第4話 孤児院への入居

「ルナリーナさん、こちらの部屋へ」

 シスターフローラに呼ばれて向かった部屋にあったのは、簡易なズボンと半袖シャツとサンダルであった。染色していない羊毛としてのベージュ色というよりも、土などの汚れが落ちなくなった薄茶色という感じである。


 今は初夏の7月。この国には四季があり、1〜3月が冬、4〜6月が春、7〜9月が夏、10〜12月が秋である。1ヶ月は30日で、1年は360日である。ちなみに暦の1ヶ月は空の月の満ち欠けをもとにしてあり、30日から1日になる夜が満月である。新月から始まる前世の月齢(げつれい)とは半月ずれている。

 創作物では月の数や色が違うこともあったが、ここでは前世と同じ1つの月である。


 これから暑くなることも踏まえての薄いシャツなのか、そもそも孤児院は冬でも薄着なのか分からない。それに女子であっても、これくらいの身長だと男女差もなくスカートでなくズボンなのかと理解する。

 ついこの前までの海賊の奴隷だったときにはシンプルな貫頭衣だったことに比べれば天と地ほどの違いである。


 そんなことを考えていると、シスターは無言でこちらを見ている。

 1人で着替えられるかの様子見をされているのか、前世イメージだと虐待の形跡の有無を見ているのか等を考えながら、同性のシスターの前なので気にすることなく用意された服に着替えていく。


「元の服と、その布袋は私が預かっておきましょうか。孤児院は個室ではありませんので、万が一のときに誰かを疑うのは不幸なことですから」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ジョフレッド達がくれたという貨幣の入った小さな布袋も併せてシスターフローラに預けるルナリーナ。もしシスターが悪い人で勝手に使ってしまう相手であれば、ここで渡さない方がもっと悪いことになると想像できるため、預けないという選択肢は無い。銀貨1枚くらい抜き取っておきたいと思ってしまうが、じっと見られているので余計なことをすることもできない。


「それでは皆のところへ行きましょう。孤児院の子供達は皆が兄弟姉妹、私達は母親か大きな姉と思うのですよ。クリスタン司祭は父親ですね」

「子供は何人ぐらい居るのですか?それと何歳ぐらいなのでしょうか」

「子供の数はときによりますが、平均して20〜30人ぐらいですかね。上は成人の15歳になって卒業するまでですし、下は赤ん坊でも預けられることもありますので、年齢はまちまちですね」

「大家族ですね。ひとりっ子だったので嬉しいです」

「ルナリーナさんは10歳でしたか。下の子供達の面倒もよく見てあげてくださいね」

「はい、頑張ります」

「良い返事ですね。さぁ食堂に着きましたよ。皆が集まるときはここを使うことになっています」


 順番に自己紹介をされたがとても覚えられる数ではない。ただ、孤児院ではあるが皆が元気で明るい場所なことだけは感じることができて、ルナリーナは安心する。



「さぁ、もう一度自己紹介をするわよ。どうせいっぺんには覚えられなかったでしょう?」

 居室に移動すると、あらためて相部屋になった3人から挨拶をされる。

「私はカロル、13歳。一番年上だから部屋長になるわ」

「私はマドロラ、9歳」

「コレット、6歳」

「はい、私はルナリーナ、10歳です。今日からよろしくお願いします」

「ルナ、で良いわね?それで、かたいなぁ。もっと柔らかくいかないと。でも、敬語ができるのは良いわね。みんなに教えてあげてね」

「はい、カロルさん」

「さん、ではなく姉さん、ね。ここではカロル姉と呼んでね」

「はい、カロル姉」

「ルナ姉、よろしくね」

「ルナ姉……」

 最後のコレットは、雰囲気から口下手なのか大人しいのかが伝わってくる。


 片付ける荷物もないので夕食までの間に、相部屋メンバから孤児院と神殿を案内される。今は広い庭に居る。

「ここは何もないでしょ?みんなはここで訓練をするのよ」

「え?何の訓練です?」

「まだかたいわね、敬語は無しね。で、訓練だけど。冒険者を目指す子達が適当な木の枝で打ち合ったり、投石の練習をしたりするところよ」

「魔法の練習をする人はいないの?」

「え?攻撃魔法?そんなことできる子は居ないわよ。見たことあるの?」

『言われてみると、剣と魔法の世界に来たのに、テオじいの回復魔法しか見た記憶がない。海賊の島でも海賊達や兵士達が使っているのは見ていない。まぁ戦闘をほとんど見ていないのだけど……』


