第3話 眠気、〈庭場〉の応用で
「フライパンでハエを叩きます。フライ、パン!」
蕾花が、眠気の限界を迎えておかしくなったと、居間にいた神使は察した。
「にてん」
菘が、二点、という凄まじく厳しい判決を下す。
「だめだ、完全に俺は深夜テンションだ。何言ってもウケるみたいなテンションだ。……でもなあ、こんな時間に仮眠なんてしたらぜってえ日付かわるまでに寝付けねえからな……」
「俺の言霊で強引に起こしてやれるが?」
「最後の手段としての三十分うたた寝まで封じられたら流石に俺は泣くと思う」
「にいちゃん、うたたねとかいって、がっつりいちじかんはねるじゃん」
「椅子でもたれかかってりゃガチ寝入りはしない。実証済みだ」
なんでそんな体に悪いことを実証しているんだ、と、十分前に帰宅した燈真は呆れていた。
ちなみに現在、庭ではシートを敷いて鬼猪という、ほぼ巨獣、といえる猪を柊と真鶴、万里恵が捌いている。ちなみに頸部の分厚すぎる毛皮と皮膚、金剛石並の骨は粉砕されており、それは蓮ではなく真鶴がやったらしい。普段はたおやかで子供好きな優しいお姉さんの真鶴も、やはり狼である。その獰猛さは、ある意味蓮以上だ。
「久々に姉貴に狩りを任せたが、凄まじいな。俺はまだ学ぶことが多い」
「真鶴さん、五尾なんだろ? 妖力的には蓮が大きく有利だろ」
「経験値が違うんだよ。というより、俺より妖力が限られてるから燃費良く高出力な運用をしてるって印象だ。尾の数が少ない妖怪でも、低燃費でハイパワーを出せれば、俺だってヤバい。実際椿姫が五尾だった頃や、今の秋唯にも油断すれば、結構危険なんだ」
弱い方が、時に強い。一見矛盾しているようにも思えるが、絶対量が少ない妖力を賢くやりくりする知恵、技量——それがあれば、確かに格上にも充分以上に太刀打ちできる。
竜胆はいいことを聞いた、と思った。
「確かに俺は燃費悪いもんなあ。下手に無限に妖力があると、慢心しそうになる」
「でも兄さんの妖力操作の精度は高いんだろ?」
「術が厄介だからな。下手に出すと、無関係なものまで分解し始める。俺の術は世界の壁にすら穴開けるんだぜ。無制限にぶっ放したら、異世界への穴があちこちに開くんだよ」
「なにそれ、やば」
蕾花の術は神代術式、〈
現実改変系の術ではないが、分解対象は概念にまで及び、獣神カイの〈
もちろん、嶺慈の言霊も打ち消せるし、竜胆の空間分断結界を力技で突破できる。
だが、竜胆も負けていない。彼の結界術は、蕾花の術をある程度は相殺できるのである。神代術式を防げる結界など、あるとすればその術師を空間外に弾き出してしまう〈庭場〉くらいなものだ。
「僕の活殺結界は現状完成してないと思ってるんだ。善三爺様は皆伝してくださったけど、僕はまだ上があると思う」
「たとえば?」
「〈庭場〉を応用した活殺結界だよ。僕も〈庭場〉の修行をしてるんだ」
「マージで? あれ妖力馬鹿みたいに食うだろ。四尾クラスで最低ラインだぜ。渾式神と契約してそいつに〈庭場〉使わせた方が効率よくねえか?」
「僕の結界術と組み合わせた〈庭場〉だよ。式神とじゃ呼吸に齟齬が生じてうまくいかない」
現在蕾花と竜胆がしているのは、結構に高度な術の応用談義だ。
〈庭場〉は結界術の究極系。己の思い描く心象世界を異界として投影し、外界と完全に分断して敵対者と己を閉じ込め、確実に倒すものである。
有利なフィールド、気温、気圧を完全再現し、身体的・精神的プレッシャーを加え、叩き潰す。
四尾なら、恐らくは可能だ。再現度に粗は出るだろうが、相手を閉じ込める異界は形成できる。
しかし三尾で〈庭場〉の運用は、無理とまでは言わないが現実的ではないし、まして別の術と併用するのはほとんど至難である。
「でもなあ。竜胆ならやりそうなんだよなあ……俺が弟に甘いだけかもだけどさ」
蕾花がそういうと、燈真も同調した。
「俺もできると思う。実際、三尾には不可能な活殺結界を完成させてんだぞ。それこそ俺らの術すら完全相殺する結界術を完成させるんじゃねーか?」
「マジ? 俺竜胆八部衆にスカウトしようかな」
「あ? ゆるさねーわよ」
決して、おだてているわけではない。
竜胆は、やる男だ。そう思わせる、奇妙な胆力が彼にはある。
「にいさん、わっちをおまもりする、しゅごしん?」
「もちろん。菘だけじゃないよ。子供達は僕が守る。常闇様が守護神の二つ名を下さったんだ。そこに恥じない男になる。もうじき子供も生まれるしね」
「思いの外真面目な話してるとこ悪いんだけど、俺もう頭悪い単語しか浮かばねえんだよな」
「ほんとこいつ揺るがねえな」
燈真が呆れる。
「頭悪い単語って? どうせ下ネタだろうけど」
「ここで一発。電車でカップルがいちゃついている。やっトレイン」
「くっそつまんね。タライ落としたいんだけど」
椿姫の強烈なツッコミがブッ刺さる。
「間のフリが長えんだよな。電車とトレインまでが空いてるからラグで笑えねえんだ」
嶺慈が真面目なダメ出しをした。意外とこういう理詰めのダメ出しの方が、ダメージがデカい。
「僕さあ、ボクサー」
「そういうことじゃない。それだと突拍子がない上に脈絡にかけてるんだ。高校生の文化祭じゃねえんだぞ」
「嶺慈てめーマジなダメ出しオウ喧嘩売ってんのか」
「俺の手下にそういうのがいたから耳年増になってんだ、許せ」
「いつからここは養成所になったのよ。そろそろ桜花帰ってくるんじゃない? あの子、確か子供道場よね?」
「ああ。師範代だとよ。まああいつの腕力は大人妖怪並だし、下手に同世代と組み手させたら怪我させるからな」
「桜花やば。さすが鬼嫁と鬼神の子だ」
「誰が鬼嫁よ。貞淑な良妻賢母でしょうが」
「燈真、どう思う?」
「ノーコメント」
もう認めてんじゃん、と竜胆は思ったが、命が惜しいので黙っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます