2-4:若様は馬鹿じゃないです
サニーはそのまま商談したかったが、よく考えなくても大型馬車が門脇で立ち往生したままである。
心配した人が続々と集まってきた。
(馬車、どかさないと……)
『身体強化』で手伝おうとするも、素材屋は大きな手で制した。
「ご心配には及びません」
巨体の行商人は前にゆき、懐から革袋を取り出す。野次馬へにこりと微笑むと、袋の紐を緩め銀貨をつまんだ。
「お騒がせして失礼を! そこの君! これで荷車を一日貸してくれ! そこのあなた! これで、大工を呼んできてくれ! そこの少年! この駄賃で、荷物の積み替えを手伝っていかないか?」
あっという間に人を集めて、後輪が壊れた馬車からの荷下ろしを始めてしまう。
目を白黒させるサニーへ、素材屋はがっしりした肩をすくめた。
「時はカネなりってね。いつまでも通りを塞いでいるより、こうした方が早いでしょう」
素材屋本人は、馬車から特大のリュックサックを引っつかむ。
2メートル近い長身は大荷物でもびくともしない。まるでこの人自身が馬車代わりだ。
片付けていた若者が叫ぶ。
「兄貴! どこ行くんですかあ!?」
「早速、取引先にご挨拶だぁ! ここは、君と若いのに頼む!」
若いの――といっても、素材屋自身30前くらいに思われる。野性的な顔立ちだが、態度はとても丁寧だ。
壊れた馬車の周りでちょろちょろしていた子供達も、「いってらっしゃい」と可愛らしく手を振る。微笑ましくて、サニーも手を振り返してしまった。
「ここは彼らに任せます。ウチの馬車は後ろからもう2台来ますから、1台ダメになっても追々荷物は片付くでしょう」
確かに、壊れた馬車は空荷寸前で、後は隅に移動させるだけだろう。
素材屋はリタに微笑んだ。
「リタ殿。もしよろしければ、若様にお取次ぎを願えますかな?」
瞬時に侍女モードとなり、スカートをちょんとつまんで一礼する。
「かしこまりました。ただ、今からですと少し山を歩きますよ」
「もちろん。助手のお嬢さんも、商談は若様と一緒でよいですか?」
「は、はい!」
欲しいものを告げたものの、そもそも相場もわからない。
3人はアルバートの山小屋へ続く坂道を登った。草木の匂い、それに小川のせせらぎと木漏れ日が心地よい。サニーは、この道をすっかり好きになっていた。
「素材屋さん。さっき『兄貴』と呼ばれてましたけど、皆さん、ご家族なんですか?」
リタがぎょっとする中、素材屋が目を丸くして爆笑する。
「はっはっは! まさかまさか、あれは、俺の弟子ですよ」
サニーは印象を補正する。
(弟子……人は、家族以外とも行動を共にするのでしたね)
とすれば、彼らは『素材屋』を主人とする奉公人なのだろう。
「サニーさま」
リタがじとっと睨んでいて、サニーは口を結び目を逸らした。余計なこというな――電波でも音波でもない、目線による意思疎通である。
「ふふ、俺は各地で珍しい植物や、動物の素材を買い付けて、錬金術師に卸して回っているんです。もちろん、麦や塩なんかも運びますがね? 珍しい作物もありますので、後でご覧に入れましょう」
坂道で、何人かとすれ違う。
今日は山小屋で診察を行う日だ。つまり患者だと思われるが――
(ずいぶん、女性のお客様が多いですね? それに、元気そうな)
ご婦人から少女まで、みんな「今日もかっこよかった」ときゃあきゃあ言っていた。頬が赤らんでいる人も少なくない。
リタが半目になる。
「見た目が見た目なので、用のない女性まで集まるのですよねぇ……」
若様は一般的にいって美形らしい。
「美形をみると健康になるんでしょうか」
「……まぁ、そういう人もいるようですね」
「なるほど、だから診療を」
「本気にしないでくださいまし」
坂道の中ほどで女性客は途切れたから、午前のお客も一巡したのだろう。
山小屋へ到着しても、外に並んでいる人はいなかった。
「若様、お客様で――」
リタがノックをしようとしたところ、いきなりドアが開く。
「わっ」
素材屋の巨体が下がったせいで、サニーまで尻もちをつくところだった。
開いたドアから、女性が優雅に歩み出る。
「あら、ごめんなさい」
美人は、艷やかな唇で笑う。年頃は20才くらいで、アルバートと同じくらい、リタとサニーより少し上だ。
旅装だが、シャツからブーツに至るまで、細やかな刺繍がほどこされている。明るい緑色のマントがなびき、どこか高貴さを感じさせた。
続いて、男女が外に出てくる。こちらは旅装に革製の胴プロテクターを着けており、『護衛』という言葉も浮かんだ。
けれど、なによりサニーの目を引いたのは――女性の明るい茶髪、というか髪型。
「あなた方は診療ですか? わたくしの用は終わりましたので、お先にどうぞ」
動作ごとにゆさゆさ揺れる豊かな茶髪に、サニーは唖然とした。
(ドリル……? いえ、竜巻……!?)
ぐるんぐるんと見事にカールした髪型は、DNAの螺旋構造をも思わせ、物理の神秘を大いに感じさせる。
(きっときっと、探究心のあるお方なのですね!)
でなければ、ただまっすぐ整えるだけでも大変な調髪という作業で、こうも見事に巻くはずがなかった。
サニーは縦ロールを知らない。
慌ててリタが前に出る。
「もし、お客様でしょうか? ご案内もできず――」
「けっこうよ。わたくしが勝手にここを尋ねたのですもの」
上品な笑みに、サニーは圧倒されるまま呟いてしまった。
「どなた、なのでしょう……」
「ちょ、サニーさま!?」
慌てて囁くリタ。
「このお方、おそらく貴族の方です。こちら側からお尋ねするのは、マナー違反なんです……!」
あっと思ったが、出てしまった言葉は取り消せない。どうやら格式が上の方には、名乗りを待つのが礼儀らしい。
女性は肩を揺らし、茶髪をかきあげる。
「ふふ、わたくし、ベアトリスと申します。いくつかの事業を経営しておりまして、子爵令息にも個人的なご挨拶を」
リタが引き取る。
「若様に?」
「そう。わたくし、彼が王都にいた頃の、研究仲間です」
ふっと口元を歪めて山小屋を見やる。
「あれだけの才があったのに――ほんと、お馬鹿さんだわ」
ベアトリスの言い方は、真に馬鹿にしたものではなかった。呆れるような、出来の悪い弟を叱るような。
もっといえば、つい漏れ出た呟きといったところ。
ただ、彼女の後ろには護衛らしき男女がいる。こちらは芯から馬鹿にしたように――サニーでもわかるくらいはっきりと、せせら笑ったのだ。
「ふっ」
「へへっ」
サニーは首を傾げてしまう。
「アルバート様は――特に『馬鹿』ではないと思いますけど」
ぴしっと空気が軋む音がした。
たぶん。
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