第28話 狩られる側からは抜け出せない

 9月が始まって数日……瀬史琉せしるのクラスでは午前中最後の授業である体育を受けていた。

 クラスを半分に分けて行われたサッカーの授業を終え、教室に戻って来る。


 着替えを終え、お昼の時間になったので、瀬史琉せしるは弁当箱を開けると……チョークの粉がご飯とおかずにびっしりとふりかけられていた。




「!? 何だこれ!?」


 そう言えば体育の授業にカースト1軍の腰ぎんちゃくが「制服からジャージへの着替えに手間取った」等と言って遅刻して、体育担当の教師から注意を受けることがあった。

 アイツがやったのなら全てに納得がいく。瀬史琉せしるは席から立ち上がると、弁当を食べていた腰ぎんちゃくの顔面に鉄拳を叩き込んだ。




「いきなり何するんだ!?」

「テメェだろ! オレの弁当にこんな事しやがったのは!?」

「証拠はあるのか!?」

「テメェ授業に遅刻しただろ!! あの時テメェがやったら全ての辻褄つじつまが合うんだよ!」

「オイ瀬史琉せしる!! 何をやってるんだ!?」


 騒ぎを聞いたクラスのカースト1軍の生徒が駆け寄って来る。瀬史琉せしると彼はお互いに渾身の敵意を向けていた。




「テメェ! 下僕のしつけがなってねえじゃねえか! ご主人様ならご主人様らしくきちんとしとけよ!」

「ハァ!? 俺にはお前が勝手にキレたようにしか見えないんだが?」

「とぼけるな! お前がコイツに指示して、オレの弁当を台無しにしたんだろうが!!」

「証拠も無いくせにそんな事言われるのは心外だなぁ」

「!! てめぇ!」


 悪びれる様子の無い相手に瀬史琉せしるはキレて、殴り合いのケンカに発展する。最後には先生が出てきて、2人は引きはがされた。




瀬史琉せしる!! 前の学校に続いてここでも騒ぎを起こすのか!?」


 彼は生徒指導室で初老の担任教師と面談をしていた。

 転入初日からクラスメートはもちろん先生までも、前の学校で起こった出来事が元の噂やフクシュウ狂ヒの工作により、全員の目に色メガネがかかっていた。

 カースト1軍の生徒が彼にちょっかいを出して暴れるため、ここの学校でも瀬史琉せしるは完全に「問題児」扱いされていた。




「言っておくがお前が前の学校で何をやったかはよく知ってるからな。また似たような事件をココでも起こすのは辞めてくれよな。

 お前をこの学校に受け入れるかどうかの会議で、散々揉めに揉めた末にようやく受け入れることにしたんだから裏切る真似は辞めてくれよな?」

「い、いやだってオレは被害者で……」


 自分は悪いことは一切やってない。中学生時代で育まれていた罪悪感の欠如。そこを教師は激しく指摘する。




「ホラまたそんな事を言う!! お前は加害者の意識があまりにも無さ過ぎる!! 親からどんな躾をされて育ったんだ!?」

「い、いやだって本当の事で……」

「本当だとかウソだとかいう問題じゃない! 例えウソの話であったとしても、罪悪感とか罪の意識が無さ過ぎるのが問題なんだよ!!

 お前は罪を犯して申し訳ない気持ちが出てこないのか!?」

「いや、別にウソの話なら罪悪感は持たなくても良いんじゃないんですか?」


 そこまで相手の主張を聞くと教師は重く、重苦しいため息を1つついて天を仰いだ。




 担任教師と問題児の会話は一切かみ合わない。

 教師が言う「罪悪感」とか「罪の意識」が問題児には「スコーン」と抜け落ちていた。そこを言っても通じない。

 同じ日本人で、同じ日本語を使っているにもかかわらず相手が何をどういう意味でしゃべっているのか、まるで理解できなかった。

 産まれつき目が見えない人間に「モナ・リザ」の美しさを教えるようなもので、途方もなく果てしない虚無の荒野が広がっていた。




 放課後になって、瀬史琉せしるは自分のスマホを見ると大愛だいあからの着信が入っていた。何があったんだ? 彼は彼女に電話を入れた。


「もしもし? 大愛だいあか? 何かあったか?」

瀬史琉せしる、噂では聞いてるよ。いじめられているんだって?」

「!! もうそんな話が行ってるのか!? なぁに、大したことないって」

瀬史琉せしる、私は心配してるのよ。またひどい目に遭って無いかって。私にとって瀬史琉せしるは代わりが効かない人だからね」

「そういうお前こそいじめに遭って無いだろうな? もしお前をひどい目に合わせる奴がいたらそっちにすっ飛んでぶちのめしてやるから遠慮なく言えよ」

「私は大丈夫。何の心配もいらないから。うん、じゃあね」


 通話が切れた。




 2人ともお互いに余計な気苦労を負わせないために「学校では上手くやっているから」とお互いに言い合うが、実情は最悪だった。

 瀬史琉せしる大愛だいあも校内でいじめ被害に遭っていた。

 しかも教師は2人に対して「色メガネをかけて」接しており、本当に向こうから仕掛けてきたのだがそれが通じない。

 かつて中学生だった頃とよく似ている。あの頃は「もみ消す」側だったが今度は「もみ消される」側だ。

 いくらもがいても、むしろ「もがけばもがくほど」沈むアリジゴクさながらであった。

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