第4話「時間の止まった村」

教会で見た魔法陣、セリアの壊れた鏡、フィオナの記憶に関する断片的な話――全てが繋がっているようで、どれも核心にはたどり着けない。それでも、俺はこの村の真実を知るために進むしかないと思っていた。


翌朝、村はいつも通り穏やかだった。鳥のさえずり、川のせせらぎ、村人たちの笑顔。だが、それが全て「作られたもの」に思える。紙飛行機に書かれた「次に動くのはお前だ」という言葉が、頭から離れなかった。


俺が教会に戻る決意を固めたのは、エリスが再び俺の部屋に現れたときだった。


「リクさん、これを見て。」


エリスが差し出したのは、古びた日記帳だった。それは明らかにフィオナが隠していたものと同じものだ。


「どこでそれを?」


「フィオナの部屋にあったの。あなたに見せるべきだと思って。」


俺は日記帳をめくった。ページには奇妙な文字やシンボルが並び、所々に絵のようなものが描かれていた。その中で目を引いたのは、村人たちが一人の男を取り囲む場面だ。その男は――俺によく似ていた。


「これは……?」


「この村で、ずっと昔に起きた出来事よ。」


エリスの声はどこか震えていた。


「リクさん、この村は『特別な時間』に囚われているの。だから……」


「だから?」


「あなたが来てしまったの。」


エリスの言葉の意味が飲み込めないまま、俺は立ち上がった。


「俺が来たから、何がどうなるんだ?」


「……あなたが、この村を解放する『鍵』になるかもしれない。」


エリスの言葉を背に、俺は再び教会へ向かった。村娘たちは止めようとしなかった。それどころか、フィオナとセリアもいつの間にか後ろをついてきていた。


教会に入ると、空気が重く冷たく感じた。昨日見た魔法陣が、床の中央に浮かび上がっている。


「この魔法陣は何のためにあるんだ?」


俺の問いに答えたのは、セリアだった。


「これは村の時間を止めるためのものよ。」


「時間を止める?」


「この村は100年前に滅びたの。でも、ある儀式で時間が『固定』された。だから、私たちはこうして存在しているの。」


「お前たちは……死んでいるのか?」


俺の言葉に、セリアはただ静かに頷いた。


「私たちはもう人間じゃない。でも、この村を呪いから解放するためには、あなたが必要なの。」


「なぜ俺なんだ?俺が何をしたって言うんだ?」


エリスが一歩前に出てきた。


「リクさん……この村を救うには、あなたが『選ばれる』必要があるの。」


「選ばれる?」


「……『生贄』として。」


彼女たちの言葉に、俺の中の全てが凍りついた。


「生贄……だと?」


フィオナが怯えたように口を開いた。


「でも、リクさんが望まないなら……私たちは……」


彼女の声は震えていた。その時、ポケットウォッチが不気味な音を立てた。


――カチ、カチ、カチ。


魔法陣が淡く光り始め、教会の空間が歪む。周囲に黒い影が渦巻き、俺の目の前に立ちはだかった。


「リク、逃げないで。」


セリアの声が届く。黒い影は人の形をとり、まるで俺の動きを試すかのように迫ってきた。


「リクさん……お願い……」


エリスとフィオナが泣きそうな顔をしている。だが、俺は立ち止まることができなかった。


「俺が生贄だって?そんなの認められるか!」


黒い影をかわしながら、俺は魔法陣の中心に足を踏み入れた。そこで初めて気づいた。ポケットウォッチが手の中で輝き始めている。


「リクさん、その時計が……」


「これが、鍵なのか?」


エリスが頷いた。


「時計を使って、この村の時間を『進める』ことができる。でも、それには代償が必要なの。」


「代償?」


「……あなたの命。」


その言葉に、俺は息を飲んだ。


黒い影は魔法陣を包み込むように渦を巻き、教会全体が揺れる。ポケットウォッチが鳴り響く音は、ますます激しくなっていく。


「リクさん……どうするの?」


エリスが涙を浮かべて問いかける。


俺は時計を見つめた。このまま逃げ出すこともできる。だが、彼女たちをこの呪いから解放するには……。


「俺に選択肢なんてないだろう?」


俺はポケットウォッチを高く掲げた。時計が眩い光を放ち、魔法陣全体を包み込んだ。


「これで終わらせる!」


俺の声とともに、全てが白い光に包まれた――。

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