反社スレイヤー
三木一馬のリザードン
第1話 The world is full of antisocial people.①
「横須賀のドブ坂通りは、小せえ商店街だがカレーが美味えことで有名なんだ。
よこすかの海軍カレーって言えば、そりゃあもうシンプルだが絶品と来てる」
そう言って田村 三平は、 カフェテラスの下に設けられたテーブル席へと腰を落ち着かせた。
メニューを開いて瞳を輝かせると、思い出に耽るように写真を眺めた。
首からぶら下げている紐付きのビデオカメラ。
そのレンズが太陽光に反射して、白くて丸ぁるい光がサッとメニューの上から光をそそぐ。
そんな様子が、俺にはまるで舞台に上がった役者へと向けられる……。
スポットライトのように思えてならなかった。
「ふーん……おとっつあんは、本当にカレーが好きなんだねえ……」
俺こと田村 龍二は、そんな実の父親である田村 三平のせがれである。
産まれは横須賀。
この神奈川でずっと幼少期を過ごして来ている。
「俺ぁこのカレーが思い出の味でよ。
こいつを食べると死んじまった母ちゃんのことを、ついつい思い出しちまっていけねえんだ……」
「死んだ母ちゃんを……?」
「あぁ……母ちゃんがよく作ってくれたカレーの味がよ。
このよこすかカレーとよく似た味付けでなぁ?
そりゃあもう美味えのなんのって……。
俺ぁこのカレーを食う度、そんな母ちゃんとの思い出をこの瞳の下の網膜に焼き付けてる訳よ」
「へぇ~……元気にしてるのかなぁ? 母ちゃんって……。
確か……天国って所に行っちゃったんだよね?」
「あぁ……そうだな……母ちゃんは天国に行っちまった……」
「その天国に行くと……幸せになれるって言うのは本当なの……?」
「あぁ……そりゃあもちろん本当さ。
少なくとも地獄に行くよりかは……よっぽどマシな場所に違いねえからなぁ……」
俺の言葉にうんと首を頷かせたおとっつぁんは、手を挙げて店員さんを呼び出していた。
「この横須賀カレーを二つ」
「かしこまりました」
テーブル席の横合いからサッと現れた黒服ウエイターが、おとっつぁんから注文を受けるとすぐに一礼をして去って行く。
そんな様子を横目で見上げていた俺はと言うと、正面を向いておとっつぁんへと視線を戻していた。
「そんなに思い入れのあるカレーを食べる時ぐらいなら、そのカメラは外せば良いのに……」
「はっはっ、そいつぁ出来ねえ相談だなぁ龍二?」
ご飯を食べる時でも。
おとっつぁんは、不思議といつも黒いビデオカメラを持ち歩いていた。
肌見放さず、古びた黒いビデオカメラをだ。
入浴の時以外は、外している姿を見たことはなく。
就寝する時もいつも首からぶら下げて寝ているもんだから。
俺は不思議に思ってそう訪ねてみたのだ。
「このカメラも大事な思い入れの一つなんだよ。
このよこすかカレーと同じぐらい思い入れがある代物でな?
話せば長いが……それでも聞きたいか?」
「うん!! そりゃあもう!!
……で、そんなカレーと同じぐらい思い入れのあるビデオカメラって?」
「うん……そりゃあな。
この横須賀のドブ坂通りのカフェテラスから見える景色が、その思い入れの正体さ。
ここからだとちょうど、あの横浜中華街の街並みが、ズラリと並んで見えるだろう?
俺ぁこのビデオカメラで、あの景色を遠目から眺めているのが好きなのさ」
「うーん。でも別に中華街の景色なら、わざわざビデオカメラ越しに見なくても近くに行けば見れるじゃないか……?」
「そういう話じゃねえんだよ。
このビデオカメラで見える景色っつうのは、近くで見るよりよっぽど綺麗に見えるんだ。知ってたか?」
「へぇ~近くで見るよりよっぽど綺麗に……?」
「あぁ……物の見え方っつうのは、不思議なもんでよ。
遠くから見ていた方が、いつだって綺麗に見えちまうことが沢山あるってもんでな……」
「うーん……じゃあ近くから見ると汚いことが多い……?」
「うん? まぁ……そうだなぁ……。
物事って言うのは、確かに近くで見た時の方が、汚く見えるもんは、世の中には山のように溢れてるかも知れねえなぁ?
お前にもーーいつかそれが分かる時が来るさ……」
コトン、と食卓によこすかカレーが二つ分並べられた時。
ちょうどカフェテラスの近くに漆塗りの車が走って来るのが見えた。
俺とおとっつぁんの座っているすぐ近くの車道に止まった車の助手席から、スーツ姿の男が降りてコチラへと歩いて来るのが分かった。
「頭……そろそろ……」
その男はーー俺とおとっつぁんの座っていた席の隣まで来ると、両膝に手を置いて頭を下げた。
男の人から何故かカシラと呼ばれたおとっつぁんは、うんと首を縦に頷かせて立ち上がる。
とーー、
「え……? おとっつぁん、もうどこかへ行っちゃうの……?
まだカレーが来たばかりなのに……」
腹が減っていた俺は、目の前に届いたカレーに夢中だった。
スプーンに手をつけてすぐのこと。
立ち上がろうとするおとっつぁんを眺めて困惑の眼差しを向けていた。
「あぁ……悪いな龍二……。
どうやら、ちょっと野暮用が出来ちまったみたいでよ……。
30分ほど席を外すから……お前はここでカレーでも食って待っててくれ……」
「う、うん……そういう事なら……」
「ありがとな、龍二……。
これも俺にとって……大事な思い入れの一つになるからよ……」
そう言って座席から立ち上がったおとっつぁんは、スーツ姿の男の人と共に黒い車の方へと向かって歩いて行った。
後部座席に乗り込んだおとっつぁん。
そこに助手席から降りて来た男が丁寧にドアを締める。
スーツを着ていた男は、それから振り返って俺にも何故か一礼を配らせると、すぐに助手席へと上がり込んで行く。
ブゥーンと言うエンジン音が静かに鳴り響いた。
黒いセダンが横浜中華街の方角へと向けて走り去って行く。
それを静かに見送った俺は、手にしたスプーンでカレーをすくうと、黙々と口の中へと頬張った。
「うん、美味いよこのカレー!!
流石はおとっつぁんの思い入れの味だ!!」
ーーだが、それきりおとっつぁんが帰って来ることは一度も無かった…………。
※
ダダダダダダッ、とステン短機関銃から勢いよく発砲音が鳴り響く。
火花と共に銃口から発射された無数の弾丸が、男たちの肉体を服の上から貫いていた。
排莢後に飛び散った薬莢が、事務所の床へとカラカラと転がり落ちる。
田村 龍二こと俺は、冷めた視線と共に死体になっていく肉塊たちをボウ然と眺めていた。
「兄貴、今日の分はこれで終わりですか?」
「みたいだな」
ゴボゴボと血潮を吐き出しコンクリートの床に倒れた男たちを見下ろし、俺は田村に相槌を打つ。
あれから20年の月日が流れ、俺は反社会的勢力と呼ばれるヤクザの稼業の者たちを相手に反社狩りに勤しんでいた。
殺し屋としての稼業を営む裏社会としての地位。
それを築き上げれば、やがてはあの日の真実に辿り着くだろう。
すべてはーーおとっつぁんが最後に言い残した、俺への“思い入れ”の意味を知る為に。
「しっかし兄貴の仕事は、おっかないなぁ。
手際が速いって言うか……。
仮にもヤクザもんがこうもあっさりと寝転がっちまうだなんて……」
舎弟分である小塚は、そんな俺のことを自慢気に兄貴と呼んで来る。
実際、俺も既に裏社会の人間だ。
稼業が殺しとは言え、所属しているのは組になる。
俺は小塚の軽口に「あぁ」と相槌を打つと、弾いたばかりのステン銃の弾倉をスーツの肩口へと乗っけて、トントンと肩を叩いて遊んでいた。
「俺ぁ、昔っから喧嘩ばっかしてたからなぁ」
※
おとっつぁんが居なくなってからの生活は、俺の中で最も
母が他界してすぐのこと。
父もどこかへと消えて蒸発した。
そんな直後の俺に自分一人で生活して行くだけの宛なんて何処にも無かった。
まだ10歳にも満たない年齢だ。
それなのに帰る家の宛もなく、頼れる身内の一人も居やしない。
流れるようにこの横須賀の街で路上生活を始め、毎日喧嘩ばかりの日々に明け暮れていた。
だが、そのことが災いして、いつしか俺は他所の組員をやっちまった。
「テメエッ!! わてらがどこの組のもんか、分かってヤリやがってんやろうなぁッ!?」
キッカケは、本当に些細なことだ。
たまたま肩がぶつかった。
ただそれだけの事で因縁をつけられた俺は、その荒んだ心境のまま因縁をつけて来たヤツを殴り返してしまった。
後から知ればそいつらは、六郎会に所属していた末端の組員。
岩下組の構成員達だった。
「東京神奈川大租界ッ!!
