺たちは血眼になって探したよ」


「けど見つからなかった……?」


「あぁ……だが、手掛かりは見つけた。

 どうにも蒸発直前だった三平兄貴は、あの六郎会傘下の人間と会ってたらしい事が分かった」


「ッ!! じゃあ、ひょっとして……ッ!!」


「多分だが……お前のおとっつぁんは、六郎会のヤツらにやられた可能性が非常に高い……」


「六郎会のヤツらが、おとっつぁんを……」


「山城組は、小さな組だが全勢力を結集して、お前のおとっつぁんを探してる」


「ひょっとして龍城さんが、岩下組の事務所に来たのって……」


「俺たち山城組は、六郎会傘下の構成員達を少しずつ潰して回ってる……。

 埃は叩けば出てくるってな?」


「なるほど……それで龍城さんは岩下組の事務所に……」


 山城龍城が、あの岩下組の事務所に訪れた事は偶然だ。

 だけど叩いて回っていたのは、俺のおとっつぁんの為だったのか……。


「俺……そんなこと知らなくて……」


「無理もないさ。まだ年端も行かないお前みたいな息子が居るのに。

 その本人が実は元ヤクザだと明かして、お前を抗争に巻き込む訳にも行かないからな」


「だけど……どうして六郎会のヤツらが、ヤクザから足を洗った筈のうちのおとっつぁんを?」


 ヤクザは、カタギに手を出さない。

 龍城さんが言ったことが本当なら。

 うちのおとっつぁんは、ヤクザ同士の抗争に巻き込まれて良い立場の人間じゃない。


「どうして六郎会のヤツらは、おとっつぁんを狙ったんです?」


「さぁな……具体的な事情は、俺たちにも取っ捕まえて見なくちゃ分からねえ。

 だが……少なからずの理由があるとしたら、きっと恐らくコレのせいだろう……」


 そう言って山城 龍城は、胸ポケットの内側から赤いルビーのような宝石を取り出してテーブルへと置いた。

 真っ赤に燃える紅蓮の赤。

 透き通った半透明の宝石は、ダイヤモンドのように輝いてキラキラと美しい光を放っている。


「その石は……?」


「こいつは悪魔の核石と呼ばれているダンジョン産のアイテムだ。

 お前も一度は聞いたことがないか?

 神輿町に突然現れたと言われる、例のダンジョンの話を……」


 例のダンジョン。

 その言葉を知らない人類は、今となってはかなり少ない。

 大体的にもニュースに取り上げられ、テレビ中継を通して全国的に放送された曰く付きの産物。


「知ってます。それって確か……ニュースにもなってましたよね?

 だけど結局……」


「そう……ニュースキャスターの読み上げミスによる誤情報ってことで片が付いた」


 でも……もしその情報自体が間違いだとするなら?


「ダンジョンの存在自体は、確かにあった……?」


 今もこの神輿町のどこかに……。

 コクリと首を頷かせて組長は黙る。

 バカげた話だとは思わない。

 神輿町に現れたダンジョンだなんて、普通に考えたらフィクションだ。

 だけど俺は、実際にフィクションじゃない光景を既に見ている。

 山城 龍城に備わった人知を超えた力。

 それがこの話の証明だ。


「この悪魔の核石と呼ばれる宝石は、神輿町のダンジョンから見つかった物だと言われている」


「それを……なぜ組長が?」


「この悪魔の核石自体は、三平が独断でダンジョンから見つけて来た戦利品なんだ……。

 今まで目にした物だけでも……数えて三つ……。その内の一つはーー」


「俺が試しに使ってみた」


 それで山城龍城は、不思議な力を持っている……?


「じゃあ六郎会の連中は、この悪魔の核石から得られる不思議な力を狙い、おとっつぁんを攫ったと……?」


「恐らくは……そう考えるのが、今のところ妥当な線だろう」


 そう言って山城龍城は、テーブルに置かれていた湯呑み茶碗に手を付ける。

 茶柱の立った茶がグイと呑み込まれ、腹に収まると同時に山城は話しを続ける。


「この悪魔の核石を呑み込んだ者には、お前も知っての通りスレイヤーとしての不思議な力が発現する。

 発現時期自体は人それぞれ不明だが……発症自体は必ず起こる……」


「龍城さんは……どうしてそのことを……?

 この悪魔の核石って……全部で三つなんですよね?

 組長が今見せてくれてる一つに。

 カシラが呑み込んだって言う一つ。

 なのにどうしてカシラは……時期が人それぞれだなんて、他の人の症例まで知ってるんです……?」


 それじゃあまるで……。


「もう一人この核石を呑み込んだヤツが居るからさ」


「その……もう一人って言うのは?」


「松葉組若頭。荒木 心平」


「荒木 心平……」


 聞いたことがある……。


「東京神奈川大租界。六郎会傘下を束ねる大幹部の一人だ。恐らく荒木は、この悪魔の核石の力を求めて……」


「それで荒木がおとっつぁんを攫った……?」


 今ある情報は、すべて山城龍城の推測の域に過ぎない。

 だけど……もしそのことが本当なら。

 敵は得体の知れない能力を持っていることになる……。


「どうして……荒木心平が二つ目の核石を……?」


 だってそうでしょ?


「その核石自体は、俺のおとっつぁんが見つけた物で、その合計は三つしかない。

 なら……どうしてそんな物が荒木心平の手に……?」


「そこまでは、俺たちにも分からない。

 分かっているのは、お前のおとっつぁんが蒸発直前、その荒木の支配下であった六郎会傘下の構成員達と会っていたと言うことだけ……。

 今まで話したのは、すべては俺の推測だ……。

 だが……もしもお前がおとっつぁんの仇を取ろうと言うなら、俺たちの目的とお前の目的は同じの筈だ。

 お前ーー正式にうちの組に入らねえか?」


「それが……この話の本題と言う訳ですね……?」


「あぁ……三平兄貴の実の息子に当たるお前には、それだけの権利があると思ってな」


 そう言って山城龍城と浩三組長は、俺の手前に親子酒坏を取り出した。

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