第3話「壊れた鏡に映るもの」

翌朝、俺は不穏な気配を抱えながら目を覚ました。昨日の紙飛行機の警告――「教会には近づくな」という言葉が頭から離れない。


昨夜、教会で見た魔法陣。そして、あの場所でエリスが見せた異常なほどの怯え。何もかもが、この村の平穏な表面に隠された「異常」の存在を確信させる。


それでも、俺は村娘たちの笑顔に救われていた。今朝も、エリスが軽やかに挨拶し、フィオナが静かに紅茶を用意してくれる。そしてセリアは、いつもの挑発的な笑みを浮かべて近づいてきた。


「リク、少し付き合ってくれる?」


セリアの手には、壊れた鏡が握られていた。


セリアに連れられて向かったのは、村の裏手にある森だった。細い獣道を抜けると、ぽつんと佇む木製の小屋が見えてくる。


「ここで何をするんだ?」


「ちょっとした秘密の場所よ。リクには特別に教えてあげる。」


セリアの声にはいつものような軽快さがあったが、その奥に何か含みがあるように感じた。


小屋の中は埃っぽく、床には何枚もの古びた鏡が散乱している。そのどれもがヒビ割れており、まともに自分の姿を映せる鏡は一つもなかった。


「どう?綺麗でしょう?」


セリアが壊れた鏡を大切そうに撫でる。


「……綺麗、とは思えないけど。」


「いいのよ。あなたにはまだ、この美しさが分からないだけ。」


セリアは手に持っていた鏡を俺に差し出した。


「見てみて。私の『秘密』を。」


俺は言われるがまま鏡を覗き込んだ。すると――そこには俺自身の姿ではなく、村の広場が映し出されていた。


広場には、村人たちが集まり何かを囲んでいる。そして、その中心にいるのは……俺だった。


「な……んだ、これ……?」


「これが私の見ている世界よ。」


セリアの言葉は冷たく、感情がこもっていないように感じられた。


「これは……いつの映像なんだ?」


「分からない。ただ、この鏡は未来も過去も映す。私たちにとって必要なものだけをね。」


俺は目を逸らそうとしたが、鏡の映像が俺を捉えて離さない。広場の光景は徐々に変化し、次第に暗闇に飲まれていった。最後に残ったのは、俺をじっと見つめる黒い影だった。


「セリア、これは……何なんだ?」


「答えが欲しいなら、自分で見つけなさい。私はただ……リクに、この村にいてほしいだけ。」


セリアが静かに微笑む。その目にはどこか悲しみが宿っていた。


村に戻った俺は、鏡に映った光景のことが頭から離れなかった。

広場の中心に立つ俺。それを囲む村人たち。そして、黒い影――。


夕方、フィオナが俺を訪ねてきた。彼女はいつも通り大人しい態度で紅茶を差し出しながらも、どこか気を使うように話しかけてきた。


「リクさん、最近疲れているみたいですね……」


「そんなことないさ。ただ、ちょっと気になることがあってな。」


フィオナはしばらく黙った後、小さな声で呟いた。


「教会に行ったんですね。」


その言葉に、俺の胸が高鳴る。


「どうしてそれを?」


「……あそこは、村の『時間』を止めた場所です。」


「時間を止めた……?」


フィオナは視線を落とし、言葉を選びながら続けた。


「この村は、ある日を境に時間が止まりました。村人たちは……みんな……」


彼女の声は震えている。俺は思わず肩に手を置き、続きを促した。


「どういうことなんだ?教えてくれ。」


フィオナは苦しげに顔を上げた。


「私は……覚えていないんです。けれど、時々浮かぶ断片的な記憶が、私たちが『ここにいてはいけない』と教えてくれる。」


その瞬間、俺のポケットウォッチが再び音を立てた。


――カチ、カチ、カチ。


「……これ以上、知ろうとしないでください。リクさんが巻き込まれる必要はない。」


フィオナの言葉には、本当の優しさが込められていた。だが、俺はもう止まれない。村の異常に触れた今、真実を知るまで進むしかない。


「フィオナ……俺は知りたいんだ。この村で何が起きているのかを。」


彼女は困ったような表情を浮かべ、静かに頷いた。


「なら、覚悟してください。」


その夜、俺の枕元にはまた紙飛行機が置かれていた。

今回はそこに、短いメッセージが記されていた。


「次に動くのは、お前だ。」


紙飛行機は夜風に乗り、再び俺の目の前に戻ってきた。

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