第2話
「この世界は遥か昔、闇に飲み込まれました」
教室内に響く声は、魔力で増幅された拡声によって、まるで空間そのものが震えるかのように響き渡る。講堂の広い空間に、エドワード・ルミニィスの声が深く響き、学び舎の生徒たちを引き込んでいく。
「空より舞い降りた『闇の竜』たちによって、我々の世界は滅びの淵に立たされていました」
彼の手が大きく広がり、空気中に描かれるように、暗黒の時代が思い起こされる。目の前の黒板には、灰色の空と荒れ果てた大地、巨大的な影をひるがえす竜の姿が浮かび上がり、まるでその時代の悪夢が今、現実となったかのようだ。
「その時、世界の終焉が目の前に迫ったその瞬間、五人の偉大なる始祖、大賢者たちがその姿を現したのです」
ルミニィスの顔には誇り高き感情がにじみ、彼は生徒たちに目を向ける。教室の中の空気が一層張り詰め、すべての目が彼の言葉に注がれる。黒板の魔法の筆跡が、賢者たちの名を記し、彼らの力強い姿が次々と描かれる。それはまるで、かつての英雄たちが再び生徒たちの前に立っているかのような感覚を呼び起こす。
アルカディア魔法学院の1-A組の教室。この日も、歴史の授業が生き生きと展開され、未来の魔法使いたちが、過去の偉大な力を胸に刻む瞬間だった。
「彼らは、空から降りてきた『闇の竜』たちに立ち向かうために、並外れた魔力と知識を駆使し、世界を救う方法を見出したのです」
その言葉は、教室の空気を一瞬で重く、そして緊迫したものに変えた。
教室の窓から差し込む柔らかな日差しが、エドワード先生の金色の髪を煌めかせ、その話す内容に一層の神秘と威厳を与えていた。生徒たちは皆、言葉を無駄にすることなく、先生の話に耳を傾けている。
「まず初めに、その『闇の竜』たちが何者であるかを理解する必要があります」
エドワード先生が黒板に向かって手をかざし、目を細めながら続けた。
「彼らはただの魔物ではありません。彼らの正体は、古代の魔法によって生み出された、闇のエネルギーそのもの。無限の破壊力を秘めたその力は、すべての魔法を無効化し、我々の世界を滅ぼすために降臨したのです」
その言葉に、生徒たちは息を呑んだ。まるで、その時代に生きたかのように、危機感がひしひしと伝わってくる。エドワード先生は、黒板に向かって手を動かし、続けて語った。
「しかし、5人の大賢者たちは、この恐るべき力に対抗する方法を見つけ出しました。それこそが、世界を再生させるための鍵となる魔法、『五つの契約』だったのです」
彼が黒板に描いた五つの象徴的なマークが、教室に一層の重みを与えた。
「最初の大賢者、アルディウス・グラヴィリウス。彼は時間を操る力を持っていました」
エドワード先生は少し沈黙を置き、彼の名前を呼ぶことでその存在に敬意を示すかのように語る。
「アルディウスは、過去と未来を繋げることで、戦局を有利に導いたのです。その力をどうして得たのか、どうして時間を操ることができたのかは、未だに解明されていませんが、彼の力無くして勝利はあり得なかったのです」
生徒たちはその言葉に静かに耳を傾け、アルディウスの神秘的な力について思いを巡らせていた。次に、エドワード先生は続けた。
「次に、シア・ヴァルコレイド。彼女は『光の魔法』の使い手で、その光は『闇の竜』に対抗する唯一の武器となったと言われています」
エドワード先生の声に、シアの名に込められた輝かしい使命が色濃く映し出される。
「シアの光がなければ、世界は完全に闇に飲み込まれていたかもしれません。彼女はまさに、その光で希望を照らしたのです」
「そして、サウル・アスタリオ。彼は物質の法則を操る力を持ち、『闇の竜』を封じ込めるために、最強の魔法障壁を作り出しました」
エドワード先生の声に力強さが加わる。
「その障壁は今もなお、世界各地に残り、我々を守り続けています」
その後、エドワード先生はラシア・デルフェリウスについて語った。
「四人目はラシア・デルフェリウス。彼女は『精神魔法』の使い手で、無数の思念を操り、『闇の竜』とその配下を幻惑しました。ラシアの策略によって、多くの竜たちは混乱し、連携を乱され、決定的な隙を突かれたのです」
そして、最後に彼が語ったのは、アルフォンス・ヴェルディス。「アルフォンス・ヴェルディス。彼は魔法の源である『エーテル』を完全に制御し、全ての魔力を引き寄せて、最終的に『闇の竜』を封印する呪文を唱えることができたのです。」
エドワード先生は静かに講義を進め、黒板に5人の名前とその象徴的な能力を記していった。生徒たちは、目を輝かせながらその一つ一つを注視し、心の中でその力を感じ取ろうとしていた。
「これら五つの力が一つとなったとき、ようやく『闇の竜』を打倒することができたのです」
エドワード先生がその言葉を告げると、教室に一瞬の静寂が訪れた。
「しかし、その勝利は決して簡単なものではありませんでした」
彼は少し間を置き、教室を見渡しながら言葉を続ける。
「その後、各大賢者は世界の均衡を保つために、自らの命を捧げることを決意しました。アルディウスは過度に時間を操り、その肉体は消え去り、シアはその光を放出し続け、永遠にその存在を失いました。サウル、ラシア、アルフォンスも、それぞれの力を使い果たして命を落としたのです」
