第33話 停戦協定にも応じず

「……そっちでも全然上手く行って無いんだ」

「ああ。黒鵜くろうの奴が噂を広めたり、クラスメート全員にメッセージを送っててどうしようもないんだ」

「!!」


 黒鵜くろうのその、常軌じょうきを逸した行為に大愛だいあもまたようやく話の全体像をつかめつつあった。

 自分たちはとんでもない事を犯した。事の重大さに気づくが、もう遅い。




「……黒鵜くろうと話をしていい?」

「止めはしないけど、意味無いと思うぞ。アイツ、オレ達の事を許す気ないから」

「うん。でもやってみないと分からないじゃない」

「分かった。後は任せるよ」


 大愛だいあは彼氏との通話を切ると、意を決して黒鵜くろうへと電話をかけた。




「何ノ用ダ? 大愛だいあ。オ前カラ電話ヲカケルナンテ珍シイナ」

「もう……やめてよ」

「何?」

「もう止めてよこんな事! 私たちが憎ければ警察にでも裁判所にでも突き出してよ! 証拠も全部出すからパパも私も瀬史琉せしるだって逮捕してよ! それで解決じゃない!

 黒鵜くろう! アンタ私たちの事が憎いんでしょ!? 前に祭りのときに塩酸かけたでしょ!? それくらい憎いなら警察に突き出して逮捕すればいいじゃない!」


 大愛だいあは必死に訴える。が……




「何デオ前ラヲ逮捕シテ、警察ヤ裁判所ニ突キ出サナクテハナラナインダ? オカシイダロ、ソレ。友達相手ニソンナ酷イ事ナンテ出来ルワケナイダロ?」

「え……? と、友達だって?」

「アアソウダ。俺トオ前ハ大切ナ友達ダロ?

 警察ヤ裁判所ニ突キ出スナンテイウ酷イ事ヲ友達相手ニスル事ナンテ出来ルワケナイダロ。俺ハタダ『空気ヲ読ンデ行動シテクレ』ッテ言ッタダケサ」

「……祭りのときに塩酸かける相手が友達なわけないでしょ」

「オレハ天邪鬼あまのじゃくダカラ仲ノ良イ友達ニハ、ツイツイ「チョッカイ」ヲ出シチャウモノナンダ。愛情表現ダヨ、アレハ」




 友達を警察に突き出す事なんてとてもじゃないけど出来ない。フクシュウ狂ヒはそう言って大愛だいあの提案を拒否する。


「……パンチタイムとかリンチタイムとか言って瀬史琉せしると一緒に袋叩きにした事、まだ根に持ってるの?」


 時間は中学3年生の4月にさかのぼる……




◇◇◇




 給食の時間、全裸にされ犬の首輪を付けられ、机に繋がれた黒鵜くろうの前にメモ帳を持った瀬史琉せしると取り巻き数名が彼を囲む。

 メモ帳には「〇ンチタイム」と書かれていた。


黒鵜くろう、問題だ。丸の中に入る文字は何だ?」


 瀬史琉せしるはそう問いかける。


「……ラ、かな」

「はいハズレー! 正解はパでーす!」


 それを合図に瀬史琉せしるとその取り巻きは黒鵜くろうにパンチを浴びせる。




 殴られた痛みに耐えるだけの黒鵜くろうにさっきと同じ内容の問いかけをする。


黒鵜くろう、問題だ。丸の中に入る文字は何だ? さすがに分かるよな?」

「……パ、かな」

「ブッブーッ! 正解はリでーす!」


 それを合図に瀬史琉せしるとその取り巻きは黒鵜くろうに殴る蹴るの暴行を浴びせる。




 ズタボロになった黒鵜くろうはあがく事さえできない。それでも飽き足らないのか瀬史琉せしるは全く同じ内容の3度目の問いかけをする。


黒鵜くろう、問題だ。丸の中に入る文字は何だ? いくらなんでも間違う事なんて無いよな?」

「……リ、かな」

「ブッブーッ! ハズレーッ! 正解はレでーす!」


 それを合図に瀬史琉せしるとその取り巻きは黒鵜くろうをレンチで殴った。




◇◇◇




「アア、アノ事カ。ソンナ過去ノ事ハ全部水ニ流スヨ。ダッテ俺達ハ友達ダロ?」

黒鵜くろう! アタシはアンタなんかと友達になった覚えなんて無いんだからね!」

大愛だいあ、オ前ガ先ニ言ッタンダゾ? 友達ダカラ御初穂料おはつほりょうヲ払エッテ。俺ハソレニ払ッタカラ立派ナ友達ダロ?

 友達ガオ金ニ困ッテイタラ、救イノ手ヲ差シ伸ベルノガ友達ッテ奴ダロ? 忘レタノカ? ダッタラ『空気ヲ読ンデ行動スル』ダナンテ簡単ジャナイカ」

「オレ達に死ね! と言いてぇのかテメェ!?」

「イヤ違ウ。俺ハ『空気ヲ読ンデ行動シテクレ』ト言ッタンダ『死ネ』ダナンテ断ジテ言ッテイナイ。ソンナ酷イ事ヲ友達ニ言エルワケナイダロ?」




 大愛だいあ黒鵜くろうに対し、中学校在籍時は散々「友達だ」と言い続けていた。

 それを相手が踏襲とうしゅうしているだけなのだが、それに言いようの知れない不安を感じていた。自分たちが「友達だ」と言い続けていたのは「そう言わせた方が楽しい」ただそれだけ。

 本当は友達でも何でもない「人間未満の何か」だった。しかし相手があれだけ酷い目に遭わされたのに「友達ダ」と言って来ると凄まじい恐怖を感じていた。




「……私たち、黒鵜あんたの事散々いじめたのに、何で友達って言い切れるの? おかしいよそれ。憎くないの? 殺したいって思わないの? 何で? 何で!?」

「何デ? ッテ言ワレテモ、瀬史琉せしる大愛おまえガ友達ダ、ッテ言ッテタジャナイカ。先ニ言イ出シタノハ、オ前達ダロ?」

「……拒絶しないの?」

「何言ッテルンダ。友達ヲ拒絶ナンテ出来ルワケナイダロ」




「ドコマデモ、ドコマデモ、ソウ、ドコマデモ!! 僕タチハ友達ダ」


 黒鵜くろうはそう言い続けていた。例え相手から拒絶されてもその姿勢は微動だにもしないし、させない。

 大愛だいあの口は引きつり、スマホを持つ手がかすかに震え、手のひらは暑くもないのに汗で濡れていた。まだ暖房は必要ない位の涼しさだったが、背筋がカチンコチンに冷える。


「ココから逃げ出さないと、殺される」彼女の本能がそう訴えかけたのか、そこまで聞いて通話を切った。


 ……狂ってる。こんなの、狂ってる!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る