第29話 大愛(だいあ)もまた狙われる

「……何のつもり?」

「拾いなさい」


 休み時間、大愛だいあが女子トイレに行くとカースト1軍のクラスメートの女子とその取り巻きサイドキックスの2人が待っていた。




 トイレに入ると同時に取り巻きが回り込み、出入り口をふさぐ。大愛だいあはなぜ、まるで「自分を待っていたかのように」いたのかは分からなかったが。


大愛だいあ。私が拾いなさい、って言ったんだからさっさと拾いなさい」


 彼女の視線の先には、中に10円玉が入っていた和式の便器があった。出入り口をふさいでいる取り巻き2名がニヤニヤと笑っていた。




「オレの事コケにしてんのか?」

「あの瀬史琉せしるの恋人なんでしょ? だったら連帯責任って奴じゃない。拾え」


 大愛だいあが自分の事を「オレ」と呼ぶのは、最上級に怒っている合図だ。もちろんカースト1軍のクラスメートはそんな事は全く知らないし、気づいてもいなかったが。

 彼女はスタンガンを取り出し、1軍のクラスメートめがけて電撃を流した。




「あががががっ!」


 偉そうにしていた彼女はあっさりと気絶した。威張ってる奴ほど実際はあっけない物である。


「て、テメェ!」


 取り巻き2人組が襲い掛かって来るが、大愛だいあは取り巻きの片方の顔面、それも鼻目掛けて掌底しょうていを繰り出す。


「!?」


 これはクリーンヒット。鼻は鍛えることは出来ず、それでいて人体の中では柔らかく弱い部分なので、力の弱い女でも十分なダメージを与えられる。

 相手の鼻から血が吹き出し、同時に走る激痛に戦意を失いその場に崩れ落ちた。




「!? なっ!」


 残った女子生徒は攻勢がひっくり返った戦場にいた。3対1なら勝てるはずなのに、今ではどうだ! 1軍女子は気絶、同僚も鼻血を吹き出しながらトイレを後にしている。

 丸腰な人間とスタンガン持ちで1対1。大愛だいあの方がずっと有利だった。怯えた彼女は逃げ出そうとトイレのドアを開けるがその前に捕まり、スタンガンを食らって気絶した。


 大愛だいあの怒りは収まらない。清掃用具入れからゴムホースを取り出し、気絶している1軍女子の足と腕を縛った。そしてバケツに水を入れて、おもむろにぶっかける。

 バシャッ! という音と共に彼女はずぶ濡れになった事で目を覚ます。




「う、うう……」

「おはようございまーす。よく眠れましたかな?」


 気が付いたクラスメートを大愛だいあは汚物を見るかのような目で見ていた。気が付くや否や、手足を縛られている事に気づいた。


「テメェはオレを本気で怒らせたようだな。罰を与えるぞ」


 両手両足を縛られ動けないクラスメート相手に、大愛だいあは情け容赦なく顔に、身体に、蹴りを入れる。




「こ、こんな事して許されると思ってるの!?」

「ハァッ? 許されると思ってんの、だぁ? 違うねぇ。オレのやる事を許すか許さないかはオレが決める事だ。2~3人ぶっ殺してもオレが無罪だって言えば無罪になるんだよ」

「!? な!? あなた自分が言ってる事、分かってて言ってるの!?」

「もちろんだとも。オレはいたって大真面目に言ってるんだが? それともオレの言う事に何かおかしい事でもある。っていいたいわけじゃあねえだろうなぁ?」


 殺意をむき出しにする彼女を前に「生意気だから軽くシメてやろう」と思ったのが間違いだった……と気づくがもう遅い。

 教師が騒ぎを聞いて駆け付け、無理やり引きはがされるまで大愛だいあはクラスメートを散々蹴り飛ばし続けていた。




「……真田加まだかの奴に続いて穂炊木ほだき、お前もか!」


 担任は瀬史琉せしるがいなくなってようやく安堵したと思ったら、今度はその恋人である大愛だいあが大問題を引き起こしていた。

 また世間から「お前の学校は生徒に向かってどんな教育をしているんだ!?」と怒鳴られることは必至だろう。

 ペコペコ頭を下げる側の気持ちも考えて欲しい。というのが教師側の感想だ。




「だって相手が先にやって来たからその分返しただけですって!」

「スタンガンを使ったり、相手の手足をゴムホースで縛って蹴り続けるだなんて、明らかにやり過ぎだろうが! 正当防衛の範囲を超えてるぞ! こんなの過剰防衛だ!」

「え? この程度がやり過ぎなんですか?」

「お前は正気か!? 誰がどう見たってやりすぎ以外の何物でもないぞ! バカかお前は!? やっぱりお前がいじめをやってるっていう証言は本当らしいな!」

「!? どういう事ですか? やっぱりって」


 彼女は話をしていて「引っ掛かった部分」を教師に聞くと、信じられない内容が返って来た。




「お前のクラスの女子生徒全員がお前からいじめを受けている、って訴えているんだ。カネを脅し取ったとか無視するとか今回みたいに暴行を受けたとかな!」

「ちょっと待って下さい! 私一人でクラスメート全員をいじめるだなんてどうすればできるんですか!? おかしいでしょそんなの!」


 大愛だいあはあくまで正当防衛を主張するが、それが聞き入れてくれることは無い……明らかにやりすぎだ。少なくとも担任教師にはそう見えた。




「こんばんわ、船城ナインニュースです。今日の午前10時ごろ、市立船城高校で1年生の女子生徒が3人の女子生徒に対し殴る蹴るなどの暴行を加えたとの事です。

 この事件で女子学生2名が顔や身体を蹴られたり殴られたりしてケガをしたとの事です。

 調べに対し女子生徒は「やられたからやり返した。正当防衛だ」と容疑を否認しているとの事です。

 学校側は『詳しい話を聞いていないので現時点でコメントはできない』との事です。警察は詳しい事件のいきさつなどを調べています」


 夜9時のローカルニュースで大愛だいあが起こした事件が報道されていた。それを見ていた「彼」が彼女に挨拶の電話を入れる。


「モシモシ? 大愛だいあダナ? ニュース見タゾ。有名人ダナァ、オ前」


 通話に出るなり彼はそんな人様をコケにしたセリフを吐く。




「……楽しいか?」

「楽シイ楽シクナイトイウ問題ジャナイ。タダ挨拶ヲ入レタダケダヨ。何モ悪イ事ハシテナイサ」

瀬史琉せしるに何をしたんだ!?」

「別ニ何モシテナイゾ? タダ『空気ヲ読ンデ俺ガ望ム事ヲシテクレ』ッテ言ッタダケサ。大愛だいあ、オ前ガ代ワリニヤッテモイイゾ?」

「結局仕返しじゃねえか! オレの学校生活をムチャクチャにしやがって! 今度会ったら殺すからな!」

「イヤァ、大愛だいあチャント来タラ性格悪イナァ。ソンナンジャ、瀬史琉せしるニ嫌ワレ……」


ブツリ。ツー、ツー、ツー……


 相手の方から通話を切ってしまった。

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