その言葉が、教室をさらに重い空気で包み込む。
「彼らの犠牲によって、世界は再生され、我々の時代が続いているのです」
エドワード先生の言葉が静かに響き渡る中、教室は沈黙に包まれた。生徒たちは、今なお世界に影を落とす『闇の竜』の存在を感じながら、偉大なる賢者たちの壮絶な戦いとその犠牲に思いを馳せていた。
教室に静寂が広がり、エドワード先生はその静けさをしっかりと受け止めるように立っていた。彼の顔には、賢者たちの壮絶な戦いと、その身を捧げた犠牲の重さが色濃く刻まれていた。
生徒たちは誰一人として口を開けず、先生の言葉が放った余韻を胸に抱きながら、静かにその瞬間を共にしていた。だが、その沈黙の中にも、次の問いが芽生えつつあるのを感じさせる、微かな兆しが立ち上がっていた。
その時、教室の後方から一人、声が響いた。リリィ・アースフォードだ。彼女は、他の生徒たちが静まり返っている中で、小さな手を上げ、慎重に質問を口にした。
「それで、先生」
彼女の声は穏やかでありながら、どこか鋭さを含んでいた。
「それなら、いったい『闇の竜』は今、どこにいるのでしょうか?」
その言葉が教室を支配した静けさの中で、まるで雷のように響き渡る。リリィの問いかけは、生徒たちが抱えていた無言の疑問に触れたかのようだった。
エドワード先生は一瞬、目を伏せて考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げ、彼女の視線を受け止めながら答えを紡ぎ始めた。
「それは…非常に重要な問いです」彼の声は低く、深い思索を伴っていた。
「五人の大賢者たちは命を賭けて『闇の竜』たちを封印しました。しかし、彼らの死後も、その封印が完全に成し遂げられたわけではないのです」
教室の空気が一層引き締まる。生徒たちは息を呑み、先生の言葉に引き寄せられるように集中した。
「封印された『闇の竜』たちは、今もなお世界のどこかに眠っていると言われています。彼らの力は封じられ、今の我々にはその存在さえ感知できません。しかし、あの封印が完全ではなかったため、いつかその力が再び解き放たれるのではないかという恐れが、今もなお世界中で囁かれているのです」
その言葉の重みが、生徒たちの胸に重くのしかかる。リリィもその瞬間、何かが胸に込み上げるのを感じていた。エドワード先生はさらに続けた。その顔に浮かぶ深い哀しみと、どこか硬い決意が混じった表情に、生徒たちはしっかりと目を向けた。
「だからこそ、我々魔法使いには、その危険に備える責任があるのです」
先生の声は、今まで以上に強く、決然としていた。
「魔法学院で学ぶあなたたちが、もしも『闇の竜』が復活した時に立ち向かえる力を持てるよう、日々の修行が重要なのです」
教室内の空気が、瞬く間に張り詰める。生徒たちの顔には、今までの無邪気な好奇心が消え去り、真剣な表情が浮かんだ。その瞬間、過去の英雄たちが生きた時代と、今自分たちが生きる時代とが、まるで一つになったような感覚が教室に漂う。
「もちろん、今すぐに『闇の竜』が現れるわけではありません。」エドワード先生は、少しだけ穏やかな表情に戻りながらも、言葉を続けた。
「ですが、私たちの時代もまた、何らかの危機に直面する可能性があるのです。新たな賢者、勇者たちの力が求められる時が、来るかもしれません。その時に備えて、あなたたち一人ひとりがその力を身につけることが重要なのです」
教室内で、数名の生徒が互いに顔を見合わせ、決意を新たにするような微かな気配を感じ取る。それは、歴史の授業で知った過去の英雄たちが、今の自分たちに何かを託しているような、重い感覚だった。
エドワード先生は深く息を吸い込み、最後の言葉をゆっくりと紡いだ。
「そして、私たちには、賢者たちが残した『五つの契約』という力があります。もし、再びその力が解放されることがあれば、それを使いこなせるのは、私たち魔法使いだけなのです」
その言葉の後、教室にはしばらく静寂が続いた。まるで、時間が一瞬止まったかのような空気。やがて、エドワード先生の穏やかな声が再び響き渡る。
「今日はここまでです。授業の後、この話をさらに深く学びたい者は、私のオフィスに来なさい。どんな疑問にも答えますよ」
生徒たちはゆっくりと席を立ち始め、教室内に戻るべき日常の空気が少しずつ流れ出した。しかし、誰もがその空気の中で、どこか違うものを感じ取っていた。
『闇の竜』の復活の可能性、そしてそれに立ち向かうために自分たちに何ができるのか。その重みが、心の中に深く刻み込まれていた。
リリィもまた、その一人だった。彼女は席を立ちながら、エドワード先生の言葉をしっかりと心に刻み、ゆっくりと足を踏み出す。その足取りは、以前のように軽やかではなく、どこかしっかりとしたものに変わっていた。
「もし本当に、『闇の竜』が復活する時が来たら…私も、あの五人の大賢者たちのように、何かできることがあるのだろうか」
アルカディアの魔法書 @Aoki_Shin
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