第8話 初めての採集活動
「あら、来るのはアルだけじゃなかったのね」
「アルだけじゃ危なっかしいしね」
「うん、まぁ」
ルナリーナの初めての森への冒険には、同室のカロル、同い年のアルフォンスだけでなく、ミミとボリスの二人もついてくることになったようである。
共に一つ年上であり、ミミは小柄な女の子で小剣(ショートソード)と短剣(ダガー)を装備している。ボリスは大柄な男の子で長剣(ロングソード)とヒーターシールドを装備している。
アルフォンスも小剣(ショートソード)を装備しているが、カロルはルナリーナと同様に採集ナイフだけである。
孤児院をそろって出た5人は、港町ワイヤックの西門を目指す。
門の外には何台もの馬車が並んでおり、その近くに冒険者らしい格好の者達が集まっている。
「あれに乗るわよ」
「え?お金持っていないけれど……」
「って思うでしょう?大丈夫なの。あれは森との間の乗合馬車だけれど、無料なのよ。魔の森の魔物を間引いたり素材を集めたりする冒険者のために街が無料で送迎してくれるの」
カロルの説明の通り、冒険者の身分証を見せればそのまま馬車に乗れるようである。
ドラマか何かでみた、日雇いの人達が無料のワゴン車に乗せられてどこかに連れて行かれる風景を思い出すルナリーナ。当人達にすると、駅から離れた工場勤めの人達の送迎バスを思い出して欲しいところだったかもしれない。
「お嬢ちゃん達も森に行くのだね。鎧を誰も着ていないし、あまり奥に行っちゃダメだよ」
幌(ほろ)もない木製の荷台だけの馬車であり、軽トラックの荷台より少し広いだけの狭い場所に10人ほどが相乗りしている。同じ用途の馬車が近くを何台も同行しているのもあり、冒険者のまちまちの格好に完全に目を奪われていたルナリーナは、自分達の馬車に同乗していた先輩冒険者からの声かけに驚く。
「ありがとうね。そうなの、まだまだ力不足だから森の入口近くで薬草採集をする予定なの」
カロルが当たり障りの無い回答をする。
「俺達はその護衛。これでも少しは魔物相手も慣れて来たんだぜ」
格好をつけたかったのか、アルフォンスが鞘に入ったままのショートソードを少しだけ持ち上げてみせる。
「そうか、そうか。頼もしいことだな。Dランクのオークとは言わないが、Eランクの角兎(ホーンラビット)ぐらいは余裕かな」
「う……。そのうちに」
「アル、カッコつけなくて良いのよ。魔鼠で練習中って恥ずかしいことじゃ無いわよ」
3つ年上のカロルに言われてしまい、真っ赤になるアルフォンス。
「悪い、悪い。俺も子供のときにはそんなもんだったから。無理するなよ。何を何体倒したということよりも生き残るのが大事だからな」
「おいおい、その辺にしておきなよ」「ごめんな、こいつはそんなことを言って万年銅級、Cランクなんだ。堅実だが挑戦をしないから大した金も稼げないし」
「バレてしまったら仕方ない。冒険者にも色々あるから、焦るなよってことだ。がはは」
よくある異世界創作物で、自分にはチート能力があるのに先輩冒険者に絡まれて叩きのめすというシーンを思い出す。自分達にはチート能力があるわけではないし、ゲームのようにリセットが出来るわけではない。冒険に浮かれていたが、この先輩冒険者の言う通り、生き残ることが大事であることを改めて認識するルナリーナ。
一時間ほど草原の中の道を馬車に揺られて西に進むと、魔の森と呼ばれるツァウバー大森林に到着する。
「かなりお尻にくるのね」
初めてのルナリーナは、前世の車のような乗り心地は期待していなかったものの、道もガタガタなのと木枠で出来ただけの車輪の荷馬車の、想像以上に悪い乗り心地に疲れてしまった。
「そうね、慣れるしか無いけれど、どうしてもダメだったら何かお尻の下に敷く柔らかい物、毛皮の束などを用意する?」
「そんな贅沢品を用意できるならば、他の物を買うわ」
「それはそうよね」
カロルと雑談をしながら身体をほぐす。
「じゃあ、早速行くわよ。この草原には角兎(ホーンラビット)が居るけれど、まだ戦える相手では無いから、気にしてはダメよ。孤児院を卒業間近な先輩なら余裕で倒して、みんなのご飯にしてくれているけれど」
「……」
「アル、無理してはダメってことよ」
先ほどの馬車での先輩冒険者の言葉がよみがえり、カロルの言葉に黙り込むアルフォンスにミミが声をかけている。
「そうね、今日はルナとアルの採集の練習だったけれど、ミミとボリスはどうするの?本当に護衛?暇だし売り上げになるものなんてそうそう入手できないわよ」
