第16話 護衛依頼

 皆との別れを済ませ、早朝にアルフォンスと孤児院を出たルナリーナ。餞別に貰った食料などは、ランセットに貰った魔法の収納袋である腰袋に入れてある。時間停止機能までは無いが、いくら入れても重量を感じないのはありがたい。

「ルナのその袋、本当に良いよな。俺も欲しいよ」

「そうよね、ランセットさんに感謝しかないわ。ほら、アルの荷物も入れてあげるわよ。すぐには要らないものなら」

「助かる!」


 いつもは魔の森に向かう西門に集まるのだが、今日は東門の外が待ち合わせ場所である。

「ミミ、ボリス。おはよう!」

「アル、ルナ。おはよう。まだまだ寒いわね」

 まだ3月の早朝。寒さが残っている。


「護衛の依頼主はあっちよ。挨拶に行くわよ」

「流石はミミ。もう確認済みなのね」

 今回の護衛依頼は、幌付き荷馬車が3台、人が乗る馬車が1台の合計4台の中規模の隊商である。

「アンドルフさん。こちら“希望の灯火”の4人が揃いました。よろしくお願いします」

「ほぉ、魔法使いの方まで。これは思ったより期待できそうですね。よろしくお願いしますね」

「ありがとうございます。モーリュカさんもよろしくお願いします」

「あぁ、まだまだ若そうだな。クシミーユ達の指示にしっかり従うようにな」

「はい」


 隊商の主がアンドルフ、その一員がモーリュカ。そして、いつも雇われているほぼ専属の5人組の冒険者パーティー“疾風の刃”のリーダーがクシミーユらしい。

 冒険者同士で自己紹介をすると、幅広剣(ブロードソード)とバックラーの男がクシミーユ。サブリーダーが細剣(レイピア)とマンゴーシュのリオネスト。マルスタンは小剣(ショートソード)と長弓(ロングボウ)で、ゴーチアスは大斧(グレートアックス)。最後に唯一の女性がイアサントで短剣(ダガー)の双剣。

「なるほど、魔法使いか。期待して良いのかな」

「まだまだ初心者ですので、色々と教えてくださいませ」

「良い心がけだ。ま、しばらくは草原だからのんびりして良いぞ」


 孤児院の仲間達には居なかったグレートアックスを扱える体格のゴーチアスに驚くだけでなく、まるで物語の貴族のようなレイピアとマンゴーシュにも目が惹かれるルナリーナ。

 マンゴーシュは左手に持つ短剣であり、その持ち手をカバーするガードがあり防御にも使われるものである。



「じゃあ、配置はこちらで決めさせて貰うぞ」

 リオネストが割り振りを決める。荷馬車、荷馬車、アンドルフ達が乗る馬車、荷馬車の順番となり、順にマルスタン、ゴーチアス、モーリュカ、イアサントが御者になる。

 クシミーユとリオネストはそれぞれ騎乗でその馬車群の周りを進むという。

「口数の少なそうなボリスがゴーチアス、万が一の後方防衛のためにルナリーナがイアサントと。そして投石などができるミミは先頭でマルスタン、残ったアルフォンスはモーリュカさんと、だ」

「わかりました」


 自分達の馬を持つどころか、馬車の御者もまともにしたことがない“希望の灯火”の4人は指示された通りに馬車の御者台に乗り込む。

「ワイヤックの街を出たことが無いんだって?」

「はい、冒険者になってからもずっとあの港町で、魔の森などで訓練をしていました」

「そうか、ならば御者もやる機会が無かっただろうな」

「はい、街から魔の森へのゆっくりした馬車で少し触らせて貰ったことがある程度です」

「良い機会だ。しばらくは草原をのんびり移動するだけだから、やってみるが良い」


 リオネストの言葉に従い、4人とも御者台で馬を操る手綱を渡されるが、動き出した馬車で道沿いにまっすぐ進むだけでは何も問題が無い。

 右に曲がるには右手に持った右側の手綱を引き、左に曲がるときには左手綱を引く。両方の手綱を軽く引くと減速で、強く引くと停止である。いずれの馬車も1頭の馬に引かれているのでそれほど難しくない。

「ほら、簡単なものだろう?次の小休憩まで頑張ってみろ」



 港町ワイヤックから“魔の森”ツァウバー大森林に向かうときもそうであったが、草原の道に魔物が襲いかかることもない。草原の向こうの方に角兎(ホーンラビット)が見えることがある程度である。

