第3話 港町ワイヤック
ルナリーナは海賊の拠点であった孤島からこのワイヤックまで、1日半ほどかけて運ばれて来た。もちろん彼女だけを運ぶのが目的ではなく、捕らえた海賊達や没収した強奪品なども運んでいる。
その海賊達はこのワイヤックで船から降ろされ犯罪奴隷として処理をされるらしい。
そしてイグナシアナ王女や護衛のジョフレッドとカジミアン達は引き続き船で王都に向かうとのこと。
『ストックホルム症候群で海賊達に変な感情が出ていなくて良かった』
ルナリーナは、引き続き1人で船室にこもり記憶の整理を行なっていた。ある程度で落ち着いた後は、亡くなったテオドールのことを思い出し悲しくなりつつ、彼の使用していた回復魔法という異世界らしい事象に興奮していた。
異世界同好会に入り、歴女、刀剣女子などのいわゆるオタク女子だった前世記憶に引きずられている思考である。
「えーと、確かこう唱えていたわよね」
≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。僕(しもべ)たるルナリーナの願いをお聞きください。この哀れなる少女の怪我を治したまえ≫
≪治(sanare)≫
左手に出来たささくれに対して右手をかざして唱えてみるが上手くいかない。
「じゃあ、テオじいが言っていた魔力操作をやってみて」
魔石に魔力補充するときの魔力操作で右の手のひらに魔力を集めながら、再び唱えてみるが上手くいかない。
「やっぱり信仰心か何かが関係するのかもね。テオじいのは神霊魔法の回復魔法だったわけだし」
せっかく異世界に転生して来たので魔法を習得したいという思いもあり、試行錯誤してみるが、この船室の中でできることは限られる。
そして港町ワイヤックに到着する。
「ルナ、すまない。あのナイフを投げてきた副頭領という奴は取り逃してしまった。君のご両親のところに潜り込んでいたというあの嫌らしい奴はあの場で斬り殺したのだが」
「ジョフレッド様、そのようなお気遣いは……」
「最初みたいにもっと砕けた口調で構わないのに。短剣を取り返せずに申し訳ない。それとルナがこの港町の孤児院に入れるようにあそこに居る職員に頼んである」
「ご配慮、誠にありがとうございます」
今更ではあるが、一国の王女に護衛としてついている2人の身分は、海賊の奴隷だった孤児の自分では口も聞けないはずと思い、顔もできるだけみないように下を向きながら精一杯の敬語でやり取りをする。
「仕方ないか。ではルナ、元気でな」
「あの島で元気を貰ったこと、感謝するぞ」
「ルナ、元気でね」
ジョフレッド、カジミアン、そしてイグナシアナから別れの言葉を貰い、タラップで地上に降りていくルナリーナ。
地上についてから振り返っても上をまともに見上げることなく、頭を下げたままである。
「もう皆様は見えなくなったから頭を上げて良いぞ。ルナリーナだな。話は聞いている」
ジョフレッドが言っていた職員と思われる男性から声をかけられる。
「はい、ルナリーナです。どうぞよろしくお願いします」
「ほぉ、海賊の奴隷だったわりに礼儀を知っているのか」
「はい、海賊に殺された両親が商売をしておりまして、読み書き計算と合わせて最低限のことは学んでおりました。ただ、おっしゃるように海賊に捕まっておりましたので、何かと不十分で失礼をしてしまうかと思いますが何卒ご容赦のほどを」
「ははは、両親からよほど良い教育を受けていたようだな。これだと孤児院に預けても安心だ。歳下の者達にもよく教えてあげるのだぞ」
「はい」
その職員に連れられ、街外れにある孤児院に向けて移動するルナリーナ。
海賊に捕まるまでの記憶で、この異世界の街の様子を知ってはいるが、前世記憶がよみがえってから見るのは大違いである。
当然に前世のようなビル群があるわけではなく、道路もアスファルトのように黒く平らではなく、ほとんどは土が剥き出しで踏み固められただけである。その道路も自動車が走るわけではなく、馬車が行き交い、たまに乗馬した者が通るがほとんどは徒歩である。
ただ港町という背景もあるのか屋台も多く活気にあふれているので、自分にも元気を貰える感じがする。
港から街の中心部に移動してくると屋台は減り建物としての店舗が増えてくるが、識字率が低いのか看板が文字ではなく扱う商品がわかるように絵で示されている。
『あ、あれは!』
