第36話 先に手を出してきたのは私たちだ

「モシモシ。大愛だいあカ。何ノ用ダ?」


 11月後半、世間は早くも陽気にクリスマス1色。だがとてもそんな気分になれないのが、大愛だいあだった。

 自分をレイプしようとしていた男子生徒は全員3月末までの停学処分、つまりは一般的に留年のボーダーラインとなる60日を余裕で超えるので留年確定だ。

 彼らを決起させたキッカケである、大愛だいあの卒業写真をAIで脱がした画像付きでWEBに流した黒鵜くろうにも重い罪がある。

 それらについて聞くために電話をかけたのだ。




黒鵜くろう! アンタ私の写真をAIで脱がせたでしょ!?」

「? 何ノコトダガ身ニ覚エガ無インダガ?」

「トボケないで! あんな書き込みするのアンタ以外にいないでしょ!?」

「オイオイ、友達相手ニソンナ誤解ヲ招クヨウナ書キ込ミダナンテ、スルワケナイダロ?」

「ふざけんなよ! アタシの全裸画像流す奴なんてお前ぐらいしかいないだろ!? 中学の卒業アルバムの写真を撮り込んだんだろ!? もう分かってるんだからな!

 もう辞めてよ! アンタにとってアタシや瀬史琉せしるは友達なんでしょ!? だったら友達相手にこんな酷いことしないでよ!」


 そこまで早口で息継ぎすらせずにまくし立てるように言った。




「俺ハ天邪鬼あまのじゃくッテ言ッタカ? ダカラ仲良シノ友達相手ニ、ツイツイ意地悪ヲシタクナッチャウンダヨ。悪気ハ無ンダケドアル意味『愛情表現』ダヨ」

「……あの時の瀬史琉せしるが言ってたのと同じ事を言うんだね」


 あの時……中学1年生の12月に時間はさかのぼる。



◇◇◇



 放課後、瀬史琉せしる黒鵜くろうに対しカネを脅し取っていた。大愛だいあも一緒で、彼のやっていることをニヤニヤと笑いながら見ていた。


「友達がカネに困ってるんだぜ? だったらそれに救いの手を差し伸べるのが友情って奴じゃねえか! それすら分からねえのか!?」

「何が友達だ! 俺はお前と友達になった覚えなんて無いんだよ! 友達相手に暴力振るうのが友達のやる事かよ!」

「アァ!?」


 瀬史琉せしるは相手の顔面を殴った。




「ホラまた殴る! こんなの友達相手にやる事じゃねえだろ!」

「オレは天邪鬼あまのじゃくなんだ。これは愛情表現の一種だよ」


 殴るのを愛情表現だと言い切る彼はニコリと笑う……そこに罪悪感は一切なく、心の底からそう信じているものだった。


「いいからカネよこせって言ってるのが分かんねえのかよ」

「この野郎!」


 黒鵜くろう瀬史琉せしるに対して殴り返した。それは「寛大かんだいな」彼にとって最も許されざる事だった。




「テメェ……」


「プッツンとキレた」という表現がピッタリな程、彼の怒りは凄まじかった。瞬間湯沸かし器と言っても良い程、一気に血液が沸騰した。


黒鵜くろうのくせに! 黒鵜くろうのくせに!! こんなことしていいと思ってんのか! 黒鵜くろう! 答えろ黒鵜くろう!」


 彼は場外乱闘を行うプロレスラーのように、イスを振り下ろして暴行を行い続けていた。




 いじめる側は、いじめられる側が自分の思った通りに動かない事に、殺意以上の凄まじい怒りを覚えるという。

 毒親が自分の言う事は聞かず、そのくせ教えてもいない事を勝手にやる子供に殺意を覚えて本当に殺してしまうのと一緒だ。


 それどころかいじめを行う側は、いじめる相手が想定外の行動を取ったら「被害にあった」と思い込み、

「自分を見る顔が気に入らない」という程度の理由で「被害に遭った」と真剣に思い「被害者は加害者に何をやってもいい」という間違った真理の元、報復行為を行うという。

 結局彼はカネを奪われる上にヒステリックにキレる瀬史琉せしるの犠牲となった。



◇◇◇



「ねぇ黒鵜くろう、ホントは私たち友達でも何でもないからね。ただそうした方がいじめ甲斐があるってだけで、それ位空気読んで察してよ」

「オ前達ガ始メタ物語ダロ? 先ニ言イ出シタノハ、オ前達ジャナイカ。イワユル『吐いたツバは飲めぬ』ッテ奴ダロ? ソウ言ッタ責任ハ取ッテクレヨナ」

「……」


 ダメだ……反論できない。彼の言う通り、先に手を出したのは私たちだ。大愛だいあは自分が犯した罪がどれほど重いのか? その重さを自覚していた。


「ごめん、悪かったよ。私達が悪かったよ」

「ソウカソウカ自分ノ非ヲ認メルンダナ。ジャア『空気ヲ読ンデ俺ガ望ム事』ヲシテクレ。ソウシタラ許シテヤルヨ」

「!!」




 確か瀬史琉せしるからもそう言われたという『空気を読んで望む事をしてくれ』この言葉に正解なんて無い。

 何をしてもすべて間違いであり、決して正解を言い当てることは出来ない。かつて自分も彼に対してそう言った経験があるからよく分かる。


「許す気、無いんだ」

「許ス気ガ無イ? 何ヲ言ッテルンダ?『空気ヲ読ンデ俺ガ望ム事』ヲ、タッタ1回デモ出来レバ許ス。ッテ言ッタンダ。簡単ダロ?」

「じゃあどうすれば許してくれるか、きちんと言ってよ! 何でもするから!」

「何ヲ言ッテルンダイ? ソンナコトスラ言ワレナイト、分カラナイノカ? 16歳ニナレバ、ソレ位スグニ分カルダロ?」


 結局、復讐に狂った相手がどうすれば許してくれるか? それを明言してくれることは無かった。




 フクシュウ狂ヒは堕ちていた。

 3年間自分をいじめ続けた相手と同等の存在に、いやそれよりも下の存在に、堕ちてしまっていた。

 そうまでして復讐しないと、自分の存在意義が分からなくなってしまうのだ。




「あなたがこの世に産まれた意味は中学校の3年間いじめ続けられるためです。それがあなたがこの世に産まれた目的であり、使命であり、やるべきことなのです」

 と神様とか偉い人に言われて、誰が納得するものか。

 自分が生きる上で、自分と言う人間がこの世に存在するための意義を見出すためには、人間としてこの世に存在するためには、復讐はどうしても必要な物だった。

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