オタク女子の旅立ち
第14話 孤児院の卒業準備
ルナリーナがもうすぐ15歳になる頃。
アルフォンス、ボリス、ミミそしてルナリーナの4人は冒険者パーティー“希望の灯火”の名前で活動を続けている。
赤毛で茶色い眼のアルフォンスは体格も良くなり装備をブロードソードとバックラーに変え、革鎧を全身に装備している。濃い茶髪で茶色い眼のボリスはさらに大柄になり、ロングソードとヒーターシールドのままだが、胸部には金属補強を入れた革鎧を全身に装備している。
体格の良くなった男性陣と同様に、大人になってきたルナリーナとミミ。銀髪碧眼のルナリーナは、整った顔でますます美人に。金髪碧眼のミミは美人というよりはかわいい感じになっている。
ミミはショートソードとダガーを装備して投石も行うが、小柄で素早いままでありそれを活かすために鎧は装備していない。使用後に回収できる前提で、攻撃力を上げる際には、投石ではなく投げナイフを用いている。
ルナリーナは魔法発動体の指輪を右中指にしているのに、身長ほどの長さの木の杖(スタッフ)を装備している。完全にオタク趣味であり、濃い紺色ローブとさらには肩から下げている鞄には羊皮紙を綴じた革表紙の自作の魔導書を持ち歩いている。
魔法の発動の際には、その魔導書を左手で開き、右手で杖を突き出して詠唱しながら魔法陣を浮かべるという、個人的なイメージを大事にしている。
「余裕のあるときはそれでも良いけれど、緊急時にはサッと発動してくれよ」
「もちろん分かっているわよ」
仲間たちにも呆れられているが、詠唱や魔法陣を省略して右手の指輪だけの時より、確かに威力が向上しているので許されている。
その4人は魔の森での魔物退治などの実戦で経験を積み上げていた。その結果、4人とも鉄級冒険者になっている。Cランク魔物を1人で倒せるようにもなったが、それ以外の条件があるようで銅級には昇格できていない。
ボリス、ミミは1つ年上で孤児院は卒業しているのに、冒険者パーティーは続けている。
「魔法使いのルナと離れるなんて勿体ないことは出来ないわ。卒業しても冒険者を続ける気があるならば、付いていくわよ」
ミミが照れ隠しのように言っていた。ただ、ルナリーナが週の半分は魔道具屋で見習いをしているのに、残り3人はずっと冒険者活動を行って腕を磨いていたことを知っている。本当に冒険者1本で生きていく覚悟なのであろう。
『私も冒険者だけで生きていく覚悟はあるのかな。ずっとランセットさんに甘えて魔道具屋でも見習い修行をさせて貰って。冒険者を辞めたときの逃げ道を用意しているみたいで』
「ルナ、何を考えているか分かるわよ。大丈夫よ、ルナなら読み書き計算もできるし、元々どこでも雇ってくれるはずよ。それに看板娘にもなれるから引く手あまたってヤツね」
「ミミ、からかわないでしょ」
「でも、冒険もしたいのでしょう?もっと魔法を学びたいって。じゃあ、私達と一緒に頑張ろうね。だからって、どうしても嫌になったら素直に言うのよ」
1つ年上なだけのミミの言葉が、前世も足したらもっと年上のはずの自分に響く。少し涙ぐんでしまう。
「ルナちゃん、本当に旅立つの?」
「はい、せっかく色々と教えていただいたのにすみません。成人して孤児院も卒業になれば、この港町ワイヤックを出てもっと色々なことを学びたいと」
「って、ルナちゃんは魔法のことを学びたいのよね」
「え、あはは」
「でもこの数年、世の中がきな臭くなって来ているわよね。気をつけないと」
ルナリーナの見習い修行先の魔道具屋“星屑の道具屋”の店主ランセットとも、何度か繰り返された会話をしている。
確かにこのナンティア王国を取り巻く環境はかなり怪しくなっている。
南に海があるこの王国は西にモンブール王国、北にヴィリアン王国、東にノーブリー王国に囲まれている。港町ワイヤックはナンティア王国でも西端にある“魔の森”ツァウバー大森林の近くにあり、物理的にはモンブール王国に近いが、間にある大森林が人の往来を妨げておりその意識はあまりない。
これら4王国はいずれもカルカーン帝国に属している。
モンブール王国のさらに西にはターホーフ帝国があり、モンブール王国とヴィリアン王国の北側にはペリアーノ神聖王国が存在している。
大雑把な位置関係:
| ペリアーノ神聖王国
ターホーフ帝国 |―――――――――――――――――――――――――――
| | ヴィリアン王国
|モンブール王国 |――――――――――――――――
| | ナンティア王国 | ノーブリー王国
海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海
この同じ帝国内であるナンティア王国は東のノーブリー王国とは仲が良く王族同士の血縁もあるらしい。
一方、昔からモンブール王国と仲が良くない。以前の海賊もモンブール王国の方面で、海賊との関係が疑われているほどであり、最近は特に関係が悪化しているとの噂である。
「で、このワイヤックを旅立つとしてどっちの方向に向かうか決めないとね」
「やっぱり冒険なんだからこの魔の森よりも強い魔物が居るところじゃないか?」
「アルはそればっかり。単に強い魔物なら、魔の森でも奥に行けば良いだけじゃない」
「そういうルナは王都に向かいたいまま?確かに魔導書とか探すにはその方が良いと思うけれど稼ぐ当てがないと、そんな高い物は買えないよね」
