第15話 王女からの手紙

 孤児院に戻ったルナリーナに届いていた手紙。

「え、漁火?まさか」

 前世のような紙は普及していないため、羊皮紙を折りたたんで作ったと思われる封筒である。溶かした蝋で閉じられているが、前世の創作物イメージで良くある紋章による封蝋などではない。

 宛名には確かにワイヤックの孤児院のルナリーナと書かれているが、差出人は“漁火”だけである。


 思い付くのは、海賊の奴隷時代に知り合ったこのナンティア王国の第3王女イグナシアナしかいない。王都に帰り数年経った今になって、“月光”と“漁火”と呼び合った単語を使って手紙を送ってくる必要があるのだろうか。


 恐る恐るだが丁寧にナイフで開封する。中に入っていた羊皮紙に書かれていたことはシンプルであった。

「急ぎ王都に来て欲しい ジョフレッド」

 もうイグナシア王女で間違い無いであろう。あのときのお付きの人物の片方、優男だった方がジョフレッドと名乗っていた。


 そして封筒にもう一つ入っていたものが、前世の1円玉、つまりこの国の貨幣と同じサイズのメダルである。

 商家の娘として育ったルナリーナには、これがこの世界での名刺のようなものであるとの知識がある。いや、前世での名刺より意味があり、信頼している相手にしか配らない物であるため、貴族や豪商から貰ったメダルは非常に価値があるため、容易に譲渡はできない。


 そのメダルに刻まれた紋様は貴族の紋章のようである。

『これって、ジョフレッド様の紋章かな』

 流石にルナリーナでもナンティア王国の王家の紋章でないことは分かる。そうなると、お付きだった男性2人のジョフレッドかカジミアンの紋章と推測されるが、手紙に名前があったジョフレッドの紋章の可能性が高い。

『困ったわね……』


 孤児になったルナリーナにすると、王家や貴族との縁は面倒なことになるとしか思えない。しかし、無視するわけにもいかない。

「シスターフローラ、どうすれば良いでしょうか?」

 困ったルナリーナは身近で頼りになる大人であるフローラに相談する。

「そうですか、あなたがここに来たときの経緯はそういうことだったのですね」

「え?ここに連れて来てくださった職員の方からは?」

「孤児院には色々と事情がある子供も来ますから、深くは聞かないのです」

「この紋章のことをご存じで、確認しても問題なさそうなのはあの職員の方でしょうか」

「あの方のお名前はヨームさんです。そうですね、事情もご存じですし」


 ルナリーナも数年で成長したので、あのときの少女であることの証明にもなると、フローラは預かっていた服と貨幣の布袋を出してくる。

「これほど上等な衣服はなかなか無いので思い出して貰えるでしょうし、貨幣は今更ですがお返ししておきますね」

「ありがとうございます」

「事情が事情ですので、私も一緒に参りましょう」

「心強いです」

 冒険から帰って来た後であり、既に遅い時間であるためフローラとルナリーナは翌朝に役所に向かうことになる。



 灯りの費用がもったいないため孤児院の就寝は早い。そのためルナリーナは夕食になる前に“希望の灯火”の仲間と話し合うために、アルフォンスを連れて、ボリス、ミミの家に急いで向かう。孤児院を卒業した者達が共同で暮らす家である。

「一体どうしたの、ルナ?」

「明日まで待てないことなのか?」

「みんな、ごめんね。明日の結果次第なんだけど、たぶん王都に行かなくちゃいけなくなったの」

「どういうこと?」


 孤児院の子供達は個々の事情があったり記憶に残っていなかったりするので、互いの過去のことはあまり話し合わない。ルナリーナも王家等の問題になり得るため、仲間達にも伝えていなかった。

