1-9:失敗の意味
アルバートが屋敷で待っていると、午後、本当に雨が降ってきた。養子として義父の執務を手伝いながら、若き錬金術師は唸る。
(予報の力は、本物だ)
書類の端を揃えながら、義父へ言った。
「
「うん、サニー殿に呼ばれているのだったね。こちらは大丈夫だ、行ってきなさい。ああ、あと」
執務机から立ちあがって、義父ハロルド・クライン子爵は微笑んだ。
「彼女の境遇だが、アルバート、君に任せよう」
「私に?」
「気象に限らず、知識では子爵領で君が一番だ。ならばサニー殿が本物の転移者かどうか含めて、その処遇は君が決めなさい」
アルバートは口を結ぶ。
「……私を買っていただけるのは光栄です。しかし、本当に転移者だったら、領地にとって重大事です。そんな判断を」
「だから、さ。常識を知らず、人を信じやすく、力だけはある――そんな存在を公に知らせたら、搾取されるのは容易に想像がつくだろう」
胸が、塞いだ。
「――確かに都は、甘い場所ではありません」
「狭い屋敷だが、高度な魔法と有用な知恵を持つ客人をもてなすのは、わけもない。だから君が『その価値がある』と判断した場合、私も客人としてもてなそう」
ほっとする自分に、アルバートは驚く。いつの間に、そんなに彼女を心配していたのだろう。
「わかりました。彼女を領地に置いてよいか、見定めます」
「ふふ、まぁそう構えるな。言ったとおり、君が『使えない』と思っても、領地に余裕はあるし、きちんと暮らし向きは采配できるさ」
サニーを1階へ迎えにゆき、雨よけの外套を羽織る。サニーは『傘はないのですか』と不思議そうだったが、雪も降る領地では一般的な雨具はこのマントだ。
義弟のセシルは、いつも通り無言でついてくる。
「セシル、雨だ。屋敷で待った方がいい」
「――」
少年は、無言で見つめ返す。
心配なのかも知れない。
「わかった。誰か、子供用のマントを」
大型犬ロビンとリタに見送られて、アルバートは山小屋へ歩いた。坂道は湿った土と、草の匂いがする。
(――私は、失敗ばかりだと思っていた)
魔導銀を用いた、気象予報装置のことだ。
――アルバート様がしっかりとお作りになったので、この子はしっかりと働いています!
それは地道な仕事を褒められる喜びだった。
実験器具の作成は、アルバートが得意とするところ。器用だったのだ。
だが華々しい論文に比べると地味で、注目はされない。特に想定通り動かなければ、かけた資材も、労力も、ゴミになる。
彼女はその失敗を、失敗でないと言った。
(なぜか、彼女の言葉には説得力がある)
ジンコウエイセイ――仮にそんなものが出来上がるとすれば、おびただしい数の失敗が積み重なった後だろう。彼女の存在そのものが、異世界の、科学の歴史だ。
(私としたことが……すっかり信じているじゃないか)
思わず口が緩みそうになって、慌てて気を引き締める。
サニーは、隣を軽い足取りでひょいひょい歩いていった。
「元気だな、サニー」
「ええ! ご説明できるのが、楽しみです」
「――!」
マントの下で、豊かな金髪が揺れる。雨の中でさえ、その瞳も髪も輝いていた。
「失敗、か」
トラブルを起こし、『王立学会』から追い出された。出戻りのような形で領地に戻り、失敗を悔いていた。
しかし、と思う。
仮に失敗していなければ、故郷で学んだ技術が活かされることも、今この山道を登ることもなかったはずだ。
ふ、と笑みが浮かぶ。アルバートの優しげな微笑みは、もし令嬢が見ていれば胸を騒がせたことだろう。
悪くなかったんじゃないか――そう思うのは、気の迷いだろうか。
「アルバート様?」
「振り返るな。転ぶぞ」
「――♪」
セシルが微笑んで、サニーの後を追ってゆく。
(無害なのは、間違いなさそうだが……その知識は、どうか)
肩をすくめて、アルバートは山小屋への道を急ぐ。
サニーの気持ちが移ったのか、なんだか久しぶりに実験結果にワクワクした。
人工衛星サニーの冒険 ~転生した〝元〟気象衛星がお天気令嬢になるまで~ mafork(真安 一) @mafork
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