第9話 初めての魔物
「今日教える予定だった薬草2種類はこんなところね。薬草は年中取れるけれど、果実は季節によって違うから」
「カロル姉、ありがとう!」
「ほら、草原に戻って傷回復の薬草採集を頑張らないと今日の稼ぎがなくなるわよ」
カロルが照れ隠しに、おどけてルナリーナとアルフォンスを急かす。
ボリスとミミは少し離れた池に近い方で周りを見張っているのか、果実を探しているのかキョロキョロと周りを見ている。
ルナリーナは、まさにワサビのように根と少しだけの茎を残した状態にしていた魔力回復の薬草の束を、水から引き上げようと手をのばしたところで悲鳴をあげる。
「キャ!」
「どうした、ルナ!」
見間違いかと思ったが、やはり蛇であった。
「蛇か!」
「ルナ、噛まれていないね?」
「うん、噛まれてはいないわ」
「棲家を荒らされたと思っているのか、なんか怒っているわね。仕方ないわね。ほら、アル、格好良いところを見せる機会よ!」
カロルがアルフォンスを焚き付ける。
「任せろ!」
ここでは元々採集ナイフを手にしていないかったアルフォンスが、左腰の鞘から抜いたショートソードを手に前に出てくる。
「この、くそ、えい!」
飛び掛かって来ようとする蛇に対して、がむしゃらに剣を振り回すアルフォンス。空振りになって振り抜いた隙に剣を握った右手を噛みつかれる。
「くそ!でも捕まえたぞ!」
手ぶらの左手で蛇の頭を掴み地面に押さえつけて、頭を右手のショートソードで切断する。
「アル!大丈夫!?」
ミミ達も駆け寄ってアルフォンスの右手を見る。
「うん、多分。噛まれただけだし」
「毒蛇では無いよな?」
ボリスの呟きに皆が不安になる。
「多分、単なる水蛇よね。魔物ではあるけれど。ほら、心臓のところに魔石がある」
カロルが安心させ、アルフォンスのショートソードを使って蛇の胸を開くと赤紫色の小さな石が出てくる。
「牙は水魔法の触媒になるらしいわよ。Eランク魔物で低品質なのと、これもまた使い手が少ないから安いけれど。肉も食べられるし、このまま持って帰ろうか」
カロルの軽い感じに皆の気が緩む。
「アル、助けてくれてありがとう!手を出して」
ルナリーナがアルフォンスの右手を手に取り回復魔法を唱える。
≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。僕(しもべ)たるルナリーナの願いをお聞きください。この哀れなる少年の怪我を治したまえ≫
≪治(sanare)≫
血の出ていた牙の痕2つの穴が塞がる。
「「「え、えぇ!!」」」
アルフォンス、ボリス、ミミが驚きの声をあげる。
「実は昨日に覚えたの。シスタービアンに教わって」
「ルナ、すごいじゃない!他にも何か使えるの!?」
「え、昨日だし、まだこれだけよ」
「いや、それだけでもすごい!」
「こら、こんな場所でそんなに叫ばない。ほら、草原に戻るわよ」
昨日の時点で既に知っていたカロルが皆を落ち着かせて移動を促す。アルフォンス達は何かと話を聞きたがっていたが、カロルが見張っているので我慢しているようである。
「はい、ルナとアルはここで採集を頑張る!集中し過ぎて他の人の迷惑にならないようにね」
「はい」
カロルの合図で3人は散開して採集を始める。ボリスとミミは草原の端の方に向かっているので、何か魔物を探しに行っているのだろう。
ルナリーナは夢中で薬草を採集していると、池に近づいていたようである。池の近くでは岩も点在する湿った場所があり、そこにボリスとミミが居た。二人は武器を構えて同じ方向を見ているので、声をかけるのは控える。
「ミミ!」
「任せて」
ミミが左手に抜いたショートソードを持ちながら、右手で石を投げる。その先には胴体が20cmほどの黒っぽい鼠が居るようである。キーという低い鳴き声がして向かって来るが、ボリスのヒーターシールドに阻まれる。
「ほら!」
「よし!」