天下の六郎会傘下の岩下組に喧嘩を売るたぁ良い度胸だなぁッ!!」
数人がかりでボコボコに殴られまくった俺は、最後には胸ぐらを掴まれ、近くにあった組の事務所へと連行されてしまった。
仮にもヤクザを殴り飛ばしたのだから、当然と言えば当然の結末だった。
「テメエどこの組の回しもんやッ!! わてら租界のモンに喧嘩を売ったからには、キッチリとケジメ付けて詫び入れてさせて貰うやでえッ!!」
手にした包丁をバンとまな板に突き刺した組員は、今すぐ俺に指を詰めるようにと迫って来た。
逃げられない恐怖心に駆られた俺は、その男の目の前で咄嗟に嘘をついていた。
仕方がなかった。
「
「今……なんて言ったコイツ……?
山城組やと……?」
「親父……山城組と言やぁ……確か……」
その名前を告げられた岩下組の連中は、動揺して顔を突き合わせていた。
勿論、山城組なんて真っ当な組織に。
見ず知らずのゴロツキであった俺が……関係を持っている訳もない……。
万が一にも助けに来る訳も無かった……。
ただ……その頃の山城組と言えば、この横須賀では少し名の知れた組織の一つだった。
東京神奈川の一帯を締めている大租界。
東京神奈川大租界・六郎会。
そこへ喧嘩を売ったと言われる小さな組織の一つである。
この横須賀に住んでいた者なら、当時その名前だけなら誰でも聞いたことがある筈だ。
「あぁッ……影の山城組のことやッ!!
片っ端から六郎会傘下の組員を弾いて回っとるっちゅう、とびきりの暗殺者組織やッ!!
小僧ッ!! ホンマにおどれ山城組の者なんかァッ!? 事と次第によっちゃぁッ!!」
組員にグッと胸ぐらを掴まれた俺は、言葉を失って身体から力が抜けかけていた。
実際の所そんな組の実態は、この神奈川には存在しないも同然だった……。
山城組なんて言う組織は、あくまでも匿名の組に過ぎなかった。
それでも……この東京神奈川大租界の連中なら、その名前を聞けば戦慄する筈。
そう思って俺は、組の名前を口にした。
だからーー、
「はよう答えんかいッ!!」
知る訳も無かった……。
小さな事務所の中だ。
六郎会傘下ーー岩下組の構成員達に詰め寄られる。
だが、俺にはその尋問に答えようが無かった。
当然だ。
山城組に所属しているだなんて真っ赤な大嘘。
命からがら口をついたハッタリでしかない。
「小僧……ッ!! もしその話が本当なら、今すぐ山城の組と連絡を取れるなッ!?」
そう言われてスマホを投げ渡されるも、俺には連絡先なんて知る訳も無い……。
もうダメか……そう思ったーーその時だった。
「邪魔するぜッ? 東京神奈川大租界。
天下の六郎会傘下の組員、岩下組の者達だな?
