第2話 月光と漁火
ルナリーナが目を覚ますと、そこは砂浜であった。
「ルナ、大丈夫か?」
捕虜になっていた青年、ジョンが覗きこんでいる。
腹部にナイフが刺さったことを思い出しその場所を見てみると、もちろんナイフはないが傷痕も何も残っていない。貫頭衣(かんとうい)に血の跡があり穴も空いているので、ナイフが刺さったことは幻ではないはずである。
「傷はポーションで治してある。イグ様をかばってくれてありがとう」
海賊達の戦利品に、傷をすぐに治せる魔法回復薬(ポーション)があったことは認識しているが、奴隷の自分達に使って貰えるわけもなく、その効果を見る機会はなかった。
オタク女子だった前世記憶からその魔法回復が作用する様を直に見ることをできなかったことを残念がる思考が湧くことに自ら驚く。
先ほど前世記憶がよみがえったがすぐに意識を失ったので、今まさに自分のなかで前世記憶と今世のルナリーナの記憶のすり合わせを行なっている最中である。さらには両親の仇を改めて認識し、両親が死んだことで封印されていた子供時代の記憶もよみがえっている。
その呆然(ぼうぜん)とした様子は他人から見ると、親しかったテオドールを亡くしたこと、海賊から救出されたこと、ナイフが刺さり死にかけたことなどの失意と混乱のためと思われたようで、そっとして貰っている。
もちろんルナリーナはそれらの失意等もあるが、前世記憶のこともありさらなる混乱の最中であった。
「ルナ、テオドールのことは残念だったと思う。だが、いつまでもこの島に居るわけにも行かないだろう。最寄りの港町まで送るから、船に乗らないか?」
ジョンがやさしく話しかけてくれるので、彼に従って小船に乗り沖合に停泊中の大きな船に乗り込む。自身が海賊に襲われたときの両親の商船もこの世界ではそれなりに大きな船と思っていたが、この船に比べると小さく感じる。
途中で気がついていたが、小船も本船も金属鎧による兵士達ばかりであり、軍船に連れて来られたのだと認識する。
「ルナ、もう大丈夫?」
まがりなりにも個室であったルナリーナの部屋に、ジョンとカジを伴ったイグが入って来る。
「え?」
捕虜であったときには男の子の服装であったイグが、華やかなドレスを着て髪を整えて唇にはうっすら紅を塗った姿で現れたのである。
「あらためてお礼を申し上げる。こちらは、ナンティア王国の第3王女、イグナシアナ・アリアナ・ナンティア殿下である。我々はジョフレッドとカジミアン。護衛として不甲斐ないばかりであったが、海賊の捕虜の間の世話、そして最後のナイフ投擲に対しても身を挺(てい)して殿下をお守り頂いたこと、大変感謝している」
ジョンと名乗っていたジョフレッドが説明し、カジミアンと2人が頭を下げる。
前世を含めて王族などには縁がないルナリーナは言葉をなくしていたが、ふと我に返り、床にひざまずいて頭を下げる。
「とんでもありません。今までの失礼な行動、どうかお許しくださいませ」
「海賊に身元や性別がばれないためにもルナの行動の方が良かったんだよ。それにふさいでいたイグナシアナ殿下のためにも」
「そうですよ。ルナの言動のおかげで、あの硬い黒パンも食べることができるようになりましたし」
きっと笑いながら話しかけてくれているのは理解しても頭はあげられない。
「ルナ、そろそろ頭をあげてくれないかしら。それにルナって本当に良い名前よね。覚えているかしら?牢屋での会話」
「あ!忘れてくださいませ。イグというのは大変素晴らしいお名前です!」
「いいえ。それに国民がソラーニャお姉様の名前ぐらいしか知らないのも仕方ないことですわ」
「殿下、ルナも悪気があったわけでは。記憶喪失ですし、あのときは男の子の服装でしたから余計に」
「いや、ルナもはっきり言っていたよな。第1王女であるソラーニャ王女殿下は名前の通り太陽のようであると。それに比べてイグが火から来た名前というならば、せいぜい窓から見える漁火(いさりび)みたいなものだろうと。確かに赤毛で琥珀色の瞳ではあるが、と」
せっかくジョンことジョフレッドがとりなそうとしたところにカジことカジミアンがぶり返させる。
「それは私が、太陽の王女様と比較するなら、ルナって名前でも月なんてなれない。せいぜい窓からもこぼれる月光程度でしょう、って憎まれ口を叩いたから」
イグナシアナがフォローをしてくれるが、不敬罪の重さが想像つかない。現代日本と違い、封建社会では陰口だけでも打首になるのではないか……
「二人とも、そのくらいにしておきましょう。ルナが動けなくなっているわ」
「ルナ、からかって悪かった。牢屋のときの軽口に戻って欲しかったのだが」
記憶を取り戻す前の自分ならば、確かに軽口に戻れたかもしれないと思いつつ、頭を下げたままのルナリーナ。
「しょうがないわね。着替えをそこに置いていくわね。お湯の桶と布もすぐに持って来させるからさっぱりしてから着替えてね」
イグナシアナの言葉は耳に入るが、咀嚼(そしゃく)できないままである。
足音で3人が出て行ったのを知ってから頭を上げると、ドレスほどではないがこの世界では王侯貴族しか着られないと思われる服がベッドに置かれている。サンダルも、今まで履いていたのは前世でのいわゆる“便所サンダル”形状の超劣化版であったのだが、そこにはデパートで販売しているようなお洒落なものが用意されていた。
その後にノックと共に運び込まれたお湯で体をキレイに拭いてから着てみる。
『今更だけれど、海賊の奴隷のときに前世記憶が無くて良かったわ。あんな不潔な生活でこんな貫頭衣、我慢できなかったでしょうから。でも、この服は上等すぎるし。一般市民の子供服なんて軍船にはないのでしょうから贅沢も言えないけれど』
1人になり少しずつ冷静になるルナリーナ。
港町への移動の間、イグナシアナから食事を一緒にと誘われるが何とか断ることで、与えられた個室にて1人で食べることができた。船上ということもあってか、あまりに豪勢ではなかったが、海賊奴隷だったときに比べると天と地ほどの差がある、普通の食事にありつけたことに感謝する。
『でも黒パンなのね。小麦ではなくライ麦で作られた硬いパン。創作物でしか知らなかったけれど、スープにひたして食べたら良いのね』
少しずつオタク女子の思考が出てくる。
『私、たぶんあの包丁で刺されて死んだのよね。でも異世界転生なのに、白い部屋で神様や天使様とも会話していないわね。それに、ステータス!やはり出て来ないわね。この世界のみんなの会話にも、レベル、スキル、ステータス、ジョブ、加護などの単語も無かったし。そういう世界なのね。でも、魔法は一部の人が使えるのが救いね』
『って、救いって何よ。そんな落ち着いていて良いのかしら。これからどうすれば良いのよ。前世記憶のことなんて言って飼い殺しにされても困るし。ジョンは王都に連れていくのではなく近くの港町に連れていくと言っていたわね。その後はどうなるのかしら。両親は海賊に殺されたし、身寄りは居ないはずだから孤児院かしら』
『まだ10歳だから、成人まで5年もあるし。ルナが海賊に捕まるまでの記憶でも、ちょうど今ぐらいからは見習い修行の時期よね。せっかく剣と魔法の世界に来たのなら、魔法を学べるところでないと……』
安全が確保されて時間ができたので、オタク女子の思考は止まることを知らない。
『あの兵士達が手にしていたのは長剣(ロングソード)と盾(ヒーターシールド)よね。着込んでいた金属鎧はフルプレートアーマーかしら。いえ、ハーフプレートアーマーよね……』
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