第10話 薬草の味見
初めての魔の森への冒険の翌日は、孤児院の中で読み書き計算の講師役をこなしているルナリーナ。
それらの仕事が終わった夕方、井戸の近くに行き、自分のために取っていた魔力回復の薬草を取り出す。
『どう見てもワサビよね』
水で綺麗に洗った石に擦り付けて舐めてみると辛い。
「あら、ワサビモドキね。調味料にとって来てくれたの?」
料理当番の先輩孤児がやって来て声をかけてくる。
「ワサビモドキ?」
「あ、正式名称は何かあったみたいだけど、みんなそう呼んでいるわよ」
「もしかして、これとこれは?」
「あら、ヨモギモドキとドクダミモドキね。あ、昨日は薬草採集に行っていたのね」
『絶対、どこかで異世界転生か転移をして来た人が名前を広めたわね』
葉が傷ついていたので冒険者ギルドに納品しなかった何枚かのヨモギモドキを、石と石で挟んですりつぶしたものを舐めてみると苦い。擦り傷などにはこれを塗りつけると治りが早くなるかも、という期待はあるが、直ぐに治るポーションの調合のやり方を知るわけでもないので、残ったものは自室の棚に仕舞い込むことになりそうである。
アルフォンスが無茶して採集したドクダミモドキも、すりつぶして舐めてみると苦い。しかも乾燥させる前だからか臭い。
『これも棚に仕舞い込むしかないわね』
結果的に、ワサビモドキだけは自分の魔力回復に使えないか試行錯誤してみることにする。
お椀を借りて来て井戸の水で薄めてみるが、単に辛い水という感じである。このままでも魔力回復に効果があるのか試すために、夜に魔力を使い切るまで魔石へ補充した後に飲んでみる。
調合方法も知らないポーションになったわけではないはずなので、直ぐに効果が出るとは思えないため、少し経ってから魔石へ補充を再開する。
『うーん、効いたのかわからないわね。自然回復の範疇との差分は気のせいかな。プラシーボ効果の思い込みの可能性も……』
ただ、ワサビモドキだけは苦味より辛味であるので、気付け薬になる可能性もあるし、この辛い水を敵に投げつけるときっと嫌がられるだろう。人間だけでなく獣や人型の魔物に対しても。
『あれ、そういえばカロル姉が投げつけたのは、何なのかな?臭い玉?ドクダミモドキは乾燥したら臭いがなくなるだろうし』
「カロル姉、魔犬に投げつけていたのは何だったの?」
「あぁあれ?今日はもう遅いからまた明日にでも教えてあげるわ」
「えー」
「早く寝たら明日になるわよ」
まるで子供の寝かしつけのような言葉を言われて眠りにつくルナリーナ。
そして、お互いの仕事に区切りがついた夕方にカロルが時間を取る。
「そう、おとといの薬草3つを味見したのね。辛いか苦いか、でしょう?あれ、みんなポーションにするときには味の調整もするらしいって聞くけれど、どうやっているのかな」
「カロル姉、それよりも」
「あぁ、あの魔犬に投げつけたものね。あれは土を練って作った玉の中に、臭い物を適当に詰めたものよ。食材でも食べられない茎などを捨てると腐るでしょう?あんな感じのものよ」
「えー。自分も臭いそう」
「それがね、上手く玉の中に閉じ込めているのよ。でも腰袋の中で割れたら最悪なことになるわね」
「その玉はどうやって作るの?」
「え?粘土で作って焼くだけよ。あ、ルナはまだ一緒に作ったことがなかったっけ?今度一緒にしようね」
そしてある日、カロルからの声掛けで粘土工作をしてみることになる。
“ガチャガチャ”の玉が2つの半球の組み合わせで出来ているように、そのような物を2つ作って、中に何かを入れて足し合わせた繋ぎ目も粘土で塗り込めた物を焼いたら、確かに臭い玉が完成した。焼いた熱でも内包物の臭いは消えないのだろうか。
一緒にいくつかの小瓶も作り、中にワサビモドキを溶かした水を入れて持ち運ぶことにする。
『どちらも割れないように持ち運ぶのは大変だけど、強い武器も無い自分には切り札になるかも』
「面白いものを入れているわね。でももっと簡単に、小便を入れるというのを考えた子もいるわよ」
『あ、アンモニアね』
「でも、それだと割れて自分にかかったときのショックが大きいよね」
「そうなの。だから広がらなかったわ」
「ルナが持ち帰った物はこんな感じね。あのときにギルドで引き取って貰った薬草も20銅貨くらいだったっけ?」
