月光と漁火
かず@神戸トア
オタク女子が転生?
第1話 海賊の奴隷
「逃すか!」
救援に来た武装兵士3人、捕虜になっていた3人とルナリーナの行く手に、海賊数人が立ちふさがる。
「これでも喰らいな」
と、捕虜になっていた子供に向けてナイフが投擲される。
「危ない!」
狙われた子供を突き倒すが、代わりに自分の腹部にナイフが刺さる。
「って、あれ?こんなことが前にも」
意識を失いながら、前世記憶を思い出していくルナリーナ。
◆◆◆
時は10日ほど前に遡(さかのぼ)る。
「おい、お前。さっき捕まえて来た奴らに食事を持って行け」
「だから、私にはルナリーナって名前があるって言っているでしょう!」
「うるさい、言われた通りにしろ」
ここは通常の航路からは離れた場所にある孤島。遠目には木々が生い茂った小さな島であるが、1箇所だけある大きな岩場の隙間をすり抜けると入江になっている。
まさに海賊の隠れ家に相応しい島である。
「まったく、ルナは。素直に従っていれば良いのに」
「テオじい。だってアイツら……」
「だって、はダメだって。ほら、じっとして」
≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。僕(しもべ)たるテオドールの願いをお聞きください。この哀れなる少女の怪我を治したまえ≫
先ほど殴られて赤くなった少女の頬(ほお)に向けて、老人が短い木の杖(ワンド)を差し出して呟くと、その声に合わせて黄色い円形の魔法陣が杖の先に浮かぶ。
≪治(sanare)≫
老人の最後の呟きに合わせて円陣が消えるのと同時に、少女の頬も綺麗に治っている。
「流石はテオじいの回復魔法!もう痛くないわ。ありがとう」
「礼は良いから、指示された仕事を早く片付けておいで」
「アンタらが新しく捕まった捕虜かい?ほら、ご飯だよ。早く食べてくれると片付けが早く終われるからありがたいんだけどな」
「なんだと、失礼な子供だな。は、アイツらの血を引く子供ならば仕方ないか」
「うるさいわね。アイツらの子供なんかじゃないわよ。さらわれただけよ。でも生きていくには従うしかないのよ。ほら、あんた達も捕虜らしく。おや、そっちにも子供がいるんだね。その格好は男の子かい?」
「イグ様。下賎な食事ですが、体力を維持するために召し上がってください。ほら、私が先に食べても大丈夫でしたから」
「毒味なんてしなくても、せっかくの捕虜をわざわざ殺したりしないわよ。身代金も貰わずに」
青年と呼ぶぐらいの若い男性が2人と、イグと呼ばれた、ルナリーナと同じぐらいの歳の子供が格子の向こう側に居る。
差し出された硬い黒いパンと具のほとんど無いスープに顔をひそめているだけであった子供も、
「はぁ、早く食べてくれないとまた殴られるんだから」
という少女の言葉が響いたのか、少し口にするがすぐに手が止まりポロポロと泣き出す。
「まったく、男の子なんだろう?そんな簡単に泣くんじゃないよ。そのスープには具が入っているだけ私のより上等なんだから」
少女の言葉を受けてさらに涙が止まらなくなったのか、食事どころではなくなり、護衛と思われる青年2人に睨まれる。
「後で取りにくるから、それまでに食べておいてよ」
居心地が悪くなり逃げ出してしまうルナリーナ。
それから数日、ルナリーナが捕虜に対して食事の世話係を続けるうちに、少しは会話をするようになるが、その相手は青年2人だけであった。主に話す優男の方がジョン、厳つい体格の方がカジという名らしい。
「ほぉ、ルナはルナリーナというのか。確かにこの名札は安物では無いようだが」
「テオじいが言うには、襲った商船から身代金を見込んで連れて来たらしいのよね。この名札にも首から下げる綺麗な紐があったり、他にも立派な装飾の短剣があったりしたのに、海賊の副頭領が奪ったみたい」
「らしい、とか、みたいって」
「そうなの。記憶が無いの。テオじいは、両親が殺されたショックで記憶が無くなったんじゃないかって」
「そうか……」
「で、身代金を要求する相手も分からないけれど、雑用をする奴隷として生かされているのよ。子供の服なんてないから、適当な布しか貰えないけれどね」
確かにルナリーナは貫頭衣(かんとうい)のように、1枚の布の中央の穴から頭を出して腰を紐で縛る粗末な服装であり、足元も雑に編まれたサンダルのようなものであった。
銀髪碧眼の整った顔をした少女だが、髪はボサボサのまま肩辺りで雑に切られただけであり顔や身体中も薄汚れて、さらに栄養不足で痩せ細っている。
「お前も遊んでばかりいないで、あのじじいを手伝え!」
「分かっているわよ」
岩場の中にある洞窟を基にした海賊の拠点。海水に近いジメジメしたところに、捕虜達の牢屋だけでなくテオドールとルナリーナの奴隷部屋が割り振られている。
「さぁ、ルナも頑張ろうか」
「これやると、すごく疲れるから嫌なのよね」
作業台にしている岩の上には、大人の親指の爪ほどの大きさの無色透明な綺麗な石が3つ並んでいる。その横には赤紫色の石も2つ並んでいる。
テオドールが無色透明な方の石を1つ取り上げて、右手で握り込みしばらく集中して手を開くと赤紫色になっている。
「ほら、こういう魔力操作をできるようになると、そのうち魔法を覚えられると思って頑張って」
「この魔石っていうのに魔力を補充しても、それを使う魔道具はアイツらしか使えないのに?」
「そう言わないで。この水の少ない孤島での飲み水、調理のための火、夜の灯りなどにも使っているんだから」
ルナリーナはぶつぶつと文句を呟きながら、無色透明な石を右手で握り込み、目をつぶって集中する。休憩で手を開いても、テオドールのより薄い赤紫色である。それから何度も繰り返して集中することで、ようやくテオドールと同じ程度の色になる。
「ほぉ、そのテオドールというご老人は回復魔法を使えるだけでなく、魔石に魔力補充もできるのか。海賊に捕まる前には何をされていたのかな」
「テオじいは自分のことを話さないからね。でも、私が捕まるずっと前から居たみたい。足が悪いから簡単には逃げ出せないって。あと、歩きまわる仕事は私がすることになったから、今は楽になったらしいわ」
「それで、食事を持って来てくれるのはいつもルナなんだね」
「そうよ。せっかく私が持って来ているんだからイグもしっかり食べなさいよ」
少し痩せた感じの捕虜達だが、イグも含めて軽口のやり取りができるようになって来た。
「あれは!やっと来たか」
子供も通れない程度の岩の隙間から海が見える牢屋。夜になっても灯りを使わせない用途の場所だから、島の外に灯りが漏れて海賊拠点の存在がばれる心配もなかったが、逆に島の近くに船が集まっていることに気づくことができた。
格子のこちら側にいるルナリーナから窓の外は見えないが、カジの発言の感じでは、この捕虜達の救援部隊と思っているのだろう。
「テオじい、船が来ているみたいよ」
ルナリーナは近くの奴隷部屋に戻りテオドールに伝えつつ、窓から外を見る。確かに見える範囲で大きな船が2隻、そこから何艘もの小船がこちらに向かって来ているのが見える。夜ではあるが、月明かりがそれなりにあるのと小船に乗った者が松明を掲げているので、海賊の仲間ではなさそうな装備であることだけは分かる。
「騒々しくなったから、海賊達も気づいたんだろう。これはなかなかの規模だな。あの捕虜達、もしかするとかなりな家なのかも」
ルナリーナに替わって窓から外を見たテオドールがつぶやく。
「巻き込まれないように、この端の方で隠れているんだよ」
海賊達も奴隷のことをかまっている余裕はないようで、誰もこっちに来ないと思いながらじっとしている。そのうちに上陸した敵が攻め込んで来たのか怒声や金属製の武器がぶつかりあう音が聞こえてくる。
