第5話「村が飲み込む真実」

目を開けると、俺の周囲は静寂に包まれていた。白い光の余韻がまだ視界にちらついている中、教会の冷たい空気が肌に染み込む。ポケットウォッチは沈黙し、魔法陣は消え失せていた。


俺が立っている場所は、教会の中心――だが、それは「教会」ではなかった。いつの間にか景色が変わり、見渡す限り真っ白な空間が広がっている。


「リクさん……」


エリス、フィオナ、セリアの三人が俺を見つめていた。彼女たちの表情には、いつもの明るさも不気味さもなく、ただ悲しげな静けさだけが漂っていた。


「これは……どこなんだ?」


俺の問いに答えたのはセリアだった。


「ここは村の時間が止まった場所。この空間にあるのは、過去と未来、そして私たちの存在の『真実』。」


彼女の言葉とともに、空間に映像が浮かび上がった。そこにはエルフローズ村の過去が映し出されていた。


「100年前、村で行われた儀式」


村人たちが広場に集まり、一人の若い男を囲んでいる。その男は恐怖に満ちた顔で地面に縛り付けられていた。周囲の村人たちは異様なほど静かで、男を見下ろしているだけだ。


「この村では、生贄によって豊穣を祈る風習があったの。」


エリスの声が響く。


「でも、その儀式は失敗したわ。生贄として捧げられた男が、村全体を呪ったの。『この村の時間を止めて、全てを繰り返させる』って。」


映像の中で、男が叫び声を上げながら消えていく。そして、村全体が白い霧に包まれ、そこから先の時間が進まなくなる様子が映し出されていた。


「それが、この村の『終わり』と『始まり』。」


フィオナが静かに続ける。


「私たちは、その時間に閉じ込められた村人。何度も同じ日を繰り返している存在。」


「じゃあ、俺は?」


「あなたは異世界から来た『新しい選択』。」


セリアが俺に目を向けた。


「呪いを解くために必要な『外の存在』。」

俺はポケットウォッチを見下ろした。それが全ての鍵だと言われてきたが、結局は俺の命が儀式を完成させるために必要だということか。


「……これが真実なのか?」


「そうよ。」


エリスが一歩前に出てきた。


「でも、私たちは本当は……あなたにこんなことをお願いしたくないの。」


「エリス……?」


「私たちも、この時間から解放されたい。けれど、それ以上に……あなたに生きていてほしい。」


彼女の目に涙が浮かぶ。フィオナとセリアもまた、言葉を失いながら俺を見つめていた。


「でも、それならどうすれば……」


その時、ポケットウォッチが再び音を立てた。


――カチ、カチ、カチ。


時計の針が勢いよく回り始め、村の景色が映像の中で崩れていく。


「時間が戻る……」


フィオナがそう呟いた。

空間全体が揺れ、俺の足元が崩れそうになる。ポケットウォッチの音は次第に大きくなり、俺の手の中で熱を帯びていた。


「リクさん!」


エリスが叫ぶ。


「選んで……この時計を使うのか、それとも壊すのか。」


「使うとどうなる?」


「私たちの時間は進む。でも、あなたはここに取り込まれてしまう。」


「壊すと?」


「私たちはこのまま時間の中に留まり続ける。だけど、あなたはここから出られるわ。」


選択肢は二つ。彼女たちを救う代わりに、自分の命を捧げるか。自分だけが生き延びるか。


「……そんなの、どっちも選べない。」


「でも、決めるのはあなたよ。」


セリアが静かに言う。


俺は目を閉じ、深く息を吸った。


彼女たちの笑顔、時折見せる悲しみ、その裏にある真実。全てを思い返す中で、俺が出した答えは――


「……ありがとう。」


ポケットウォッチを高く掲げると、俺の手の中で音が止まった。


「これで終わるんだな。」


白い光が俺を包み込み、全てが静寂に消えていった――。


目を覚ますと、そこは元の世界だった。村の記憶は薄れていくようで、ポケットウォッチも手の中から消えていた。


けれど、俺の胸の中には不思議な感覚が残っていた。


「あの村は……?」


ポケットから一枚の紙飛行機が落ちた。それには細い文字でこう書かれていた。


「ありがとう。私たちは自由になった。」


俺は空に向かって紙飛行機を放った。それは風に乗り、どこか遠くへ消えていった。

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