第7話 初めての魔法習得

「ルナ、明日には森に行くって聞いたわ」

「はい、シスタービアン。ようやく冒険者登録もできましたので」

「では、回復魔法について今日のうちに挑戦してみようか」

 孤児院に来た最初にビアンに魔法習得の相談をしてから、魔石への魔力補充の訓練は欠かさず行なってきた。また、毎朝の神殿の掃除とお祈りも続けている。


「魔石への魔力操作も慣れてきたみたいね」

「はい。でも、こんなにたくさんの魔石、何に使っているのですか?神殿や孤児院にはこんなに使うほどの魔道具もないと思うのですが。どこかに販売、納品しているのですか?」

「そうね、まずはそこからね。たまに販売することもあるけれど、この魔石の魔力は神様へ奉納しているのよ」

「え?」


 実際にビアンが、魔力の込められた赤紫色の魔石を手にして祈ると、無色透明になる。

「神界の神様にはこのように魔石の魔力を奉納することができるのよ。神様達は私達の信仰、奉納で力を増すことができるの。お祈りでも魔力を捧げることができるのよ。毎朝のお祈りのときに何か感じなかった?」

「意識はしていませんでしたが、確かに魔力を魔石に込めたときのように力が抜ける感じがありました」

「あら、やはりあなたは筋が良いのね」

「でも……」

「どうしたの?」

「実はデメテル様ではなくミネルバ様のときに」

「え?」


 この神殿はこの港町ワイヤックで唯一であるため、豊穣の女神デメテルだけでなくその他の神々も祀っている。神殿の一番奥はデメテルの大きな女神像と大きな祭壇であるが、左右の壁には他の神々の像と小さな祭壇が備えられている。

 この港町ではデメテル以外では航海の神ネレウス、そして商売の女神メーコリウスが人気のようであり、戦の神マース、鍛治の神ウルカヌス、知識・魔法の女神ミネルバの祭壇は寂しい。

 魔法オタクのルナリーナは、毎朝の神殿の掃除やお祈りの際にミネルバにもお祈りをしていた。

「魔法が使えるようになりたいとミネルバ様にお祈りしていました。もちろん、デメテル様への孤児院で育てて頂いていることなどの感謝のお祈りも欠かしていません!」

「そうなのね。もちろんダメなことではないから心配しないで」


「もう一度説明するわね。お祈りでも魔石からでも神様に魔力を奉納することはできるのよ。魔力は使っても自然に回復するけれど、寝ているときに一番回復するから、夜の寝る前に残っている魔力を魔石に込めると良いわ。そして朝一に回復している魔力をお祈りで捧げるの。ちなみに、寝ていなくても静かに瞑想していても回復量は増えるわよ」

「なるほど。だから夜に魔石に魔力を、と教えてくださっていたのですね」

 異世界創作物では魔力は使い切った後に魔力総量が増えたり、使い切ったときには意識が飛んだりするものがあった。ルナリーナは、意識が飛ぶことはなかったが、海賊の拠点のときにも疲れのようなものは感じていたのでそのまま眠りに入るには丁度良いと理解していた。

『毎日魔石に注ぎ込んで使い切っていたからか、確かに魔力総量も増えたのよね。ステータスが見られないのは残念だけれど、補充できる魔石の数が増えるのを数えるしかないわね』


「ルナも自分で魔石の魔力を奉納してみて。今回は女神デメテル様を意識してね」

 自分が補充して赤紫色になっていた魔石を握り、デメテルに魔力を奉納する旨を意識すると、魔石が無色透明になる。

「良かった。ちゃんとデメテル様に奉納できたのね」

「はい、できました!」

「これからは魔力を注いだ魔石は私に渡さなくて良いわ。自分でデメテル様に奉納してね」


「じゃあ、いよいよ回復魔法について、ね。神霊魔法は神界にいらっしゃる神様と契約をすることで使えるようになることはすでに言っているわよね。でも、人間同士の契約みたいに対面で契約するなんて神様に求めることはできないのはわかるわよね」

「はい。でもどうするのですか?」

「一方的に誓約、宣言をする感じね。この言葉をここまで、祈りで魔力を奉納するようにしながら唱えてみて」

 ビアンから魔法発動体の指輪を借りて大きさの合う親指にはめ、言う通りに渡された羊皮紙に書かれた言葉を唱えてみるルナリーナ。

≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。今後、僕(しもべ)たるルナリーナの願いをお聞きください≫


