第6話 冒険者登録
孤児院生活も慣れ、真夏も過ぎた9月。ある程度の体力もついて来たルナリーナが、ようやく仲間達と一緒に冒険者ギルドで冒険者登録をさせて貰えることになった。
「これが冒険者ギルドなのね」
前世記憶のイメージ通り、街中でも一等地にある建物で、一階の一部は酒場になっており、反対側には受付が並んでいる。朝夕は混むと言われているので、空いているはずの昼間に来たのである。
「いらっしゃいませ。登録ですかね?」
これもイメージ通りに、美人かかわいい女性受付嬢が並んでいる受付の一つに並ぶと声をかけられる。
「はい、新規登録になります。よろしくお願いします」
「あら、きちんとした言葉使いですね。ただ、冒険者の場合には相手を見て使い分けた方が良いですよ。使えなくても舐められますが、いつも使っていても舐められますからね」
「ありがとうございます」
「ではこちらに。代筆しましょうか?」
「いえ、自分で大丈夫です」
羊皮紙に記入するのは、名前、年齢、住所ぐらいであった。確かにジョブやスキルの概念が無い世界であればこのくらいなのかもしれない。
「はい、確かに受け付けました」
しばらくして手渡されたのは、前世での名刺を三つ折りしたほどの大きさ、外国映画で兵士が首から下げている銀色のドッグタグのような、名前だけが刻まれた木の板である。端の方に穴が空いており、首からぶら下げるための紐が通されている。
すでに孤児院の先輩達が見せてくれていたので驚きは無いが、やはり2枚セットでは無いのだと思ってしまう。ドッグタグは、戦場で命を落としてしまったときに1枚は遺体に残し、もう1枚を軍隊や家族への報告のために回収すると聞いていたからである。
また、ジョブやスキルの無い世界なので手をかざして検査する魔法の球体(オーブ)はなく、血を1滴垂らして個人認証するタイプでもないいたってシンプルな身分証である。先輩の話から認識はしていたがやはり少し残念である。前世には無かった、いかにも魔法的な物なので体験してみたかったのだが仕方ない。
「冒険者登録は完了になりますが、色々とご説明させて頂くお時間はありますか?」
「はい、よろしくお願いします」
これも孤児院の先輩達に教わっていたが、念のためというよりも、異世界創作物での話を実体験できる貴重な機会として喜んでいるオタク思考のルナリーナ。オーブや血液認証の身分証がなかったのでなおさらである。
「冒険者ギルドへの登録は誰でもできますが、一定期間にギルドに貢献が無いと抹消されます。これは生存確認も兼ねているからです。またギルドの拠点は街以上の規模であればほぼ存在します。また、このナンティア王国だけでなく他国にもあり、そちらの身分証は共通で利用できます。
その身分証は、ランクごとに素材が異なっており、下から木・鉄・銅・銀・金・魔銀(ミスリル)になっています。ルナリーナ様は最初ですので木級冒険者となります。
また、ご存じのように魔物にも強さ・脅威に応じて下からE・D・C・B・A・Sというランク付けがされており、それぞれそのランクの魔物を単独討伐できる強さがあると認められた場合に昇級となります。そのため、木級冒険者という呼び方だけでなくE級冒険者とも呼ばれます。
一般的には銅級、Cランク魔物を1人で倒すことができる人が一人前と呼ばれます。
依頼の種類ですが、街中の雑用、薬草などの採集、魔物の討伐、行商人の護衛等と色々ありますが、難易度に応じて必要な冒険者ランクを設定しております。
通常の依頼はあちらの掲示板に掲示しますのでご確認ください。常設依頼のもの以外については、こちらの受付で受領処理をしてから開始頂く必要があります」
「朝には争奪戦と聞きましたが」
「はい、これから依頼に出発いただく方々が掲示板前で力任せに奪い合いして怪我されても困りますので、あくまでも掲示板は見るだけで、受付に並ばれて申込されるのを優先にしています。早い者勝ちは依頼票の奪い合いではなく、受付の列に並ぶことになります」
スーパーや安売り店のワゴンセールでのおばちゃん達の奪い合いみたいなことは発生させず、窓口での受付順ならば非力で背も低い自分でも何とかなると安心する。
「ルナ、冒険者登録が終わったんだな。じゃあ、約束通りこれをあげる」
孤児院で先輩達から、採集ナイフと麻袋のお古を貰う。
「まずは薬草採集から、だからね。包丁以外の刃物の扱いも覚えていってね」
