DeathTiny"COUNT"-死踏みのヴェレーナ-
博露LT
第1話 運命が生まれた日
ルスヴィア帝国は、現存する国家において最も広大な領土を有する大国である。
帝国の起源は、中央大陸北部における複数の小国を統一した『天宣の君主』ノヴァノフ大帝(新英歴721年)にまで遡る。
彼の治世において帝国は『力による統一』を掲げ、北方の部族や小国家を次々と併合。これにより、帝国の基盤が築かれた。
近年のルスヴィア帝国は天然資源に恵まれた国土を活かし、西方技術を利用した経済的な繁栄を遂げている。特に、中央から西南では豊富な鉱物資源や油田が発見され、帝国の財政基盤や製造技術を大きく支えることとなった。
そして、この地から産出された希少鉱石『
パタンと歴史の本を閉じ、棚に戻す。しばらく文字を睨んでいた所為か、眉間に鈍い不快感が溜まっていた。
眼鏡でもあれば、もう少し長く読めるんだけどな。
そんな事を考えながら図書室を後にし、草臥れた木造の廊下を歩く。出来の悪いスリッパがささくれた木の板に引っかかるが、無いよりはマシ。
足元に気を付けながら廊下を進んでいると、ある場所から急にしっかりとした滑らかな石造りに変わった。
ここはルスヴィア正教の教会、帝国の誕生と共に築かれた由緒ある建物。仕切りのように設けられた分厚いカーテンを潜ると、空気も湿った古木のにおいではなく、ほのかに甘い香木の匂いに変わる。
「また、ここに来たのか?」
低く落ち着いた声に振り向くと、一人の神父が立っていた。年の割に背筋が伸びており、存在感は包み込むよう。
だが、圧迫感は無い。温かく、安心するようなものだ。
背中を彼の大きな手に押され、教会の中をゆっくりと歩く。
「……少し静かな場所が欲しくて。あの図書室は落ち着きますが、疲れるんです」
「そうか……ならここで少し祈るか? この教会は不思議と心が澄むと言うが……どうだろう?」
膝をついて目線を合わせた彼が、教会のステンドグラスを見せるように手を広げる。
そこには、神と思われる衣を羽織った男が、煌びやかな鎧に身を包んだ大帝ノヴァノフに祝福を与えている絵が描かれていた。
ステンドグラスの向こうからは日の光が柔らかく降り注ぎ、淡い七色の光が大帝の手に握られた剣に集まって輝く。
――神剣の儀。この絵はそう呼ばれている。
「見慣れてはいますが……落ち着きません」
私は視線を逸らさずに言う。この光景には、何か引き寄せられるような魅力があった。
ノヴァノフ大帝が『天宣の君主』と成るその瞬間は神聖な印象を受けるが、それと同時に、僅かな恐れも感じてしまう。
「大帝の時代に、この帝国は形を成した。だが、それが本当に神の意志だったのか……分からない」
神父はステンドグラスをじっと見つめながら語る。その声には、どこか深い憂いが滲んでいるように思えた。
「本にはそう書かれていましたが?」
私の問いに彼は大きく溜息を吐き、床のシミを眺めながら呟く。
「ノヴァノフは確かに偉大な方だ。だが、その偉業の影には、数え切れないほどの血が流れている。征服とはそういうものだ。人はそれを正当化するために『神の意志』という言葉を使ったのかもしれない」
その言葉に、私は少し戸惑う。
「帝国が今の繁栄を築いたのも、大帝の力です」
人間の歴史とはそういうもの。猿の時代から変わりなく、結論から言えば「気に食わない」の一言で種族ごと滅ぼすような連中だ。
それは地球でもない。この世界でも変わりなく、多くの書物に争いの跡が染みついている。
「そうだ。それは否定しない。だが、繁栄が全ての代償を正当化するわけではない」
彼はそう言いながら、少し首を横に振った。
「繁栄の力は――いや、いずれ分かる時が来る……さあ、長話をしてしまった。君がここに来たのは静かな時間を過ごすためだったのに、邪魔をしてすまないね」
そう言って彼は立ち上がり、教会の外へと歩き始めた。
しばらくその背中を見つめた後、再びステンドグラスを見上げる。その輝きが一瞬、私の胸の中にざらつくような感覚を生む。
新英歴914年。
私の12歳になる誕生日。教会の椅子の私は1人で、何を求めれば良いのだろうか。
平和だろうか、家族だろうか、友だろうか。
それを奪ったのは、あなただろうに……。
===
戦争。それは外交における最終手段であるとともに、現代人にとっては己が持つ残虐性を満たすための娯楽。ゲームとして楽しまれている。
画面に映るのは、鮮やかなグラフィックとリアルなサウンド。爆発音と銃撃音、敵の命が散る瞬間に伴う効果音。
それらは心地よい快感を与えるように計算し尽くされ、プレイヤーたちは現実を忘れて、ただスコアやランキングを追い求める。
私もそうだ。
狭い戦場、広い戦場を駆け巡り、どこの国の誰とも知れないプレイヤーたちを手に掛けた。
大型倉庫、高層ビル、砂漠や山岳、あらゆる場所で銃を構え、どうすれば自分のチームが有利になるのか戦術を学ぶ。
私はその戦場で何度も死に、それ以上に何度も命を奪ってきた。勝率が上がれば上がるほど、自分が強くなっていくのを感じる。
最高スコアの更新、勝利の味は格別だった。
現実との激しいギャップ。安全地帯から操る戦場と仲間たち。充実した毎日が、私の生きた世界にあった。
そして、新英歴902年2月1日。
私は全てを失った。生きた証も、培った常識も、認められた信頼も、仲の良い友人も、愛する家族も、性別すらも……。
残されたのは記憶だけ。
===
「ゆっくり息を吸ってください。落ち着いて……」
新英歴914年の夏。私は固い椅子に座らされ、吸引機で甘い煙を吸わされていた。
目の前には汚れた手術衣を着た男。その手には大型のインパクトドライバーのような工具が握られており、足元の箱には幾つもの金属板と長いネジ。
「始めろ」
「――あっぐ!?」
私の頭が力強く上に向けられ、天井に張り付けられた紙の文字を読むようにと命令される。
「ルス、ヴィア帝国……ようこそ? 軍隊、英雄、天宣の加護?」
ぼやける視界を凝らしながら天井の文字を読む。ただでさえ視力に自信がないのに、薬によって思考が飛ぶ。
「始めます」
濁る視界と音の中、鎖骨の間――それより少し下のところに冷たいものが当てられた。温かく朦朧とした私にとって、その冷たさは心地いい。
しかし、その心地良さは後に来る不快な音によって掻き消える。
チクリと、冷たくなった場所に何かが突き刺さり、ゆっくりと回る電動ドライバーの音が聞こえ始めた。
痛みは薄い……が、金属の螺旋が胸の肉を裂く生々しい音が響き、自分の中に異物が入る感覚は感じる。傷からは鉄臭い液体がどろりと零れ、硬い骨に食い込んでゆく。
それが三回。
上向きに固定されていた頭が解放され、私は脱力感から項垂れるように自身の胸に目をやる。
そこには、角を取ったようなダイヤモンドを思わせる形の金属板が張り付き、上部左右に二つ、下部に一つ、大きなネジで止められていた。
金属板の中央には、カプセル型のガラスケースのような物が埋め込まれており、透明な液体が揺れている。
「お疲れさまでした。そこの紙を取って――」
ドライバーを持った男の言葉をぼんやりと聞きながら、私はふらふらとした足取りで机に置かれた紙を取って歩く。
“SCOREデバイス説明書”
紙にはそう、書かれていた。
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