山城組……若頭をしている山城
奇跡がーー突然と降って湧いて出た瞬間だ。
事務所の扉が蹴破られ、そこからスーツ姿の男が一人で入って来た。
部屋の中に男を迎え入れた岩下組の組員達は、額に汗をダラダラと流しながら息を呑んだ。
「マッ、マジでこの小僧が言っとったことは……ホンマもんやったんか……ッ!!」
親父と呼ばれていた岩下組の組長は、小太りの腹を揺らすと両手を突き出す。
「ま、待ていッ!! まだ待って来れッ!!
そんなせっかちなもんはーー無しやッ!!
お前ん所の若いもんにーーまだケジメは付けとらへんッ!!
この通りやッ!! 堪忍してくれッ!!」
今日の所は、黙って帰れ。
そう言わんばかりに岩下組の組長が俺のことを指差す。
「へぇ……? うちの若いもんが……?」
山城 龍城はそう言うと、ふいに視線を向けて俺を見た。
足がすくんで近くに座り込んでいた俺を見下ろし、
「そいつァ……うちの組員じゃありませんが?」
「はぁ……ッ!? いやッ!!
だってこいつッ!? えッ……!?」
ハハハと言う渇いた笑いが、俺の口元からは零れ出ていた。
「ほッ……ほんならッ!!
なッーー何でアンタらがこの事務所にまで乗り込んで来たんやッ!!」
「うちは……ヤクザ狩りを専門にしているヤクザ組織でしてね。
正式名称は、山城の組じゃなくて……反社スレイヤーって言うんですよ……」
「反社スレイヤー? 何やそれは……ふざけてんのかいなッ!?
お前らヤクザもんとちゃうんかッ!?」
山城 龍城は何が面白いのか、フフッと含みのある笑みを零して組員達を眺めていた。
「それにしても坊主。うちの組の名前を名乗るたぁ、一体どういう了見なんだ?
まっ……後でその話はしっかりと聞かせて貰うか。
こいつらの片付けが終わってからーーだがな?」
「チッ!! 何やそれ言わせておけばッ!!
うちらも舐められたもんやでッ!!」
「親父ッ!!」
「あぁッ!! 反社スレイヤーか何や知らんが、極道舐めとったら後悔させたるがなッ!!」
おい!! やってまえ!!
岩下組の組長が顎ですかさず指示を飛ばす。
すると周囲に立っていた組員達が、続々とその懐からハジキを取り出し片手に収めた。
スーツ裏の内ポケットから取り出されたそれらのハジキがーーバンバンッ!!
と言う発砲音をたちまち幾度も響かせる。
撃ち出された鉛の弾丸は真っ直ぐに進み、山城 龍城の身体へと向けて当たる。
だが、
「バカなッ!? 何で生身の人間が、ハジキの弾を止めてるんやッ!? どういう理屈やねんッ!?」
岩下組の組長が驚くのも無理はない。
俺もその光景には、同じく目を剥いて驚いていた。
山城 龍城に向けて放たれた弾丸は、確かに山城の身体へと真っ直ぐに進んだ。
そして、
「弾が空中で止まって……」
クルクルと回転している弾丸が見える。
弾は、すべて山城に向かって進んだ。
だがーーすべての弾丸がそこから微動だにしない。
その様子は明らかに異常。
普通の人間の仕業ではないと一目で分かる。
「一体……何が……ッ」
「小僧ーーよく見とけよ?
これがお前の騙ったホンマもんの山城。
その組員となったもんの真の姿や」
宙に浮きながらクルクルと回転していた弾丸は、次第に推進力を無くしてコンクリートの床へと落下する。
「スレイヤーズ法、第一条、第一訓。
自らの能力を明かしたからには、必ずやその敵を殲滅せよ。
よってお前らには悪いがーーここで全員死んで貰うとする」
後のことなんて言うまでも無い。
たった一人で乗り込んで来た山城 龍城を前に、ハジキを手にしたヤクザなんて通じる訳もなかった。
何故ならこの国で最も強いのは、拳銃を持ったヤクザじゃない。
そのことをハッキリと理解した上で、俺は山城 龍城に連れられて外へと出た。
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