「そうね、いい感じ。じゃあ次はこの魔法陣を見ながら唱えて、最後にこの言葉も唱えて」

 羊皮紙に一緒に描かれていた魔法陣を見る。以前にテオドールが回復魔法を発動するときに出していた魔法陣に良く似ている。

≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。今後、僕(しもべ)たるルナリーナの願いをお聞きください≫

 ルナリーナが魔法陣も意識しながら魔力を奉納し、さらにはその円形の魔法陣を意識していたら、その黄色い魔法陣が顔の前に浮かんでくる。

≪誓(iurandum)≫

 ≪誓≫の言葉を唱えると、魔法陣も消えたのが見える。


「上手く契約できたかな。じゃあ、初級の回復魔法を試してみて。今回も魔力を捧げるように意識しながら唱えるのよ。で、魔法陣はこれね」

 別の羊皮紙を渡され、そこに書かれた詠唱文言と魔法陣を確認する。次に、ルナリーナは指先に小さな傷をつけて、回復魔法の発動を試す。

≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。僕(しもべ)たるルナリーナの願いをお聞きください。この哀れなる少女の怪我を治したまえ≫

 唱えている途中に、羊皮紙に描かれている魔法陣が浮かぶことに喜びながら最後の言葉まで唱える。

≪治(sanare)≫

「シスタービアン!傷が治りました!」

「1回で成功なんて、流石ね。でも、最初は本当に小さな傷しか治せないわ。それに自分の傷ではなくて他人の傷を治すのはもっと難しいの。ほら、私で試してみて」


≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。僕(しもべ)たるルナリーナの願いをお聞きください。この哀れなる女の怪我を治したまえ≫

≪治(sanare)≫

 ビアンの傷は少し治った気配がするが、完治はしていない。

「もう一度」

≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。僕(しもべ)たるルナリーナの願いをお聞きください。この哀れなる女の怪我を治したまえ≫

≪治(sanare)≫

 2度目でようやく完治したようであるが、捧げる魔力量をたくさんにしたこともあってかなり疲労感が出てきた。


「分かった?すぐに習得するなんてルナは流石ね。これからも頑張って練習するのよ。慣れればもう少し大きな傷も治せるようになるし、捧げる魔力の量のコツも分かるようになるわよ。今日はここまでね。少しここで休んでいて」

「シスタービアン、ありがとうございました!」

「ほら、ふらついている。座って休んで」

 借りていた魔法の発動体である指輪を外してビアンに渡してから椅子に座る。


 ルナリーナは異世界転生をしてから念願の魔法習得ができたのである。今後どれだけ多くの魔法を習得できるのか、これが最後になるのかわからないが、この感動を味わいたいためにもっともっと習得したい欲が出てきて興奮している。


「ルナ、これはプレゼントよ」

 戻ってきたビアンが手渡してくれたのは、金属指輪に紐を通した物であった。

 慌ててビアンの中指をみると彼女の発動体の指輪はそこに納まっている。

「これは!?」

「そうよ、魔法の発動体。私の指輪とお揃いだけど、ルナの指にはまだ大きいみたいだから。これならばネックレスのようにできるわよね」


 ルナリーナは首から下げている紐を取り出す。そこには両親から貰った名札と、今日入手できた冒険者の身分証がぶら下がっている。そこに指輪に通した紐をぶら下げると、名札や木製の身分証にぶつかることなくそれらより下の位置に指輪がくる。ちょうど鳩尾(みぞおち)辺りになる。


 自分のものと言われるとなおさら指輪をじっと見る。

「この刻まれているものは何でしょうか?」

「これ?私もわからないの。でも魔術語って言われたことはあるわ」

 魔法オタクのルナリーナに響く単語であるが、ビアンも分からないならば仕方ない。今後に学びたいものがますます増えただけである。

「指輪の内側には小さな魔石があるみたいだけれど、いくら魔力を込めても注げない感じなのよね。きっと普通とは違う使い方なんだと思うわ」

 魔法の発動体だからなのか、魔道具に使われる魔石だからか。

『そういえば、これはこの世界に来て初めての私の魔道具なのね』

 そう考えるとますます感動がおさまらない。


 魔力消費の疲労が治り部屋に戻ると、同室のカロル達に指摘される。

「ルナ、ニヤニヤして気持ち悪いわよ。一体どうしたの?」

 回復魔法の触りを習得したこと、そしてシスタービアンに発動体の指輪を貰ったことを説明する。

「じゃあ、今日はルナの特別な日ね。冒険者登録もしたし、魔法習得もして」

 魔法の方の感動で、冒険者登録の感動をすっかり忘れてしまっていたが、これも異世界創作物の重要イベントである。ますますニヤニヤ顔がおさまらなくなるが、同室の仲間は優しく見守ってくれている。

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