ミミとボリスがそれぞれショートソードとロングソードでその鼠に斬りつける。小さくて素早いからか、なかなか攻撃も当たらないが、ヒーターシールドのおかげで自分達が攻撃を受けることもない。
何度かの攻撃を受けた魔鼠が動かなくなり、それをミミが解体し始めたところでルナリーナはようやく声をかける。
「二人とも上手いね。良い連携だし」
「まぁまだまだ鼠程度だからね。そろそろ角兎(ホーンラビット)にも挑戦したいんだけど」
「まだ早いって。もう少しこいつらで頑張ってから」
「って、ボリスが言うのよ」
「ははは。安全が大事だからね」
いつまでも見学ばかりはできないので、薬草採集に戻るルナリーナ。
孤児院で渡された弁当、硬いパンと干し肉を食べてからも採集をしばらく続けた後、帰る判断をカロルが行う。
川に沿って帰る一行。
「あら、あんなところに毒消し草が。あれも葉っぱが薬になるのよ。臭いけれど干したら臭いは無くなるのよ」
川の反対側の木陰に見えるものは、ハート形の葉っぱであり、なんとなく臭ってくる感じは前世の記憶のドクダミに似ている。
「あの距離なら取ってこられるよな」
「アル!川向かいはダメだって!」
「大丈夫だよ!」
採集ナイフで丁寧に取ると時間がかかると思ったのか、まとめて引っこ抜いたままこちらに戻って来ようとするアルフォンス。
「アル!」
立ち上がったアルフォンスの向こう側に黒い獣が迫って来ている。
「狼!?」
「いや、犬だ。アル、急いでこっちに!」
水飛沫を上げながら川を渡るアルフォンスを追いかけて黒い犬も来る。
「早く!」
アルフォンスをせかしながらボリスが川縁でヒーターシールドとロングソードを構える。ミミもボリスの横でショートソードを構える。アルフォンスも振り返りショートソードを構える。
カロルが腰袋から茶色い丸い玉を取り出し黒い犬に投げつけると、当たって砕けた付近に何かが飛び散る。キャンという感じの悲鳴が聞こえた後に、魔犬は逃げ帰って行く。
「アルのバカ!」
「ごめん……」
ミミに叱られているアルフォンス。幸いにして怪我がなかったが、一歩間違えると大怪我になっていた可能性も考えると、ルナリーナも心臓の鼓動が治らない。
「早く森を出ましょう」
カロルが皆に移動を促して馬車のところにまで戻る。
「今日は色々とあったわね。結果的には、基本的な薬草の3種類とも教えることができたし、もう次回からは私は一緒に来ないわ。同い年か近い年のメンバでパーティーを組んだ方が長続きできるでしょう?」
「そうね。アルは私達が助けてあげたんだから文句はないでしょう?ルナも良い?」
「え、私は何の役にも立てないし」
「何を言っているのよ。魔法使いがいる冒険者パーティーなんてそうそうないのよ」
自分のことを魔法使いと呼ばれて舞い上がるルナリーナ。
『私が魔法使い……魔法使い!』
「ルナ、ルナ!」
「え、はい」
「じゃあ、良いわね」
ミミはボリスの方も軽く確認するだけで、結局この4人でパーティーを組むことは決定になったようである。
「最後の最後で分かったと思うけれど、本当に川向かいは危険なのよ。魔犬はEランクでも上位だから気をつけてね。他の魔物も含めて、川向かいの強い奴もたまにはこちら側に来ることもあるから、油断してはダメよ」
「はい……」
特にアルフォンスが神妙にしている。
「それにね、川の向こうの方にはゴブリンやオークが拠点にしている洞窟があるらしいのよ。ダンジョンにもなっているらしいわ」
「ダンジョン!」
「そう。先輩冒険者の人達は泊まりがけで向かうみたいよ」
この港町ワイヤックは辺境と呼ばれ、西にある魔の森やダンジョンには魔物や素材が多く、それらを王都など都会に出荷する地域となっている。
ルナリーナは初めての採集作業と納品という冒険者としての常設依頼の初達成の喜びよりも、Eランクながらに魔物の討伐を間近に見た興奮で夜の寝つきが悪くなったのであった。
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