そしてルナリーナを興奮させたのは、街を行き交う者の中にいる冒険者らしい格好の者達である。
革鎧(レザーアーマー)を着込んで幅広剣(ブロードソード)を腰にさげた男性、矢筒と弓矢を背に負った女性、そして長い杖(スタッフ)を手にして顔まで隠れるフード付きのローブの人物。
その他にも戦斧(バトルアックス)や短槍(ショートスピア)を装備した者など、次々と現れる冒険者達に目が釘付けになる。
「どうかしたか?」
「いえ、冒険者の方が多い街なのかと思いまして」
「そうだな、ワイヤックは港町だからな。海賊船から船を守る護衛、船から降ろした商品や船に乗せるための商品といった他の街との陸運に対する護衛も多い。そして魔物がたくさん発生する魔の森とそこにある迷宮(ダンジョン)へ挑戦する者達も多い」
「そうなんですね」
「孤児院の卒業生で専業冒険者になる者も多いだろう。孤児院にいる間に冒険者の見習い練習をするのも良いかもな」
「ありがとうございます」
ルナリーナは、魔物、魔の森、迷宮(ダンジョン)の言葉に興奮してしまうが、職員に気づかれないように平静を装うのに苦労する。
前世の創作物は色々な種類があったが、中でも魔物については色々な扱いがされていた。地上でも倒したらその姿が消えてドロップ品、例えば特徴的な部位や金銭だけが残るもの。そのような仕様になるのはダンジョンだけの場合のもの。たまにあったのが、カードに変化してその魔物を召喚できるようになるもの。それにレベル制の作品では、魔物を倒すほど自分が経験値を得て強くなるものであった。
海賊に捕まる前の記憶では、この世界の魔物は倒しても姿は消えずにそのまま死体が残り、解体することで各種素材を活用するものであった。また、通常の獣の違いとして心臓付近に赤紫色の魔石が存在しているとのこと。
引き続き職員と連れ立って歩いていると、だんだんと行き交う人が減り商店がなくなってくる。
「さあ見えた。あれが目的の孤児院だ。豊穣の女神デメテル様の神殿が運営している」
この世界は一神教ではなく、多神教であった。このナンティア王国で一番信仰されているのはデメテルである。その他にも、商売の女神のメーコリウス、戦の神のマース、知識・魔法の女神のミネルバ、鍛冶の神のウルカヌス、そして航海の神のネレウスなどである。
「港町ですがネレウス様ではないのですね」
「そうだな。やはりこの街もナンティア王国ということかな」
神殿の方の建物に入り、シスター達への引き合わせを受ける。
「私はフローラ、そして彼女はビアンです。これからよろしくお願いしますね」
「はい、ルナリーナと申します。どうぞよろしくお願いします」
背が高く高齢の方がフローラ、そして若くてきれいな方がビアンである。
「随分と上等な服を着ていますが、ここではすぐに汚れてしまいますし、目立ちますね。他の孤児達と引き合わせる前に着替えた方が良いですね」
孤児院で皆が着るような服に着替えることになるようである。確かに悪目立ちするよりありがたい配慮である。
「では。そうだ、こちらを預かっていた。何かの折に使うが良い」
職員が別れ際に、ジョフレッド達から預かったという小さな布袋を手渡してくる。
中を覗くと金貨が1枚、銀貨が5枚入っていた。驚いて顔を上げたルナリーナに対し、職員は内緒にしておくように、という素振りをする。素直に頷くが、確かに孤児でこの金額を持っていることが周りに知られると面倒である。
商家の娘として早い段階に学んだ一つが、この国の貨幣制度である。この国の貨幣は銅貨、銀貨、金貨、魔銀(ミスリル)貨という円形硬貨であり紙幣はない。いずれも前世での1円玉ほどの大きさである。100銅貨が1銀貨、100銀貨が1金貨、100金貨が1魔銀貨である。銀貨、金貨には価値が半分の半円型の貨幣もある。
庶民の外食が数枚〜10枚程度の銅貨で、普通の職人日当が半銀貨〜1銀貨なので、銅貨が100円、銀貨が1万円、金貨が100万円、魔銀貨が1億円ぐらいであろう。
異世界らしいものとして有名なオリハルコンと並ぶミスリルの単語に興奮するルナリーナであるが、105万円相当をポンとくれたジョフレッド達に感謝する。王女が海賊に捕まった醜聞への口止め料込みだと理解しつつ。
月光と漁火 かず@神戸トア @kazutor
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