井戸の近くには、砥石で切れ味を整えたり、剣の握り手や鞘の紐の巻き直しをしたりする作業場所がある。ルナリーナはそこで採集ナイフの研ぎ方を習う。
「切れ味が良いと、素材を傷めないように採集できるから、こまめに手入れをするのよ」
「じゃあ、早速明日から薬草採集に行くわよ。朝早くから出かけるから覚悟するのよ」
「俺も一緒に行くことになったんだ。よろしくな」
「え、アルも?うん、よろしくね」
どうも一緒に行くのは同室のカロルだけでなく、同じ歳だったらしいアルフォンスも、らしい。聞けば、アルフォンスは以前から冒険者登録もしていて森に行くことにも慣れているが、採集作業が苦手らしい。今回は初心者のルナリーナと一緒に再教育するのと、男子として少しは腕力にも期待して護衛扱いになるとのこと。
「ねぇ、そのアルの武器を見せてもらえる?」
良いきっかけであるので、ルナリーナは気になっていたアルフォンスの武器を触らせて貰う。
「危ないから気をつけろよ」
アルフォンスは採集など細かいことは苦手というのと、武器への憧れが強く木の枝によるチャンバラを昔からこなしていたので、早い段階から剣を持たせてもらっている。
「これが小剣(ショートソード)ね」
刀剣女子だったオタクにすると、本物の武器である刃物は気になって仕方がない。文化的に日本刀が無さそうなことは諦めているが、様々な剣が身近に普及しているのである。
女子が装備することが多いのは、筋力的にも小さなナイフとダガーになる。
採集ナイフも含めて、刃が片方にだけついている小さな剣がナイフである。切っ先(きっさき)を上に持ち手を下にした時に、刃が左右の片方だけのものが片刃、刃が左右の両方についているのが両刃もしくは諸刃と呼ぶ。三徳包丁や出刃包丁も日本刀も片刃であり、刃がない方を峰(みね)と呼ぶ。刃がない方で打つと時代劇で定番の「安心しろ、峰打ちだ」の通り切り傷がつくことはない。
刃の断面を見た時に、アルファベットの「V」の字になるように裏表どちらも刃がついているものを両刃、カタカナの「レ」の字のように片方だけのものを片刃ということもあるが、ナイフとダガーの違いの意味の片刃は日本刀のように刃がない「峰」があることの方の片刃である。
ナイフには投擲専用のものや、食事の際に肉を切るためのものもある。
そしてダガー。日本語では短剣とも表現する小さな剣は、ナイフと違い諸刃のものである。
ダガーは刃渡りが30cm程度以下のものが一般的だが、小剣(ショートソード)は50〜70cmほど、そして長剣(ロングソード)は80〜100cmほどの諸刃の剣である。
刀剣女子で日本刀が興味の対象であったルナリーナには、馬上からも使えた太刀がロングソード、二本差しの短い方の脇差がショートソード、そして懐刀・懐剣などの大きさがダガーという印象である。もちろん片刃と諸刃の違いもあり太さも使い方も違うが、長さの感覚である。またこの西洋イメージの剣達は剣身がまっすぐな直刀であり、日本刀のようなそりもない。
「ルナ、危ないよ」
じっと見入っていた後に切っ先近くの切れ味を指で試そうとするルナリーナから、ショートソードを取り上げるアルフォンス。
取り上げられた後も作業場で他の先輩が扱っている長剣(ロングソード)や幅広剣(ブロードソード)に視線が行っている。ブロードソードは、針のように細いレイピアに比べて幅広と言う名前であるが、ショートソードほどの長さで片手剣というところは同じである。
『調達費が高いからか、孤児の栄養状況ではそこまでの筋力の人がいないのか、グレートソードなどの両手剣や、片手半剣(バスタードソード)の人は居ないようね。鎧も金属鎧より革鎧の人ばかりだし……』
「ルナ、大丈夫?」
見かねたカロルが声をかけてくる。興味を逸らすためか、小声で話を続けてくる。
「それより、アルってかわいいところがあるわよね。ルナが森に行くって話を知ったら、自分も同行したいって言ってきたのよ」
「?」
「ルナって、整った顔をしているし頭も良いから、成人を待たなくても引き取り手が現れそうね。ただ、良からぬ対象とするために身請けを申し出るのも居るらしいから気をつけないとねって言ったら焦っていたわ」
『ロリコン!?』
前世記憶の単語が思い出されるが、カロルが言う身請け人には気をつけるとしても、アルフォンスは同い年なのでロリコンに当てはまらないことに気づいていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます