第38話 クスリ漬け教師、娘を売る

「パパの様子が、明らかにおかしい」

 高校生の大愛だいあでも分かるとなると、相当なものなのだろう。


 もうすぐ2学期が終わるのだが、まだ冬休みでもないのに学校に務めている様子が無い。警察もやっているチョークを使って駐停車しているかどうかを判別する方法をやってみたら、平日にも関わらずに車に乗っていない日が何日もあった。

 まさかとは思うが、本当のことを知らなくては。今日は土曜日。家にいるパパに声をかけた。




「パパ! お仕事はどうしたの? 学校に行ってないようだけど何かあったの?」

「うるさい! パパなら大丈夫だ。大丈夫だと言ったら大丈夫なんだ! 余計な心配はしなくていいんだ!」


 薬物依存するようになって、パパの性格はすっかり変わってしまった。

 昔は話し合う余地はあったのに、今では「黙ってオレの言う事を聞け」の一点張りで、全く話し合いにならない。

 同じ学校に務める校長先生なら何かを知ってるかも。大愛だいあ真田加まだか家に向かった。




「やぁ大愛だいあちゃん。何の用だい? あいにく瀬史琉せしるは出かけてていないんだが」


 彼女を出迎えてくれた真田加まだか校長。直接会うのは久しぶりだが、パパ程ではないがやつれて気力もかなり削がれている気がした。

 目の下には濃いクマが浮かんでおり、大愛だいあの父親同様にきちんと睡眠や食事はとれているのだろうか気になってしまうが、今回来たのは別の用だ。


「大丈夫です。真田加まだかさんに用があって来たんですから」

「? 私に用とは珍しいな。何があったんだい?」

「本当は電話で済まそうと思ってたんですけど何度も番号変えてたり、抗議の電話が殺到しているそうですからこうやって直接話を聞くことにしたんです。良いですよね?」

「あ、ああ」


 出迎えてくれた真田加まだか校長は彼女を家に招いてくれた。彼女の自宅とは違って和室の茶の間に入ると、単刀直入に聞き出した。




真田加まだかさん、パパの……穂炊木ほだき先生についてお聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」

「!!」


 それを聞いた瞬間、真田加まだかの動きが一瞬固まる。それで彼女は「やっぱり重大な何かがあったらしい」と確信した。

大愛だいあちゃん、落ち着いて、慌てずに聞いて欲しい」そう念を押した上で彼は語りだした。


穂炊木ほだき君か……彼は退職させたよ。薬物の副作用で授業中に幻覚を見たそうだ。それに腕に注射痕ちゅうしゃこんがハッキリとあった。

 ただでさえ瀬史琉せしる大愛だいあちゃんのいじめ隠蔽いんぺいであれこれ言われてるんだ。

 その上で教師が薬物依存者だと知られたらどうなるか分かったもんじゃない。警察には黙っておくから、辞めてくれないか? って退職させたんだ」

「そんな……」




 彼女の父親は仕事もしないで薬物におぼれている。というマンガにしか出てこないようなドクズであった事が分かってしまった。

 認めたくなかった。実の父親がどんどん壊れていく様は見たくなかった。出来ればウソであって欲しかったが、ここまでの事実を突きつけられたら反論のしようがない。


「……そうですか」

「聞きたかったっていうのは、穂炊木ほだき君の事かい?」

「ええそうです。最近パパが学校に務めていないようなので、何かがあったのかを聞きたかっただけです。失礼します」


 そう言って彼女は家を後にした。




「ただいまぁ」

「ヤァお帰りなさイ」


 父親が薬物依存で解雇された。という話を聞いた後に帰宅した大愛だいあを待っていたのは中国人を思わせる顔つきをした見知らぬ男。

 彼女の父親に覚醒剤かくせいざいを売っている売人の知り合いだった。




「!? 誰!?」

「落ち着いてくださいヨ。ワタシあなたのパパの知り合いの知り合い。今日は代金を引き取りに来ただけだヨ」


 中国人特有のなまりがある日本語で語るその口調はどこかうさん臭さが漂っていた。




「ワタシあなたのお父さんにクスリを分割払いで売ることにしたのヨ。その代金としてあなたの身柄を買い取ったネ。それで今日代金の引き取りに来たわけだヨ」

「へ……? 私を買った? な、何を言ってるんですか?」


 彼女が意味が分かってないまま言われた言葉をオウム返しのように言った後、部屋の中から土足で男たち3人が現れ、彼女を囲む。




「!? 誰!?」

「ワタシの部下ネ。さあ来い! 船出に間に合わなくなるヨ!」

「待って! パパは!? パパはどうしたのよ!?」

「ふーむ……いいヨ。最後にパパさんと顔合わせくらいは許すヨ『ブシのナサケ』ネ」


 男たちが周りに囲まれている。という条件付きだが、彼女は父親の部屋までたどり着いた。開けるとそこにはパパが注射器片手に倒れていた。

 肌に触れると、土のように冷たくなっていた。肌の感覚は生きている人間そのままなのに体温を感じさせない、不気味な感覚だった。


「パパ……!? パパ!? どうしたのよパパ!?」

アイヤーあーあ。パパさんクスリの打ち過ぎで倒れちゃったようだネ」




 その表情には緊張感が全くない。計画通り事が運んだ、とでも言いたげなものだ。

 実際には彼が「最高にご機嫌になれる」とうそをついて「致死量の200倍」の量の覚醒剤を一気に打たせて死なせたのだ。

 契約相手が死ねば本来は商品として渡す予定だったクスリを渡さなくて済む。後には代金である大愛だいあだけが残る……丸儲けだ。


「待ってよ! どういうことなのこれは!? 何でパパが……」

「あーもう、お前うるさいネ」


 男は隠し持っていたスタンガンを彼女に当て、気絶させる。その後彼女の家の車に乗せて走り去っていった。

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