第二章:てつはう

火花が伊勢参りに詣でた日の夜、志摩の屋敷の門をくぐる男たちがいた。

彼らは、遠く西の果てから駆けてきた、志摩の殿様の従者であった。

戦場で戦う殿様からの知らせに、火花たち身内はにわかに屋敷の一室に集められた。

「それで、お父様は今どのようなご様子なの」

他の兄弟たちをさしおいて、火花がいの一番に口火を切った。

居並ぶ家臣の目が火花に注がれる。

広い板敷の間には、今、火花を含めた殿の身内のほか、駆けてきた伝令、そして屋敷に仕える家臣たちが座していた。

ほの暗い部屋の中で、ところどころに立てられた燭台の小さな火が踊っており、その揺らめきにつられて壁に伸びた人の影がさきほどからゆらゆらと揺れている。

「まぁまぁ、そうあわてないの」

がばと身を乗り出す火花を、上座に座った母が制する。

「お父様の文にはね、『戦では大変な苦労をしているけれど、一族のことを思い、皆が張り切っている。誰も彼もが名をあげようと必死で、私もそれに負けじと奮闘している』とあります」

「へえ」

その場に集まった一同から嘆息がもれる。

文を広げたままの北の方は続ける。

「文にはこうあります。『戦場では、見慣れぬ「てつはう」という武器がもちいられている。それは一見真っ黒い鉄の玉なのだけれど、ひとたび地面に落ちると火を噴き、砕けた破片が四方に飛び散る。その衝撃と音で、馬たちが驚いてしまい落馬する者、多数。この見慣れぬ敵方の武器に、皆苦労している』とあります」

「てつはう…」

敵方の武器がさく裂する場面を懸命に想像する火花であったが、なにせ見たことがないのでなかなか像を結ばない。

「見てみとうございますね、母上」

「まぁ、なんてことを言うんでしょう、この娘は」

母は火花の言を聞き、あきれ顔である。

その場に集まった一同から、失笑が漏れる。

「火花は伊勢の境内で子供たちと戦ごっこしてるのよね」

すかさず姉が皆に告げ口をする。

「それがいけないのですか」

突如入った姉のちゃちゃに、火花は眉をつりあげて口をとがらせた。

「火花、お前も年頃なのですから、もっとおしとやかになさい」

姉妹のやりとりが過熱する前に制しに入った母にぴしゃりと言われ、火花は「はい」と、その場で小さく肩をすぼませた。

「文の最後には、『皆、私が留守の間、屋敷を頼んだぞ』とあります」

そう言うと、北の方はここで一同の顔をひとつずつ、確かめるように見渡した。

「よいですね、殿が帰られるまで、皆、一丸となって屋敷を守るのですよ」

彼女の一声に、誰からともなく、その場で深く頭を下げ、礼の形をとるのであった。

それにならう火花ではあったが、下げた顔の内ではらんらんとした目が光っていた。

その床下で、火花たちのやりとりに耳をすませる者がひとり。

それとは知らず、部屋の片隅では、相変わらず燭台の上の小さな火が、ゆらゆらと踊っているのであった。


翌日、火花はいつにもまして意気揚々と伊勢神宮へと参った。

「お父様が手柄を立てられるように、私が頑張らなくては」

というのが、火花の言である。

いつもと同じく、広い境内に牛車を止め、八郎を待たせ、ひとり長い階段を歩いてゆく。

一歩一歩、父の活躍を願いながら、一族の繁栄を願いながら、砂利道を踏みしめ歩いてゆく。

そうして本社の前にたどり着いたころには、肩で息をするほど汗ばんでいた。

垂れ下がっている鈴を大きく二度鳴らし、うやうやしく礼をとり、手を合わせる。

どうか、お父様が戦場で活躍し、無事に帰ってこられますように。

一族が、後の世にまで続きますように。

願い事は、いつも同じである。

しかし、この日はいつもと違うことが一つあった。

祈りをささげた後、本社前の短い階段を降りた火花に、声をかける者があったのだ。

「もし」

と呼びかけられ、火花は「はい」と口にした。

その男は、上品な衣をまとっており、見た限り一目で裕福な老爺と見受けられた。

「本日はお日柄も良く」

老爺は続ける。

「ええ、そうですね」

老爺が上空を見上げたので、つられて火花も上を見上げる。

そこには、抜けるような青空が広がっている。

「お嬢さんは、どちらからいらしたのかな」

そう言って視線を上空から火花に移した老爺は、人懐こい笑顔をつくって見せた。

思わず、火花の方まで笑顔になる。

「志摩から」

火花は思わず、正直に答えていた。

「ほう、私は相模から参りました」

老爺のその言に思わず火花は目を見開く。

「まぁ、ずいぶんと遠くから」

言われて老爺は笑う。

「ええまぁ。お嬢さんは、何を祈っておられたのかな」

「お父様のご活躍よ」

老爺は近くの日陰を指さし、火花をそちらへ案内する。

「ほう、お父上はどちらでご活躍されているのかな」

二人は大きな松の根本に据えてある岩の上に、そろって腰を掛けた。

「なんでも、西の果てで大きな戦が起こっているそうなの。お父様はそこへ出向いて戦っていらっしゃるの」

「なんと。儂の息子たちも同じ戦に出向いておるよ。なんでも『てつはう』と呼ばれる新手の武器に苦戦しているとかで」

老爺が言い終わらないうちに、火花は顔をぱあっと明るくし次を継いでいた。

「まぁ『てつはう』をご存じなのですね。一体どんな武器なのでしょうね」

『てつはう』の四文字を聞いた途端にはねて喜ぶ火花を前に、老爺は満面の笑みを向ける。

二人がそうして話に花を咲かせていると、そこへ男が近づいてきた。

「おお、どうした権助」

権助と呼ばれた男は、力老爺の世話を担当する伊勢神宮の従者である。

「いえいえ、何やら楽しそうなので、差し入れをと思いまして」

そう言うと権助は抱えていた笹竹の包みを開いた。

そこに現れたのは、二つの大きなお饅頭だった。

「おお、これを儂らに?」

力が目を細めて言う。

「どうぞ、お口に合うかは分かりませぬが」

「まぁ、おいしそう」

見ると火花は顔いっぱいに笑顔を作って饅頭に視線を落としている。

「おお、では、いただこうか」

力はそう言うと、饅頭に手を伸ばした。

「では、私も」

火花も後から手を伸ばす。

力と火花の指が、その時ふっと、触れ合った。

「いただきます」

大きな口を開けて饅頭にかぶりつく火花を前に、力はその触れた指先を、いとおしそうに感じ入るのだった。


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