「実は、孤児院に来る前に海賊に捕まっていたの。そのときに他に捕まっていた人から、王都に来るように手紙が来たの」

「それって無視……できないんだな」

 言いかけた途中でルナリーナの顔を見て理解したアルフォンス。


「分かったわ。一緒に行っても良いんでしょう?」

「え?」

「何を心配しているの?どうせ王都か田舎かに向けて、私たち“希望の灯火”は出発する予定だったでしょう?少し早まるだけじゃない」

 残念だけど冒険者パーティーから脱退して1人で向かう、ということを覚悟していたルナリーナは仲間達の顔を順に確認する。

「前にも言ったでしょう?魔法使いを簡単に手放しはしないわよ」

 ミミがおどけて言ってくれるのがありがたく、涙が溢れそうになる。


「そうか、明日に役所に行って確定なんだろうけれど、旅立ちの準備をするということね」

「整理する時間はもう少しあると思っていたけれど。まぁ持っていけないものは後輩達に分けてあげるだけだから、明日にでも出発は出来るよな」

「馬車の客として乗り継いで行くとお金もかかって仕方ないし、護衛依頼を探さないとね」

「食料の準備も」

 仲間達が前向きに準備のことを考えだす。

「ま、今日はここまでね。しっかり寝ましょう」

 ミミが解散を宣言する。



 翌朝、早々に役所に赴きヨームと面会する。

「シスターフローラ。今日はどういったご用件ですか?」

「こちらの子、わかりますか?」

「うーん。あ、もしかして数年前に私が連れて行った少女でしょうか?妙に礼儀作法を知っていた」

「はい、あのときにはお世話になりました。ルナリーナです」

 ルナリーナはフローラに返して貰っていた、イグナシアナ王女に貰った衣服をテーブルに並べ、貨幣の入った布袋もその上に置く。

「あぁ、あの方々からお預かりした……」

 ヨームも色々と思い出したようだが、王家の言葉を出さないところは流石に役所勤めなのか。


「ヨームさん、このメダルの紋章をご存じでしょうか」

「おそらく。ただ、それだけ深刻な顔ということは訳ありですね。念のために確認しますので、少しお待ちを」

 ヨームはメダルを手に席を外す。しばらく経って戻って来た時には、メダルと同じ紋章の書かれた羊皮紙を手にしていた。

「これはジュヌシー伯爵家の紋章です。あのときにルナリーナさんのことを頼まれたのも、ジュヌシー伯爵家の方だったことを認識しております」

「男性2人のうち……」

「ははは、はい、あの体の大きい方ではなく優しい感じだった方の方ですよ」

「ジョフレッド様……」

「そうですね、そのようなお名前だったかと」

「ありがとうございます」

「伺わない方が良いことだと思いますので、これ以上は。ただ、色々とお気をつけくださいね」

 ヨームにきちんとお礼をしてから役所を後にする。


「ルナリーナさん、これは、いよいよですね」

「はい、シスターフローラ。15歳にはもう少しありましたが、孤児院を出ていきます。アルフォンス達も一緒に行ってくれると言っています」

「それは良かったです。稀に見る優秀な子供だったルナリーナさんなのであまり心配はしませんが、この後に何が待ち構えているか分かりません。どうかお気をつけて」

「はい、今まで本当にお世話になりました」

 帰り道での会話ではあったが、神殿に戻れば司祭クリスタン、シスタービアンにも挨拶をする。


 アルフォンスにも早々に結論を伝え、街に住むボリスとミミのところに行く。

「そうなのね。じゃあ、結局は王都に行くことになるのね」

「アル、ごめんね」

「まぁ迷わなくなって良かったじゃないか」

「それで、王都ナンティーヌに向かうには、ジュリヨン、ラガレゾーという2つの街を経由するのが一番確実みたいよ。海路での船旅より、陸路の方が未経験でも護衛依頼を受けやすいみたいなの」

「流石はミミ。情報収集力があるね」

「それで、ね。実はちょうど良い護衛依頼は明日に出発なの。どうする?」

「え?うん、もう仕方ないわね。それも縁だろうから、その依頼を受けて貰える?」

「任せておいて。護衛の初心者でも大丈夫、とにかく頭数を集めるって意図の募集だったから」

 ミミ達も依頼を受領したり、家を出ていく整理をしたりするはずなので、明朝の待ち合わせを約束して別れる。



「ランセットさん、本当にごめんなさい」

 ルナリーナは見習い修行先の魔道具屋“星屑の道具屋”に来ている。

「ま、覚悟はしていたけれど、急ね、というのが正直なところよ。でも色々と経緯があったのなら仕方ないわね」

「色々と教わってご恩も返せていないのに」

「あら、この店を繁盛させてくれたお礼もあるわよ。大丈夫、旅立つことは分かっていたから。でも、もう少しだけ」

 ランセットがルナリーナを抱き締めてくる。

「ルナちゃん、本当にうちの娘になってくれても良かったのよ」

「ランセットさん……」


「門出にしみっぽくなるのは良くないわね。はい、これは餞別よ」

「え、これって!ダメですよ、こんな高いもの」

「旅にはあって困るものじゃないでしょう?死んだ夫との冒険に使っていたものなの。大事に使ってね」

「なおさらそんな」

「だから、娘みたいなルナちゃんに貰って欲しいのよ。お願い」

 一見は普通の腰袋ではあるが、魔法の収納袋であり手を入れても奥にたどりつかない。

 ランセットから3m×3m×3mの大きさであることを聞き驚くのと合わせて、傷回復、魔力回復、解毒のポーションをそれぞれ複数入れてくれていることにも感謝する。



「みんな、お世話になりました。一足早いですが、孤児院を卒業して旅に出ます。急でごめんなさい」

 皆が集まる夕食の場で、アルフォンスとルナリーナは卒業の挨拶をする。


「クリスタン司祭、シスターフローラ、シスタービアン、本当にお世話になりました」

 改めて神職の3人にお礼を述べる。特にルナリーナは魔法を教えてくれたビアンにその旨を言う。

「大丈夫よ、あなたならもっと色々な魔法を習得できるわ。魔導書には初級≪治≫だけでなく中級≪回復≫も転記したでしょう?習熟すればするだけ効果も上がるから頑張ってね」

「ルナリーナさん、これは王都のデメテル神殿とミネルバ神殿宛の手紙になります。届けて貰えますか?」

「はい、もちろんです。お任せください」


 孤児院での最後の夜である。

 部屋に戻ると同室のマドロラやコレットは泣きながらお別れを告げてくる。思い返せば、ここに来たときには年上のカロルが部屋長であった。今は最年長の自分が部屋長であるが、自分が出ていけば1つ年下のマドロラが部屋長になる。

 最初はこの同室の子達に神殿や孤児院を案内して貰い、体力テストとして走ったり投石をしたりしたことを思い出す。

 年下の前で涙を出さないように頑張っていたが、抑えることができなくなる。


 相変わらず口数の少ないコレットがベッドの中に潜り込んできて抱き締めてくれる。

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