第5話 孤児院での生活
孤児院へ入った初日に、ある意味での体力テストは終えたのだが、翌日には知力テストが行われた。
「シスタービアン、終わりました」
「え?もう?」
大学生までの前世知識、そしてこの世界でも商家で生まれ育った教育のおかげで、読み書き計算は一般の大人より優れていることが確認された。
「これならば商家での見習い修行も歓迎されるわね。って、あれ、どうしたの?」
あまり嬉しそうな顔をしなかったルナリーナに対し、ビアンが尋ねる。
「シスタービアン、回復魔法を見せて貰えないでしょうか?」
「え?」
「海賊の奴隷仲間だったおじいさんが初級回復魔法だけ使えて、魔力操作を教えてくれていたのです。私、魔法を習得したいのです」
「あら、魔力操作を?ちょっと待ってね」
しばらく経って戻って来たビアンが、無色透明になった魔石を3つ差し出してくる。大きさも、海賊の拠点で扱ったのと同じような大きさ、1立方センチメートルくらいである。
「あ、まだ少しだけですが」
何度も休憩しながら1つの魔石に魔力を込めていき、赤紫色になったところでビアンに渡す。
「確かに、魔力操作の基礎はできるみたいね。素晴らしいわ。これができる子は今の孤児院に1人も居ないのよ」
「魔力操作ができると魔法を使えるようになりますか?」
「うーん、そうとは限らないけれど、魔力操作ができないと魔法は使えないわ。分かるかな?」
「はい」
「じゃあ、これを使って日々練習するのが結局は近道だから頑張ってね。後で追加も渡すからね」
とりあえず空である無色透明な魔石2つを預けられる。
「それで、回復魔法ね。誰も怪我していないのに女神様のお力を無駄に使うのは、本当は良くないのですが、新たな使い手が増えるかもしれない教育と思えば……」
後半は何とか聞き取れるぐらいの独り言のようであったが、ビアンは納得したのか顔をあげる。
「うん、やろうか。怪我はどこにもないわね。じゃあ、指先に小さな傷を」
ルナリーナは渡されたナイフで、人差し指の先を小さく切る。
≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。僕(しもべ)たるビアンの願いをお聞きください。この哀れなる少女の怪我を治したまえ≫
≪治(sanare)≫
「え?」
「どうしたの?」
「杖も使われず、黄色い魔法陣も浮かんでいなかったので」
「なるほど。まず魔法発動体は、杖に限らないのよ。魔導書を使われる方もいるし、私はこの指輪がそうね」
左手の中指にはまっている、色々と何かが刻まれた金属の指輪を見せてくる。
「それと、魔法陣は必須では無いのよ。というか、発動体も詠唱も必須じゃないし。習熟度合いが高くなると何もないままいきなり魔法発動させることもできるのよ。魔力消費量が増える欠点もあるけれど」
オタクとしては、詠唱や魔法陣はいかにもそれっぽいので憧れるが、それこそ攻撃魔法などにおいては無い方が戦闘に有利であることは理解する。
「どう?回復魔法を習得してみたい?」
「ぜひとも!」
「この魔法は豊穣の女神デメテル様のお力をお借りする神霊魔法よ。つまり、デメテル様への感謝と信仰が前提なのよ」
「毎朝のお祈りでも何でもします!」
憧れの魔法を習得できるならば、の言葉は飲み込むが、習得したい意思の強さは伝わったようである。
「そうね、毎朝に早起きして神殿のお掃除とお祈りをすることから始めようか」
「はい、頑張ります!」
「じゃあ、商家へ見習い修行に行くのは少し見送るわね。まずは神殿で」
「よろしくお願いします!」
魔法習得の可能性が示されたことで、孤児院生活の先を明るく思うルナリーナ。
しばらくは体力もそれほど無いため、トレーニングを兼ねた井戸からの水運び、年齢が下だけでなく上の子供へも含めた読み書き計算、そして礼儀作法の講師役が孤児院での仕事になった。
冒険者見習いをはじめたいという件については、体力の無さからやんわり断られている。
前世において、子供は足が速い、頭が良い、ゲームなどを持っているという子の立場が強くなるものであった。
ここでは、前世のそれらの感覚よりもさらに明確に、直にお金を稼げる子供の人気が高いようであった。つまり、冒険者見習いである。
下手なところでの見習い修行では、職業訓練して貰っていることもありまともな賃金が貰えないところが多いが、冒険者は冒険者ギルドが正しく報酬をくれるのである。
子供でもすぐに冒険者登録はできるようで、簡単な依頼であれば子供でも依頼内容に見合うだけの金額を貰えるからである。とは言っても、子供ができる依頼は薬草採集ぐらいであり魔物の討伐は簡単ではない。Eランクの最下位レベルである魔鼠ぐらいならばこちらも人数を揃えると何とかなるが、報酬も少ないのに人数を集めると1人当たりの報酬はさらに下がるのでたくさん討伐する必要もある。
残念ながらルナリーナは、その冒険者見習いの希望に対して周りからダメ出しをされたのだが、短距離ならば足が速いこと、読み書き計算や礼儀作法を含めて頭が良いことなどから、それなりの人気者の立場を確保でき、孤児院で孤立することはなく生活を続けることができている。
ある程度慣れて気持ちに余裕が出てくると、余暇の使い方に不満が出てくる。テレビ、スマホ、パソコン、電子ゲームが無いのは当然であるが、小説やコミックも無い。印刷技術が普及していなく、書物は羊皮紙に手書きであるため非常に高価である。
ただ食文化については、両親が健在だったときの記憶にマヨネーズやカレーライスなどもあったので、他にも転生者がいるのだと思われる。
また実家はそれなりの商家だったからか、異世界転生の創作物で定番のリバーシ(表裏を白黒に塗り分けた駒を使い、相手の駒をはさんで自分の色にひっくり返すあのゲーム)もみたことがある。あれを販売して特許等で儲けるまでが異世界創作物の一部では定番であったが、すでに先約があったようである。
とはいうものの、孤児院にその商品があるわけではないので、木の枝を輪切りにして適当なもので片面だけ塗りつぶした駒をつくり、木の板にマス目を書いた物を作ってみる。
ちなみに、このリバーシの盤の一辺の長さであるが、色々あった結果で30cmほどに落ち着いた。
前世で慣れていたメートル法であるが、これもまた以前の転生者か転移者が広めたのかこの世界でも普及していた。しかし、約30cmの尺(しゃく)、約3cmの寸(すん)の言葉も残っているようである。海外でのヤード、マイル等と同様に身体尺(しんたいじゃく)と呼ばれる人間の身体部位を基準に定められた単位が、元々は普及していたらしい。
人によって大きさが違うはずなのに、世界各地で普及していたということは感覚的に分かりやすかったのだろうか。1時間ほど歩いた距離が1里、約4kmで一里塚を作ったと言われると便利に聞こえるが、起伏や道路の状態によって変わるので微妙にも思える。
メートル法に慣れていたルナリーナにすると、日本刀の長さでの尺・寸表記くらいしか慣れがなかった。しかし、この世界での使い勝手のために、約1尺と同じである30cmにすることで、皆が使いやすいものになったのである。
そのリバーシであるが、子供達に遊ばせてみると、娯楽に飢えていたようで奪い合いのように人気が出る。
仕事もせずに遊ぼうとする子供も出てくるが、頭を使う物でもあり、隙間時間や雨天時にするなど節度を持つことを条件にシスター達も許可をしてくれる。というか、司祭とシスター達もたまに遊んでいるようであった。
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