震えるルナリーナを、テオドールが大人の身体で抱きしめる。
「ルナ、大丈夫だよ。おとなしくじっとしておくんだよ」
そのうちお揃いの金属鎧を着込んだ兵士と思われる男達が3人、抜き身の長剣(ロングソード)を右手に、逆三角形のような盾(ヒーターシールド)を左手に、通路を走り込んで来る。
「おい、お前達。最近捕まった方々はどこにいる?」
「あ、あちらです」
「よし、お前も来い!」
テオドールが声のする方に振り返りつつ、牢屋の方向を示したのだが、強引な命令を受けてしまう。足が悪いので引きずるような歩き方をして兵士に近づく。
「お前は足が悪いのか。ならば、そっちの子供。お前が案内しろ」
「いえ、この子は。ご案内は私が」
「何も取って食うというわけではない。海賊から守ってやるから」
「お前の言い方が悪いんだよ。ごめんな。怖がらせて。おじさん達、捕まっている人を助けたいんだ。場所を教えておくれ」
兵士の1人がしゃがみ込みながら話しかけてくる。
「イグナシアナ様!ご無事で!」
牢屋の格子についている鍵は入手していなかったようで、南京錠を剣や盾で攻撃し強引に壊して捕虜達を助け出す兵士達。
「ルナ、お前もついておいで」
ジョンに言われ、兵士3人を先頭にカジとジョンとイグの3人、そしてテオドールとルナリーナの2人の順で通路を上に進む。
「今、海賊どもを制圧中です。急ぎ安全な船の方へ。あちらから上陸しましたので」
海賊達が海賊船を停めている入江の方ではなく、崖の方へ進むように別の兵士が声をかけてくる。
「分かった。先に行くぞ」
カジ達は兵士達より立場が上のようで、ある兵士が差し出した長剣を持ちながら進む。
「ちくしょう!」
途中で遭遇した海賊数人を兵士とカジ達が切り伏せ、通り過ぎようとしたところ、まだ息があった海賊が幅広剣(ブロードソード)を振りかざして切り込んでくる。最後尾にいたテオドールが、すぐ前にいたルナリーナをかばい両手を広げる。
「テオじい!」
斬られたテオドールが足の悪さもあってふらついて剣を持つ海賊に倒れかかる。
「邪魔なんだよ!」
振り払われた勢いそのまま切り立った崖下に落ちていくテオドール。
「テオじい!」
ルナリーナがしゃがみ込んで崖下を覗き込むが、月明かりで分かるのは下の方で波が崖に打ちつけていることだけであった。
海賊にとどめをさしたジョンが泣きじゃくるルナリーナを抱きかかえて進む。
「もう自分で歩ける」
少し進んだところでジョンにつげて下ろして貰い、最後尾でついて行くルナリーナ。
「逃すか!」
先ほどより良い服装の海賊数人が行く手に立ちふさがる。
「私の短剣!」
「奴隷のお前まで逃げて来たのか。そうだ、お前の両親は商才はあっても人を見る目がなかったようだな。潜り込んだこいつのことを見抜けなかったようだからな」
「まったくその通りでございますよ。ルナリーナお嬢様。ぎゃははは」
「お前達、最低ね……」
ルナリーナが怒りに言葉をなくした代わりにイグが非難する。
「イグ様、危ないのでお下がりください!」
カジが注意しながら前に出ようとするのと同時に、ルナリーナ自身も副頭領ジョスランに文句を言うために前に出ようとしたところで、
「は、ガキが偉そうに。これでも喰らいな」
と、イグに向けてナイフが投擲される。
「危ない!」
イグを突き倒すが、代わりに自分の腹部にナイフが刺さったルナリーナ。
「って、あれ?こんなことが前にも」
自分はこことは違う世界で、異世界同好会に所属する女子大生だった。オタク女子の仲間と街で買い物をしていたときに、通り魔のような男に包丁で腹部を刺されたことを思い出しながら意識を失っていく。
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