第26話 電凸(電話突撃)とニュースの晒し

プルルルル……プルルルル……


 もうすぐ終わりを迎える夏休み期間。生徒がほとんどいない閑散とした船城中学校の校内。

 校庭や体育館でセミの鳴き声を応援歌にしてスポーツに打ち込む運動部を除けば珍しい、人の気配がハッキリとする職員室に置かれた外線の固定電話が鳴る。


 何十年も使われ続けて元は白かったが現在では薄黄色く変色した古式ゆかしい物で、かけてきた相手の電話番号も分からないものだ。

 まだ朝の8時になったばかりなのに、なんだろう? その場にいた教師が受話器を取ると……。




「もしもし、そちらは船城中学校ですか?」

「はい、そうですけど。どのようなご用件でしょうか?」

「ご用件も何もないでしょ! アンタ等学校は校内で起きたいじめを黙殺してたんだって!? そんな外道なマネが許されると思ってるのか!? ええ!?」

「!? い、いじめ!?」


 今年4月に学校に赴任ふにんしてきたばかりの教師にとっては「校内でいじめがあった」という話は初耳だ。




「あ、あの。詳しい話をお聞かせしていただいてよろしいでしょうか? 私は今年の4月にここへ赴任ふにんしたばかりでして……」

「!! あ、ああそうですか。なら知らないでしょうな。実はあなたが赴任する前にこんな事があったんですよ……」


 電話をかけた相手はまだ「話せば分かる相手」だったのか、電話に出た先生に親切丁寧に説明をしてくれた。




「!! そ、そんな事があったんですか!?」

「ええそうですよ。とんでもない事で、学校として絶対にあってはいけないことですよ!! 当事者である校長や穂炊木ほだき先生によーく伝えておいてください。では」


 相手は話をして満足したのか、通話が切れた。


 教師が受話器を置いてわずか数秒……また電話がかかって来る。この繰り返して、彼の午前は潰れた。




「……」


 その日の午前。校長室で仕事をしていた真田加まだか校長は自分のスマホにかかってくる迷惑電話に対して頭や首筋にピクピクと血管が浮きでていた。

 WEB上でイジメを黙殺していた事がバレた。それを知ってかどこで調べたのかは分からないが、

 第3者にばらした覚えのない真田加まだか校長のスマホの番号を調べ上げ、数多くの人間が電凸でんとつ、つまりは電話突撃を仕掛けてきた。

 見知らぬ電話番号による着信通知は朝からひっきりなしに続いており、鳴りやむ気配はない。


 校長はその中の一つに出ると……


「モシモシ? ソチラハ真田加まだか校長ノスマホデ間違イアリマセンネ?」


 黒鵜くろうこと「フクシュウ狂ヒ」が出た。




黒鵜くろう!! お前何しやがった!?」

「別ニ俺ハ何モシテマセンヨ。信ジテモラエルカドウカハ分カラナイデスケド、コレハ本当デス。今回ノ件、俺ハ一切関係アリマセンヨ」


 真田加まだか校長はスマホの通話を切ろうとしたが、通話相手が意味深な事を言いだしたので、それを止めた。


「トコロデ知ッテルカ? オ前ノ学校ノ生徒ガ俺ヘノイジメニツイテ調ベタラ、

 オ前ト穂炊木ほだきノ奴ガ握リツブシタ、ッテイウ証言ガアルソウダ。本当ニ酷イ事スルナァオ前ラハ」

「……!! 何だとぉ!?」




 校長にとっては初耳の事だ。あのガキ!! やりやがったな! 迷惑電話に対する怒りとは「別腹」で腹が立った。


「クソガキが!! 未成年の分際で大人を舐めてかかるんじゃねえぞ!!」

「未成年ノ分際デ、ト来マシタカ。アナタ自分ノ立場分カッテマスカ? イジメヲモミ消ス犯罪者ノ分際デ被害者ヲ舐メナイデ欲シイデスネ」

「この野郎……もういい! 2度と電話をかけて来るんじゃないぞ!」


 校長は通話を切った。




 正午となり、職員たちは昼の休憩を取り始める時間帯になった。弁当を食いながらスマホでニュースをチェックすると……


「茨城県船城市立船城中学校において、校長と教師が共謀して学校内でのいじめをもみ消した疑惑が挙がっています」

 そのニュースがサイトのトップを飾る。スマホでその報道を食い入るように見ているのは、その今まさに話題になっている船城中学校の教師たち。

 まさか自分の学校でいじめがあったなんて! しかも首謀者は校長!? オマケに教員の穂炊木ほだきと一緒にいじめの証拠を握りつぶしている疑惑まで持ちあがっている始末だ。


 特に受け持つ学年が違った教師からは「信じられない!」という顔でニュースを見ていた。

 昼食を取った後、彼らは校長室へと向かった。




「校長先生! どういう事ですかこれは! イジメをもみ消しているってお聞きしましたけど本当の所はどうなんですか!?」

「校長先生! 何でこんなことするんですか!? こんな事を隠していただなんて大問題になりますよ!?」

「うるさい! どっかのバカが面白半分でデマを流したんだろ! わが校においていじめは1件も無いんだ! 今までもそうだったしこれからもそうなんだ!

 お前たちはそんなどこの馬の骨かも分からない噂に踊らされてないで職務をキッチリとこなせ! そっちの方がよっぽど大事だ!」




 真田加まだか校長はそう言って教師たちを職員室へと追いやるが「もがけばもがくほどドツボにハマる」「消すと増えます」「疑惑は深まる一方」という言葉があるように、

 校長が否定すればするほどその話を信じるようになってしまうのが、人という生き物だ。




 校長が教師と一緒にいじめを黙殺していた、という噂話は千里を駆ける勢いで広まっていく。

 彼の「校長引退後は穂炊木ほだきと一緒に甘い汁をチューチューすする素敵な老後」が幻と消えるまでそう時間はかからなかった。

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