第2話「紙飛行機が戻ってくる理由」

翌朝、俺は陽の光に目を覚ました。エルフローズ村の朝は相変わらず穏やかで、昨夜の出来事がまるで幻だったかのようだ。窓の外では村人たちが畑を耕し、子どもたちが遊ぶ声が聞こえる。


けれど、どうしても頭から離れない。あの夜のポケットウォッチの音、そしてエリスの微笑み。何かが、この村には隠されている。


「おはよう、リクさん!」


エリスが笑顔でやってきた。彼女の手には紙飛行機が握られている。


「これ、作ってみたの。どうかな?」


エリスは俺の前で紙飛行機を放った。それは風に乗って美しい弧を描き、俺の目の前に戻ってきた。


「へえ、戻ってくるんだな。なんでだろう?」


「ふふ、きっとリクさんが私を引き寄せてるんだよ。」


冗談めかして笑う彼女に、俺も思わず笑みを浮かべた。だが、紙飛行機を拾い上げたとき、背筋に冷たいものが走った。


その飛行機の裏には、細い文字で何かが書かれていた。


「戻ってくる理由を知りたい?」


「エリス、これ……」


「うん?どうかした?」


俺が紙飛行機を見せようとしたその瞬間、エリスが手を伸ばして奪い取った。


「ごめんね!ちょっと失敗しちゃったの。次はもっと綺麗なの作るから!」


彼女はそう言うと、紙飛行機を握り潰すようにしてポケットに押し込んだ。その仕草は普段の彼女らしくなく、どこか焦りを感じさせた。


「まあ、いいけど……」


エリスは何事もなかったかのように微笑むと、今度はフィオナとセリアを連れて散歩に行こうと誘ってきた。


昼下がり、三人の村娘たちと一緒に村の外れにある小川に向かうことになった。小川の近くには、古びた教会がぽつんと佇んでいた。


「リクさん、あの教会には近づかないほうがいいよ。」


セリアが軽い口調でそう言った。


「どうしてだ?」


「だって、幽霊が出るって噂だから。」


彼女は冗談っぽく笑ったが、その目はどこか本気だった。


「幽霊、ねえ……」


俺は教会をじっと見つめた。崩れた外壁、割れた窓ガラス。そこには明らかに「時間の止まった」気配が漂っている。


「リクさん、興味あるの?」


今度はフィオナが静かに尋ねてきた。


「ちょっとな。なんだか放っておけない気がして。」


「……やめておいたほうがいいわ。」


フィオナの声には珍しく緊張が滲んでいた。それが逆に俺の好奇心を煽る。


「そう言われると、余計に入りたくなるんだよな。」


「リクさん、お願いだから――」


フィオナが強い口調で制止しようとした瞬間、俺は教会の方へ足を踏み出した。


中に入ると、外の光景が一変した。朽ち果てた教会内部には、埃にまみれたベンチと、今にも崩れそうな祭壇があるだけだった。しかし、床の中央には奇妙な模様が刻まれていた。それは円を基調とした何らかの魔法陣のようだった。


「……これは、なんだ?」


俺が模様を調べようと屈み込んだとき、不意に背後で誰かの声がした。


「触らないで。」


振り返ると、そこにはエリスが立っていた。


「エリス……どうしてここに?」


「リクさんを探してたの。お願い、ここから出よう。」


彼女は怯えた表情で俺を見つめていた。その目は、本物の恐怖を訴えているようだった。


「でも、この模様……」


「触らないで!」


エリスの声が大きく響き渡り、俺は思わず手を引っ込めた。その瞬間、ポケットウォッチが再び不気味な音を立てた。


――カチ、カチ、カチ。


教会の空気が一変する。寒気が背中を這い上がり、視界の隅に黒い影がちらついた。


「……出ましょう。今すぐに。」


エリスの手に引かれ、俺は教会を後にした。だが、あの模様とポケットウォッチの音、そしてエリスの態度は、どうしても気になって仕方がない。


その夜。俺の枕元に、あの紙飛行機が再び置かれていた。


俺が捨てたはずのそれには、再び細い文字が書かれている。


「教会には近づくな」


――いったい、この村には何が隠されているんだ?


俺の心に、静かな恐怖が忍び寄る。

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