「うん、私のはまだそれくらいで。アルは上手く切断できていないから少し値段が下がっていたけれど」
「仕方ないわね。それでもミミ達よりはマシよね」
ボリスとミミは魔鼠の討伐で訓練をしていたが、魔鼠の魔石程度ではいくつか集まってようやく1銅貨になるようであった。それでも数が集まれば、と回収したものを納品したが2人がかりであったので1人当たりではその半分になる。
そして、ルナリーナ、アルフォンス、ボリス、ミミの4人で揃って魔の森に行く日がやってくる。
「今日もルナは採集ね。ボリスと私は魔鼠だけどアルはどうするの?」
ミミが乗合馬車を降りたところで声をかけてくる。
アルフォンスが自分をチラチラ見てくる。
「アル、私の護衛は良いわよ。そんな危なそうなことは無かったし。狩りの腕を上げたいんでしょ?そっちを頑張りなさいよ」
アルフォンスは微妙な顔をしたが、結局はボリス達と一緒に狩りをすることにしたようである。
『まったく。アルのことはミミが。ミミのことはボリスが気にしているのね。かわいらしいことで』
前世の記憶もあるので、自分だけ大人の気持ちで3人の感情を達観したつもりのルナリーナではあるが、見た目は同じような年であること、そして自分のことをアルフォンスが気にしていることは棚に上げている。
1人で採集をすると決めたルナリーナは草原で傷回復用のヨモギモドキをしっかり採集した後、北上して小川にて魔力回復用のワサビモドキもそれなりに採集して行く。何か他のものを混ぜて味を変化させる実験をして、少しでも飲みやすくする方法を探すためでもある。
『良かった。今日は蛇も居ないみたいだし』
何事もなく採集でき、茎などを切り落として採集袋にしまった後は皆の様子を見に行く。
「あれ?居ないわね」
前にボリスとミミが魔鼠を狩っていた、岩のある場所に行ってみたが3人の姿が見えない。
「まさか!」
ドクダミモドキの生えていた場所に行ってみても居ない。
「しょうがないわね。他の狩場もあるのでしょうし」
ルナリーナは諦めて草原に戻り、夕方になる少し前くらいまでヨモギモドキを採集してから、乗合馬車の近くの待ち合わせ場所に向かう。
「アル!」
アルフォンス、ボリス、ミミの3人が固まって座っていたのは良いが、アルフォンスの伸ばしている足が血で赤い。ミミが布で拭いているが、血が止まらない感じである。
「あ、ルナ。格好悪いところをみられたな」
「何を言っているのよ!」
≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。僕(しもべ)たるルナリーナの願いをお聞きください。この哀れなる少年の怪我を治したまえ≫
≪治(sanare)≫
すぐに回復魔法を唱えてみるが治った感じはしない。
「ボリス、ミミ、この薬草をすりつぶして傷に塗りつけて」
「わかったわ」
どれだけ効果があるか分からないが、何もしないよりマシであろう。
それから何回繰り返し回復魔法を唱えたか数えられない。しかもデメテルに奉納を意識した魔力量はそれぞれかなり多かったと思う。もうこれ以上は無理なくらいふらふらになる。
「ルナ、もう良いよ。大丈夫だよ」
アルフォンスが声をかけてくるので改めて確認すると、確かに傷はかなり塞がった感じである。完治にはなっていないが、孤児院に帰るのに支障が出るほどには見えない。
「おぉ、すごいなお嬢ちゃん。回復魔法の使い手なんて。こんな小さいのに」
「まったくだ。うちにスカウトしたいな」
いつの間にか周りに多くの冒険者達が囲んでいるのに気づく。おだてる言葉であるとは分かっているが、照れながら顔を下に向けてしまう。
「皆さん、何とか山場は越えたみたいです。お騒がせしてすみませんでした」
ミミが言葉は丁寧に言いつつ、野次馬達を追い払う。
「こんな人前で魔法を使わせたのは失敗だったわ。ごめんね」
魔力の消耗で疲れきったルナリーナは、ミミの言葉は上の空で聞き、乗合馬車でも放心状態のような感じでワイヤックの街まで帰る。
角兎(ホーンラビット)に挑戦して倒したこと、でもボリスのヒーターシールドより前に出てしまったアルフォンスの足に突進してきた角で怪我をした旨を車中で聞いたのだが、ルナリーナは魔力消耗の疲労でほぼ耳に入っていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます