第2話 E3班の歩調

 SCORE(Soldier Capability and Operational Resource Enroll)。


 説明書に描かれたカプセル型のデバイス。私の胸に埋め込まれたものと同じソレを眺めながら、連れてこられた偽装軍事基地――第42基地の廊下を歩いていた。


 偵察機を警戒した42基地の外観は林間学校のようになっており、私たち徴兵組には学生服が配られた。


 徴兵組はここで二週間、軍規の勉強や銃の手入れについて学び、これから命を預ける班の仲間と暮らすらしい。


 「E3……ここかな?」


 配られた鍵に書かれた番号のドア。私が背中を預け、預かる人たちがこの先に居る。


 ゴクリと喉を鳴らし、息を呑む。


 このドアの向こうに居るのは同じ徴兵組とは言え、肉体的な年は当然上で、力も体力もある人たちで、孤児とは比べるまでも無い地位の大人だろう。


 そんな所でやっていけるか?


 不安が胸を締め付け、ドアノブを握る手が震える……だが、行くしか無い。


 意を決してドアを開ける。


 部屋の中はとても簡素で、左右の壁に沿うように置かれた二段ベッドに、引き出しの付いた小さな机だけがある。


 とは言え、起きて寝るだけの機能は十分。


 ベッドの上には談笑している男が二人。下段には無表情で本を読んでいる男が一人、腰かけていた。


 「ん? おお!」

 「どうし……はぁ?」


 上のベッドに座る男の一人が驚いた声を上げ、その向かいに座る男がハズレくじを引いたような声を漏らす。


 歓迎はされていない。だが、そんなことは予想通り。


 重要なのは「使える子供」というレッテルを得る事。何があっても、堂々としなければならない。


 前世の記憶を呼び起こす。滑り止めの高校、楽勝で受かる大学の面接を受けるように頭を下げ、大きすぎない余裕ある声で……。


 「よろしくお願――」

 「マジかよー!」


 この年の子供では出来ない完璧な挨拶。自信を持ってそう言える私の言葉は、ハズレくじを引いたような男の声に遮られる。


 失望したような声。


 正直、歓迎されないとは分かっていても、ここまであからさまに残念がられるとは思わなかった。


 しかし、その声の意味は、彼の向かいに座る男によって変えられる。


 「やーいやーい。俺の勝ち!」


 私に向けられたと思っていたマイナスの感情を煽る男。普通なら、一緒になって残念がるか、決まったものは仕方ないと切り替える筈なのに……。


 困惑している私に向けて、勝ち誇っていた男が親指を立てる。


 「ナーイス! あ、そのベッド空いてるから」


 調子のいい男の斜め下。下段のベッドに腰掛けると、上の方から何かを数える声と、紙をめくる音が聞こえてきた。


 なるほど、賭け事か。


 「どんな賭けを?」

 「ああ、最後のメンバーが男か女でな。おかげで儲けた!」


 紙幣を何枚か受け取った男が、ニヤニヤしながら身を乗り出す。


 予想とは違う。だが、この状況は喜ぶべき事かも知れない。






 「それじゃ、全員揃ったところで自己紹介でもしますかね。俺はアルフレート・ボルクスキー。アルって呼んでくれ」


 金を仕舞い、二段ベッドから飛び降りた調子の良い男が、本を読む男の横にドカリと座って名乗り出る。


 読書を邪魔され、小さく溜息を吐く男を無視しながら、アルは上の男に手招きした。


 一呼吸置き、備え付けの梯子を滑るように降りてきた男が、そのままの勢いで踏み残に尻を乗せて口を開く。


 「アルの弟で、ブライアノフだ。ライで頼む」


 足を組みながら男が名乗る。その顔はアルとそっくりで、多分双子なのだろう。賭け事に負けて金を巻き上げられていたが、その失望は既に無くなっていた。


 年齢順に行けば、次の自己紹介は本を読んでいる男だろうが、全く名乗ろうともせずページを捲っている。


 「あー、君の名前は?」

 「はい。ヴェレーナ・メドヴェーデワです。よろしくお願いします」


 アルに促され、用意していた名乗りをようやく言う。すると、兄弟二人が真顔になってお互いに顔を向けた。


 気まずい。今考えれば、向こうが気さくにやってくれたのだから、私もそれに乗って軽く名乗るべきだったのかも知れない。


 とは言え、年齢的に軽くやりすぎるのも年相応に見られてしまう。予定通り、年不相応だが、現実的な大人びた子供の位置に収まりたかったが……難しいな。


 だが、そんな硬い挨拶をしてしまった私の心情を察してか、二人はニヤニヤとした表情を作る。


 「……なぁアル」

 「ああ、礼儀で負けたわぁ」


 表情筋の成せる業か。一瞬だけ大げさに悲しい顔を作って見せたアルが、私の方に手を伸ばす。


 「よろしくな」

 「……はい!」


 彼の手を取り、私も出来る限りの笑顔を作る。転生してから表情を変える事が乏しかった所為か、久しぶりの笑顔はぎこちない。


 しかし、二人からは好評だった。


 一連の和やかムードが収まったところで、ようやく最後の男が本を閉じ、面倒くさそうに口を開く。


 「ヴァリス……」


 誰の目も見ず、短くそう言う男にムードメーカーの二人は拍子抜けと言わんばかりに、ポカンと口を開けていた。






 アル、ライの二人は18歳で、ヴァリスは21歳だと言う。班のリーダーを年齢とジャンケンで決めようとした時にそれが判明し、急遽話し合いに変更した。


 結局、アルが班長でライが副長という、納得な位置付けに終わる。


 確認に来た教官は驚いていたが、満場一致の結果だと話すと、ヴァリスを微妙な目で眺めて納得した。


 勤勉なのか不真面目なのか、軍規についての本を熟読するばかりで、碌に挨拶もしないのだから。


 そんな個性的なメンバーが集まったE3班。奇跡的に、チームの雰囲気はそこまで悪くない。兄弟は仲良くやってるし、私は二人に可愛がられている。


 孤高を極めてそうなヴァリスも、軍規についての解説や銃の整備など、実用的な場面で活躍してくれる事が判明し、頼りになる無口な兄貴の立ち位置に落ち着いた。






 SCOREデバイスの傷が塞がってきた数日後。


 初めての銃器訓練では、班ごとに競い合うような雰囲気があった。アルとライは終始楽しそうに笑いながら銃を扱い、一方でヴァリスは相変わらず無表情で、黙々と的を撃ち抜いていた。


 彼の正確な射撃を見た教官が感心の声を上げると、アルが冗談交じりに「俺たちの班、優勝だな」と笑い、場を和ませる。


 私の方はどうだったかというと――酷いものだった。重さで手が震え、矯正の無い視界はぼやけて、全く的に当たらない。


 射撃が上手いヴァリスやライにアドバイスを貰っても、結果はあまり変わらなかった。センスが同行よりも、根本的な肉体能力の限界だろう。


 しかし、そうだと分かってしまえば諦めもつく。


 彼らが射撃訓練をする間、私は走り込みや筋トレを主に体を作る。自分が敵を倒せないなら、倒せる人の負担を減らすくらいは当然するべき。


 二週間の終わりが近づく夜、アルが神妙な面持ちで話しかけてきた。


 「なぁ、ヴェレーナ。お前、意外と根性あるよな」

 「え?」

 「最初はただのガキだと思ってたけど、違うなって思ってさ。何というか、お前が班に来てくれてよかったよ」


 上のベッドに上がっていたライも「良くやってるよ」と、声を掛ける。


 「あんたも、そう思うだろ?」


 ライに意見を求められたヴァリスも、珍しく小さく頷いた。


 「……悪くはない」






 そんなこんなで二週間。軍服を配られた私たちは、最後になるかもしれない平和な夜を命じられた。


 「と言っても、何するよ? トランプしかないぞ」

 

 アルが冗談交じりに言いながらトランプをテーブルに放り出す。軽快な声とは裏腹に、どこか浮かない感情を浮かべている。


 今夜で、この偽装基地での生活は終わり。


 「トランプか……まあ、暇つぶしにはなるか」


 ライが腕を組んでベッドにもたれかかり、ちらりと私たちを見渡す。表層は軽い調子を取り繕うアルとは対照的に、ライの視線には、あからさまな緊張が宿っていた。


 「どうせなら賭け事でもするか? 勝ったやつは“誰かに何かお願いできる”とかどうだ?」


 アルが提案すると、ライは鼻で笑う。


 「お前がそんな提案するってことは、また金を巻き上げるつもりなんだろう? 亡者めが!」

 「バレたか!」


 アルが茶化すように笑うと、部屋全体に微かな安堵の空気が広がる。この二週間、兄弟の明るさには何度も救われた。戦場へ向かうという重圧の中で、こうして少しでも平静を保てるのは、アルとライの掛け合いのお陰かも知れない。


 「パスだ」


 ヴァリスが一言だけ呟いて、再び本を開く。いつものように無関心を装っているが、その手がほんの少しだけ震えているように見えるのは気のせいだろう。


 「お前はどうする?」


 アルがこちらに目を向ける。私は少し考え、答えを出した。


 楽しめる内は、楽しむべき。


 「やりましょう。どうせなら、勝ち逃げして終わりたいです」


 その一言に、アルとライが顔を見合わせ、声を上げて笑う。


 「はっは、頼もしいねぇ! よし、決まりだ。大富豪で、勝者が敗者に一つリクエスト権だ」

 「ただし、現実的な範囲でな」


 ライが条件を付け加えると、アルが大げさに肩をすくめる。


 「分かってるよ。無茶は言わないさ」


 私はそのやり取りを聞きながら、アルの言葉の裏に隠された恐れと悲しみを感じ取っていた。皆少しでも「普通の日常」を演じようとしているのだろう。


 「じゃあ、やろうか」


 アルがカードを切りながら、無邪気な笑顔を見せる。その笑顔を見て、私も無力な心を決めた。


 これから来る未来がどんなに厳しいものであっても、この班全員で生き延びる。


 そう胸に誓いながら、私はカードに手を伸ばす。

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