「カロル姉、心配しなくて良いわよ。適当に狩りをしているから、何かあったら大声を出して。助けに行くから」
「あらそう?ありがとうね」
「ルナ、絶対に覚えておくことがあるの。この森、入るとすぐに川があるわ。川を北に上ると池になるわ。それより奥、西側には決して行かないでね」
カロルの真剣な顔での説明に頷くしかないルナリーナ。
「この川を越えると魔物が急に強くなるのよ。馬車に乗っていた先輩冒険者達はこの川を越えて行ったのだと思うけれど、私達はこの手前で仕事をするのよ」
「じゃあ、次は採集できる薬草などを教えるわね。アルもしっかり一緒に聞いておきなさいよ」
「はい」
「分かったよ」
確かに森に入ってすぐのところに小川があった。川幅が2m程度で、深いところでもひざ下ぐらいに見えるが、これが魔物の生活圏を分けているのだろうか。川を泳いでいるのは銀色の鱗の小魚であり、ウグイやカワムツに見える。
カロルに従ってアルフォンスとルナリーナが付いていくが、ミミとボリスもその少し後ろをついて来ている。魔物らしいものはまだ見かけていないが、木々になる実を採集しているようである。
「ミミがボリスに取らせているのはアケビね。甘くて美味しいのよね。良いものを見つけたみたいね」
前世でも見たことがある、縦に割れて白い果肉と黒い種子が覗く果実である。
「あっちは柿ね。まだ青いから赤くなるのを待った方が良いわね」
意外と前世と植生が似ているのかもしれないと思いながらカロルについていく。
「さぁ着いたわ。他にも人が居るでしょう?近づき過ぎて喧嘩にならないように気をつけてね」
川に沿って北に向かって来て、カロルが言う池に到着した。池と言われて想像していた大きさよりかなり大きくて、湖では?と思ってしまう。
水深が5m以上あり中央の深いところでは底に植物が生育していないか等の細かい基準というよりは、感覚的な大きさのイメージである。
そんなことよりもその“池”の東部に広がる草原の仕事場である。確かに、大きな武器を持たない年齢層が低めの冒険者らしき者達が既にたくさんしゃがみ込んでいる。
「ほら、コレよ」
カロルが見せてくれたのは、パッと見た感じではキクやヨモギのような葉をした草であった。
「これが傷回復に効果がある薬草なのよ。見た目が良く似た草はたくさんあるけれど、葉っぱを裏から透かしてみると黒い点々があるのが特徴よ」
確かに小さな黒点が見える。まるで、前世での“弟切草”のようである。この薬草には逸話があり、秘伝の薬草を他人に漏らしてしまった弟を兄が切ったときについた血がこの黒点であるというものであったので、記憶に残っていた。
『でも、ヨモギにはそんな黒点はなかったし、これがこの世界ならではの薬草なのかも』
「この池の横の草原で、陽によく当たるところに生えているのがこの薬草よ。薬草にするには葉っぱだけだから、茎のところから綺麗にナイフで切り取って行くのよ。そのうちまた葉っぱが生えてくるから。もし根っこごと抜くようなことをしていたら、冒険者仲間から袋叩きにあっても仕方ないわよ」
「う……」
「ダメよ、アル。そんな切り方したら葉を握って痛めてしまうし、茎もナイフで傷つけているわ。葉を傷つけないように優しく手を添えて、茎とつながる根本を丁寧にナイフで切るのよ。そうよ、そんな感じで」
「じゃあ移動するわよ」
「え?もう?」
「今日はもう1箇所ね」
次に案内されたのはその池のさらに北側。池に流れ込む小川であり、岩場にもなっている。
「あったわ。コレが魔力回復に効果がある薬草よ」
こちらは前世でのワサビのようであり、しかも根に効果があるという。
「こちらは根を傷つけないように採集するのよ。群生しているし、取り過ぎなければそのうちに増えているわ」
「ねぇ、カロル姉。この辺りは冒険者も来ていないのって、穴場なの?」
「それがね、魔法を使える人なんて少ないでしょう?だから、魔力回復薬って欲しい人がほとんどいないの。特にこの港町ワイヤックでは。でも、欲しい人が多くいる王都の近くでは素材が取れないからたまにだけ採集依頼が出るのだけど、早い者勝ちだしなかなかね」
需要と供給が釣り合っていないことを認識はするが、プロの商売人が思い付いてない商機が簡単に転がっているとは思えない。薬草の調合の仕方はわからないが、自分で試行錯誤するための分ぐらいは採集しておく。
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