「そうなのよね。このワイヤックでは需要が少ない魔力回復ポーションを持って行って売る以外に思いつかないのよね」
「それって、既存の商人がやっているだろうから旨みが少ないと思うって言っていたわよね」
「そうなのよ……。ここと違って生活費も高くなるだろうし、魔物が減るだけ競争も激しくなるだろうし」
「ほら、だから都会に向かうんじゃなくて田舎の方に」
「アルは置いておいて、ボリスは?」
「いや、みんなが決めたところに付いて行くよ」
「はぁ……」
休憩時には堂々巡りの話をしながら、魔の森で戦闘を続けているルナリーナ達。
「ほら次に行くわよ」
斥候役も務めるミミが投石で誘き寄せて来たオークファイター3体に対し、アルフォンスとボリスが盾を構える。ミミはその後ろにまわり込んで来る。
ルナリーナが魔導書を開き杖(スタッフ)を突き出して詠唱する。
「dedicare(デディカーレ)-decem(ディチャム)、conversion(コンバールショナ)-attribute(アッテリブート)-ignis(イグニス)、flamma(フラマ)」
詠唱に合わせて杖の先に赤色の魔法陣が浮かび上がり、詠唱の終わりと共に1体のオークファイターを大きな炎が包み込む。
中級火魔術≪火炎≫である。
アルフォンス達の盾に到着する前に、もう1体にも発動することが出来ている。
ここは魔の森にあるオーク系統ばかりが出現するダンジョンである。通路の幅的にオークファイターが横に並べるのは2体までであり、こちらが盾を持って並べるのも2人までである。
もう1体は、≪火炎≫を発動した2体の向こう側に居るので、味方への巻き込みを気にすることなくさらに≪火炎≫を発動できる。
「よし、流石はルナ!」
アルフォンスが軽口を叩きながら、左手に装備したバックラーを前に出して時々右手のブロードソードで突きを入れるか切り付ける。ボリスも黙々と左手のヒーターシールドを構えながら、右手のロングソードでオークファイターに突きを入れる。
豚の顔をした大柄な肉体のオーク種の中でも、オークファイターはロングソードなどの剣と革鎧を装備しており、Dランクの通常オークより脅威度が上がりCランクに位置付けられる。
この数年で自分達の腕が上がったと言っても、油断はできない相手である。
ミミは後方に下がったまま、アルフォンスとボリスの間から石やナイフを投げつけて、手前のオーク2体の注意を逸らさせる。
ルナリーナは遠距離で魔法発動できる利点を活かして引き続き奥のオークに≪火炎≫を発動し続ける。
「よし、何とか倒せたね。今回はこのぐらいで帰ろうか」
自然とリーダーに定まっていたミミが決断する。
オーク種は豚肉のような肉が人気であるのと、彼らが使用していた武器を売り捌けるので割りの良い魔物として、最近はここに通い詰めているのであった。
「やっぱり魔法使いが仲間に居るのはありがたいよな」
「しかも、威力が強いって聞いたよ。赤ではなく黄色っぽいのは不思議だって」
魔法発動はイメージが大事と言われている中、ルナリーナは様々な魔法効果をアニメ等の前世記憶で思い浮かべることができる。また、火が燃える仕組みや火力によって火の色が変わる、例えば蝋燭(ろうそく)では芯の暗い部分より炎の先の方の明るい黄色が高温である等の知識がある。
これらにより、一般的な冒険者パーティーよりも効率的に稼ぐことができている。
それ以外にルナリーナ個人としても、習得した鑑定魔法で、冒険者達が露店販売している雑多な物からめぼしい物を転売することで利益を確保している。
さらに何とか貯めたお金で購入した魔導書も、必要な事項を自作の魔導書に転記して不要になった魔導書を売り払うことで、次の魔導書の購入資金にして来た。
おかげで、いまだにイグナシアナ王女のお付きであったジョフレッドたちに貰った金貨には手をつけずに済んでいる。
「お、今回もたくさんの成果物だな」
「はい、邪魔になってすみません」
「いや、大丈夫だよ。いつものように馬車の外側に吊るしてくれれば」
大量のオーク肉、そしてオークファイターが使用していた武具をアルフォンスとボリスが抱えて馬車に乗り込む。
「魔法の収納袋が早く欲しいわよね」
「それか、自分達の馬かな」
前世記憶の創作物では、アイテムボックスなどと呼ばれる収納能力が良く登場していたが、確かに欲しくなる。それがあるだけでチートになるだろう。しかし、ここでは魔道具としての魔法の収納袋が現実的な解決策であった。
「馬自体も高いし、お世話するのも大変よね。それにダンジョンに潜っているときには入り口に放置することになるし」
「じゃあ、荷運び人、ポーターを雇うか」
「そんな贅沢できるほどは稼げていないし……」
「うーん。でも、旅に出るならば馬は欲しくなるよな」
どこに向かうか旅の目的地も決まっていないままだが、欲しい物が次々と出てくる。
冒険者ギルドで魔石を含めた素材を納品して身軽になって孤児院に向かう4人。孤児院の皆で食べるだけのオーク肉は残したままである。
「あ、ルナ、おかえり。手紙が届いているわよ」
「え?私に?ランセットさんなら言伝だろうし、手紙なんて誰かしら……」
渡された手紙の差出人を見ると“漁火”と書いてある。
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