第32話 壊れていくパパ

「♪♪~♪♪♪♪♪」


 10月半ばの休日。大愛だいあは鼻歌を歌いながら家全体を掃除機で掃除していた。

 時刻は午前11時。父親は昼ごはんを買いに行くと言って家を出たので掃除するには丁度いい。そう思って寝室へと入ると……。




「!? 何これ!?」


 ゴミ箱の中にそれは入っていた。

 ドラッグストアのビニール袋に隠すように入れられた、明らかにおかしい位大量にあった風邪薬の包装シートに、空になった咳止めシロップが入っていた容器の数々……。

 どう考えたって彼は風邪をひいたり、咳が出てるわけじゃない。前にテレビの特集でやってたオーバードーズにハマってしまったのでは?

 高校生の彼女でもその位は頭が回った。




 穂炊木ほだきが表向きに買ったスーパーの弁当と、それ以外にドラッグストアで買った薬を隠し持って自宅へと帰って来たが……。


「ただいま」

「パパ! これどういうつもり!?」


 大愛だいあは父親に彼の寝室に置いてあったごみ箱を見せた。




「!! だ、大愛だいあ!! お前! 見つけたのか!?」

「パパ! 何でこんなことするのよ!? 説明して!! 怒らないから説明してちょうだい!!」

「……わ、分かった。説明しよう」


 父親は娘にすべて告白した。




大愛だいあ、中学校の教師、つまりはパパたちがいじめをもみ消している疑惑がある。っていうニュースは聞いてるよな?

 それでパパのスマホがこんな事になってるんだ」


 そう言って父親は娘にスマホを渡す。着信履歴が優に200件を超える程で、大愛だいあが持っている間も着信を知らせる振動が止まらなかった。


「この着信の多さで精神が病んでて、楽になれるかも、って思って薬に手を出してしまったんだ。もう辞めるから見なかったことにしてくれないか?」

「……」




 パパはウソをつくような人ではない。大愛だいあはそう思ってコクリとうなづいた。

 さすがに娘の前でも「校長と一緒に天下りして甘い汁をチューチューすするため」とは言えなかったが。


 大愛だいあは致命的なミスを犯していた。薬物乱用に手を出してしまったら本人の意思では絶対に止められない。

 特に薬物依存に関しては「もう絶対にやらない」と誓いながら、本人も気づかない位無意識に薬物に手を出している。そういうものだ。

 薬物依存専用の更生施設や「依存症外来」等の専門の治療が出来る病院相手に相談すべきなのだが、それを知らなかった。

 適切な治療さえ行えばまだ社会復帰できる可能性はあったのだが、その芽を摘んでしまったのに気づいていなかった。




「パパ。黒鵜くろうの奴は責めないの? アイツが原因じゃない」

大愛だいあ。奴のせいにしたい気持ちは分かるがアイツは関わってないんだ」

「何でアイツをかばうの? 全部アイツが原因でしょ?」

「違うんだ。その話に黒鵜アイツは関係ない。これは本当だ」


 父親は娘にそう弁明する。

 今回の件は彼がかつて隠ぺいしたいじめを調べた学生に、口封じのため教師特権で脅したのが原因なので、黒鵜くろうを叩いても意味がない。

 それは本当の事であり、実の父親が説得してくるのもあって大愛だいあも渋々納得した。




 週明けの月曜日。いつものように学校で授業をしているが昼頃から既に身体がうずいていた。

 あの不安や恐怖が頭の中から無くなる幸福、宙をふわふわと浮いて雲の上を転がるかのような安堵、スマホの着信の事なんかどうでもよくなる幸せ。

 それらの体験があまりにも強烈すぎて頭から離れない。今すぐにでも薬を飲みたいと胸がバクバクして、喉もカラカラに渇いていた。

 実際に過剰摂取オーバードーズの副作用には、頻脈や心拍数増加さらには喉の渇きがあるのだが、それが余計に薬を飲むよう彼に指図をしていた。


 給食の時間が終わった昼休み、穂炊木ほだきは職員室で仕事をしていたが……。




穂炊木ほだき先生。その……顔色が悪いように見えますけど大丈夫でしょうか?」


 他の先生から体調が悪く見えるので大丈夫か? と声をかけてくる。


「あ、ああ大丈夫だ。体調は良いさ。心配しなくてもいい」

 

 穂炊木ほだきの教員仲間が声をかけて来るのはこれで3人目。彼は3人全員にウソをついた。

 本当はこれっぽちも大丈夫じゃない。過剰摂取オーバードーズがしたくてたまらないのだが、もちろんそんな事を言うわけがない。

 1分1秒の流れが1時間に感じる程、時の流れが遅かった。そして待ちに待った勤務時間が終わると……。




「ふひぃは~……ひひひひひははははは」


 薬の錠剤を咳止めシロップで流し込み、さらにはストロングチューハイを追加で飲む。既にただの薬の過剰摂取オーバードーズでは物足りず、酒と一緒に投与しないと効かなくなっていた。

 もちろん「酒と薬」は『絶対に一緒に飲んではいけない物』で、最悪命の危険すらあるのだが、そんなの関係無しだ。




「……」


 そんな父親に、大愛だいあは声が出せなかった。彼を治療施設に送り込むには、当然薬物乱用の罪を償う必要が出て来る。

 今では1人しかいない彼女の肉親。彼を警察の前に突き出すことは、裁判で有罪判決を下されるのを知ってて罪を償わせる事は……できなかった。

 何せ大愛だいあは16歳の少女だ。親を犯罪者にしてでも罪を償わせる。という鋼のような強い意志は持っていなかった。

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