 こちらはゆっくりした馬車であるが、二頭立ての馬車や騎乗した者達が追い抜いたりする際に少し道を避けるくらいで特に問題なく東への旅は進む。



「あそこで休憩を取るぞ」

 小川と交差するところで、街道の横に平らなスペースができている。おそらく他の隊商達も休憩するために使われる場所なのだと思われる。

「まず馬に水をやるんだ。馬車にぶら下げている桶に水を汲んで」

「その後は、ブラッシングをしてやって」

 雑用係としてか、馬の扱いを教えてくれる意図なのか、馬の世話について色々と指示される。


 そして何度目かの休憩はちょうど太陽が真上に来たくらいのときに到着した村になる。

「ここで昼休憩だ。とは言っても井戸を借りるぐらいで、食事はここで取るからな」

 護衛任務中の食事は依頼主が負担という契約であったので、飲食店で食べられる前提では考えていない。

「お、手伝ってくれるのか。ありがたいな」

 “希望の灯火”で主に料理を担当しているボリスが黙々と食材を切るのを手伝う。“疾風の刃”での料理担当はマルスタンとゴーチアスのようであった。

 残りのメンバは井戸から水を汲んで来て、料理に供したりそれぞれの水筒に足したりする。


「ルナ、いつもみたいに魔法で水を出さないのか?」

「アル、人前で何の魔法が使えるかは見せない方が良いのよ」

 井戸の近くに3人が集まったときのアルフォンスの発言をミミが注意する。

「ま、それもあるけれど、通常の冒険者の行動を学ぶ良い機会だからね」

 そのため、火おこしも火打石で行う。商人達が火おこし用の魔道具を出してくる期待もあったのだが、残念である。


 野菜や肉も入ったスープと一緒に黒パンを配られた仲間達は火を囲んで昼食にする。

「お前達、なかなか素直に色々とやってくれるな。成長が楽しみだぞ」

「ありがとうございます」

「しばらくはこんな感じの平和なのが続くが、その後に森に入り山に入ると大変だからな」

「魔物ですか?盗賊ですか?」

「ま、それはお楽しみということで」

 変にニヤつかれたのが疑問だが、それ以上聞いても答えてくれそうに無いので諦める。


 適当なところに村があるのが続けばありがたいが、何も無いところで野営というのは心配である。

 その意味では、江戸時代の東海道53次というのは旅人にはありがたかったのだと思える。約500kmの総距離のところに53もの宿場があったということは平均すると10km毎には存在することになる。徒歩の旅人が多かったとはいえ、安全な休憩場所があったのだと思える。

 この午前の行程でようやく初めての村ということは、とてもそのような安全な場所を期待はできそうにない。



 午後も特に変化もないまま過ぎて行く。太陽が傾きかけたところで、街道横の大きなスペースのところに馬車を停めるよう指示を受ける。

 既に先客がいたようで、先方も馬車4台規模である。

 このようなときには相手を盗賊と疑う気持ちが互いに出るので、軽い挨拶程度で済ますのが良いと先輩冒険者達が言う。


 馬車から馬を外して楽にさせて水を飲ませたり、かまどを作ったり手分けしている“希望の灯火”の仲間達。

 火を囲んで夕食になった際に、一足先に到着してすっかり出来上がっていた様子の別のグループの者が数人こちらにやってくる。

「おや、こちらには別嬪さんが3人もいらっしゃる。俺たちは男ばかりで、な」

「つまり、こっちに来て一緒に飲まないかっと」

 ふらついた1人が、ミミとルナリーナの間に座り込んでくる。

「ごめんなさいね、こちらも護衛依頼中なので」

 ミミがなるべく穏便に返すが、効果はない。

「俺達は銅級冒険者ばかりのパーティー“鉄の心臓”だぞ。言うことを聞けないのか?隊商の主は誰だ?」


 こちらは“希望の灯火”の4人とも鉄級。“疾風の刃”ではリーダーとサブリーダーのみが銅級で残りは鉄級と聞いている。

「私がこの隊商の主です。今は皆で夕食の最中です。護衛メンバを借りたいのであれば、そちらの隊商の主からお話を伺いましょう」

 丁寧な口調なのになぜか凄みを感じたのか、“鉄の心臓”たちは素直に引いて行った。

「ありがとうございました」

「いえいえ、ここで不要な戦いになって欲しくないですし」

 アンドルフの微妙な口振りは気になるが、素直に頭を下げておく。



「で、お姉ちゃん達はそのお兄ちゃん達の恋人なのかい?」

 せっかく別グループの人達が去ったのに、軽くだけのはずの飲酒で絡んで来たのはイアサントであった。

「ごめんな、こいつ、酒には弱いくせに酒好きで。一眠りしたら酔いは覚めるから見張りもちゃんとできるから」

 これがセクハラという奴かと思いながら、まさか同性のイアサントから受けることになるとは、と思ってしまうルナリーナ。


 その見張り当番であるが、野営の慣れが少ない“希望の灯火”の4人を、まだ楽な最初と最後にするとのこと。魔の森で野営をしていたペアであるアルフォンスとルナリーナ、ボリスとミミの組を伝えると配慮してくれるリオネスト。

 結果、アルフォンスとルナリーナ、マルスタンとゴーチアス、リオネストとイアサント、ボリスとミミの4交代で見張りをすることになった。


「なぁこの見張りって、魔物や獣を相手というよりも、あっちのグループが悪さをしてこないかの注意が大事になるよな」

「そうね。そうは言っても、そっちばかりではなくちゃんと周りを見ないとダメよ。火の近くに居たら夜目が効かないから少し離れて」

 アルフォンスとの見張り当番は何事もなく終わったところで、馬車を並べて布を垂らして風除けを作った場所に眠りに行く。

『こんな状態で魔石に魔力の補充をするのは危険よね。もったいないけれど……』

 そんなことを考えながら眠りにつくルナリーナ。


 そしてその懸念は杞憂に終わらなかった。

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