「ルナ、どうしたの?」

「あ、ごめんね、カロル姉。うん、見たことないわ」

「そうよね。攻撃魔法を使えるなら将来は安心かもね。シスタービアンが回復魔法を使えるのでも珍しいのに」

「え、シスタービアンって回復魔法が使えるの?」

「そうよ、ちょっとした怪我なら治してくれるわよ。司祭様も使えないのにすごいでしょ」

「カロル姉、自分のことみたいに自慢している」

「マドロラ、うるさいわよ」

『やっぱり、剣と魔法の世界なのに魔法使いは少ないのね……いいえ、それでも何とか習得できないかしら。せっかく魔法のある世界なんだから!』


「ルナ、大丈夫?あっちは畑よ。みんなのご飯の野菜はだいたいここで作っているわ。魚は海に釣りに行くこともあるわよ。肉は高いから、冒険者見習いの年長者がとってくるのを楽しみにね」

「え!いくつぐらいから冒険者見習いを始めるの?」

「そうね、ルナも10歳ならば、向いているか確認しながらはじめる?」

 前世で女子大生のときには歴女などオタク活動をしていたが、高校生の途中まではそれなりの短距離走者であった。ただ怪我で続けられなくなりその集中力は進学のための勉学に、そして無事に大学進学するとラノベやコミックなどの異世界創作物、刀剣などの歴史系にハマったのである。

 今世では、商家の一人娘で読み書き計算などを教え込まれていたが、体を動かすスポーツ関係はまったくしていなかったので、転生して得た新たな身体の能力は分からない。

 異世界物語で冒険者は定番であった。貴重な品々を入手できるダンジョンに潜るなど、冒険者に憧れる気持ちはかなりある。

「ぜひやってみたいわ」


 孤児院の子供達も豊かな食生活のためにも、出生では差別されない冒険者には憧れるようで、色々とやっているようである。その訓練としてカロル達からルナリーナがやらされたのは、走ること、井戸からの水運び、枝を使った模擬戦、投石の4つであった。

「ルナ、落ち込まなくても良いのよ。走るのはすごかったわよ」

「そうよ、ルナ姉、走る速さは孤児院の中でも一番かも」

 カロルとマドロアからは口頭で、口数の少ないコレットからは黙って背中に手を当てて慰められる。

 庭を走る競争では前世の動きを覚えていたのか、それなりにできた。もちろん運動靴のようなものはなく、ベルトまではあるものの単なるサンダルであったのと、競技場のトラックのようなものではない何となく平らなだけの地面なので、記録に挑戦するような速さではないが、他の孤児達より速いことは確認できた。

 しかし、持久力がなく長く走ることはできなかった。さらに、井戸からの水運びという力勝負や木の枝を使ったチャンバラも4つ年下のコレットには辛うじて勝てたものの、他のカロルやマドロラには勝てず。

 小石を狙ったところに投げることではコレットにすら勝てなかった。というより、投石はコレットが一番上手であった。


『海賊のところでの食事のせい。栄養不足が原因よ!』

 自分に言い聞かせようと思ったが、少し空しい。

 夕食で再び皆がそろったところで、カロル達がルナリーナの足の速さを褒めてくれたので、ぜひ明日にでも競争しようと言ってくる子供達が多い。

 ただそんな中でも、体力をつけるためにも必死に食事をとるルナリーナ。

「ルナ、太るわよ」

「今日はルナの歓迎でもあるから良いけれど、明日からは我慢してよ」

 前世、走ることをやめたオタク活動時にはかなり太っていたことを思い出すのと合わせて、ここは孤児院でありあまり裕福な食事にならないことを認識する。


 日が暮れたあとは、灯りには費用がかかるため子供達はすぐに就寝させられる。

 ベッドに入って静かにしていると隙間風に気がつく。当然にエアコン等があるわけでもなく、前世記憶がよみがえったルナリーナには、せめて扇風機やストーブぐらいは欲しいと思いながら眠りについていく。

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