第24話 どういう事なのか説明してもらいましょうか!?

「パパ、大愛だいあ。晩御飯が終わってからママとお話ししましょう。大切なお話があるので」

 夕食前に家族3人が揃ったところで彼女は娘と夫にそう話を切り出した。

 何の話だろう? 表情からしてとても真剣な内容になるかもしれない。何が出て来るかは分からない不安はあったが、2人は待つことにした。


 しばらくして……2階にある自分の部屋から持ってきた、黒鵜くろうの事件を担当した弁護士からもらった資料を娘と夫に突き付けた。


「これはどういう事なの!? 答えなさい2人とも!!」




 その資料には、大愛だいあ瀬史琉せしるが中学生だった頃の3年間、想像を絶するような酷い内容のいじめを続けていた話が記録されていた。

 もちろん、大愛だいあの父親である穂炊木ほだき先生が娘の犯罪を闇に葬り続けていたこともしっかりと載っていた。

 彼女の、本来であれば愛する夫や娘に向けられた視線には凄まじい敵意があった。それは到底家族に対して向けられたものではない程の激しいものだ。


「!! こ、これは!? どこで手に入れたんだ!?」


 その内容に、大愛だいあの父親は大きく戸惑う。バレてはいけない物がバレた! と大いに焦っていた。

 それを見た彼の妻は、怒りを爆発させる。沸騰した血液が頭に一瞬でのぼった。




「パパ!! あなたはそれでも学校の教師なの!? イジメを黙認するどころかいじめる側の味方になるだなんて!! こんな事絶対にあってはいけないことでしょ!?

 教師たるものいじめは許さないのが当たり前なのに、何でこんな酷いことが出来るのよ!?」

「い、いや、ママ……これにはれっきとした訳があって……」


 動かぬ証拠を突き付けられて、2人はしどろもどろ。どう言い訳しようか頭は回転するが、妙案は出ない。そうしている間にも攻めの手は更に激しさを増す。




「いじめを黙認するのに訳も何もあった物じゃないでしょ!? こんな事して!! それでも教師という子供たちの手本になる人なの!? どういうことなのかしっかりと説明してちょうだい!!」

「マ、ママ……あまりパパを責めないで。もしクラスにいじめがあったらパパも悪者に……」

大愛だいあ!! 中学生の頃金遣いが荒っぽいのはうすうす気づいてたけどこういう事だったのね! こんな事して許されると思っているの!? 答えなさい!!」

「ママ!! 私より黒鵜あんなやつを取るわけ!? だってあいつはレイプ魔の子供だから人権なんて……」


 そこまで聞いて母親は娘のほほに渾身のビンタを食らわせた。



 パァン!



 という乾いた音が部屋の中に響いた。


「相手はレイプ魔の子供だから人権なんて無いですって!? 大愛だいあ!! ママはあなたをそんな事を言う子に育てた覚えはありません!!」


 こんな非常事態だというのに「あいつはレイプ魔の子供だから人権なんて……」というセリフが思わず口からこぼれるという事は、余程それを当たり前の事だと普段から信じているのだろう。

 そんなあまりにも酷すぎる態度を見せた実の娘に対し、母親はますます声を荒げる。もはや人間の原型を留めているのだろうか? それ位の憤怒が爆発していた。




「マ、ママ。分かったよ、分かったってば! 俺が悪かったよ。でも仕方のない事だったんだ。

 正直に言ったら大愛だいあが事件を起こしてマスコミに報道される可能性もあったんだ。それだけはどうしても避けたかったんだ。俺だって心が痛くてさぁ……」

「あなた! あなたは教師でしょ!? 子供たちの模範もはんにならなきゃいけないのに、何でこんな理想とは正反対のことが出来るの!? あなたはそれでも教師なの!?

 それに、さっきから何なのよその口先だけのデマカセは!? 自分が悪い事をしているっていう自覚はあるの!?」


 カンカンになった妻あるいは母親に対し、2人はマトモな言い訳すらできなかった。




「ママ、ごめんなさい。私、黒鵜くろう君は施設育ちのレイプ魔の子供だから人間扱いしたくなかった。いくら殴っても許されると勘違いしてた。本当にごめんなさい」


 大愛だいあは正直に告白したが、それを聞いた彼女の母親は2発目のビンタを娘に加えた。


「もういいです! そこまで言うのなら2人だけで生活してください! 私はもう知りません! 離婚まではしないけどもう2度と顔を合わせることは無いと思ってください!!」


 そこまで言うと彼女は自室にこもってしまった。




翌朝……




 旅支度を整えた大愛だいあの母親は始発の電車に乗り、街を離れた。

 既に両親を亡くしていた彼女は身寄りもなく、完全に自由な身だった。どこへ行っても弁護士としてのキャリアがあるからとりあえずお金に困るようなことは無いだろう。

 もしもの時に備えた貯えもあるし、地方に行っても都会に行ってもやっていけるだろう。という自信もあった。




 電車に揺られて時間が経ち、時刻は朝の8時30分。彼女はスマホでいじめの資料を渡してくれた弁護士に電話をかけていた。


「もしもし」

「もしもし。穂炊木ほだきさんですね? 何かありましたか?」

「ええ、まぁ」


 彼女は家族相手に離縁した事、そして娘と夫が黒鵜くろう君に多大な迷惑をかけて本当に申し訳ない事をした。というのを伝えた。




「……と、いうわけなんです。黒鵜くろう君には娘と夫が多大な迷惑をかけたと謝っておいてください。

 出来れば直接謝罪したいけど安易に個人情報を漏らすことはできませんよね?」

「ええ、分かりました。高見たかみさんにはきちんと伝えておきます」

「では、お願いしますね」


 通話が切れた。

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