第22話 夏祭り

 夏休みに入り、学生たちにとっては開放的なお楽しみがいっぱいの約40日がやってきた。

 瀬史琉せしる大愛だいあの家に寄って、彼女が出て来るのを待つ。待つことしばし、浴衣ゆかたを着こんだ大愛だいあがやって来た。


「今年もその柄か」

「うん。中学生の頃から身長あまり伸びないから新しいの買ってくれないんだ」




 父親が中学校教師、母親が弁護士という家庭のため、一般的に言えば「裕福」な大愛だいあの家だった。

 が、倹約はしっかりとしており「背が伸びてないから買い替えなくでもいいでしょ?」という親の言う事には逆らえなかった。

 中学時代から変わらない柄の浴衣には不満げだが、我慢だ。




 7月21日、日曜日。大愛だいあ瀬史琉せしる、それに黒鵜くろうの地元の神社で縁日となる夏祭りが開催されていた。

 参道の両脇に屋台が所狭しと並び、賑わいを見せている。


 その祭りには当然、大愛だいあ瀬史琉せしるも参加する。特に大愛だいあは浴衣を着こむ本気ぶりだ。

 その日は、剣呑けんのんな関係のクラスメートとも無縁な夏休みの初めに景気よいゲン担ぎになる……はずだった。




 バシャッ!


 神社に着いてそう時間が経っていなかった頃、大愛だいあの首から胸にかけて、謎の液体がかかった。

 誰がかけたのか? 肝心な部分は人でごった返す上に薄暗い中だから分からない。

 その直後から、液体がかかった箇所からヒリヒリとした痛みが走った。


「!! な、何これ!! うっ! 痛っ! な、何!? 何なの!?」

大愛だいあ!? どうした!?」


 恋人の異変に気付いた瀬史琉せしるが声をかける。彼女の首や胸にはヤケドのような跡が少しずつ出てきていた。




「む、胸が……首が……痛い!」


 急にうずくまる大愛だいあを見て、瀬史琉せしるは異変を察する。周りの人も「何があったんだ?」と心配している。


「大丈夫か!? しっかりしろ! 救急車呼ぶからな! 浴衣の下はどうなってる!?」

「一応シャツとスパッツはいてる」

「じゃあ浴衣脱げ!」

「え、で、でも……」

「いいから! おーい! 誰か救急車と警察を呼んでくれ! 事件が起きた!」




 瀬史琉せしるは周りに異常事態をアピールすると同時に彼女の浴衣を脱がすと手水舎てみずや……手や口を水で清める場所へ連れて行き、液体がかかって炎症を起こしている部分を水で洗う。


「痛むか?」

「う、うん。痛みは引いてるみたい」

「よかった」


 結論から言えば瀬史琉せしるの行動は最善の物であった。化学物質による被害には極力早く水で洗い流すのが最も効果的なのだ。

 その後、周りの人が呼んだ救急車に乗せられ、病院へと向かう事になった。




「これは、ほぼ間違いなく塩酸ですね」

「塩酸!?」


 院内で手当てしてくれた医師から、謎の液体の正体を告げられた。

 塩酸……主に中学校において化学の授業で扱う強酸性の液体。

 人体にとって有害なのだが便器の黄ばみの特効薬でもあるため、現在でもそれが含まれるトイレ用洗剤が市販され、出回っている。

 今回、それをかけられたのだろう。というのが医師の判断だった。


大愛だいあ!! 大丈夫か!?」

大愛だいあ!! 何があったの!?」


 警察からの連絡を受けて大愛だいあの両親が飛び込んできた。




「故意に何者かが悪意や敵意を持って彼女に向かってかけた、となりますね。大愛だいあちゃん、何か恨みを持たれたことはあるかな?」

「……これと言った覚えは、無いです」

「そうか……無差別犯の可能性もあり、か」


 被害者に同伴する形で病院に来ていた警官が事情を聞いていた。

 次いで警察へ被害状況を報告して、両親は被害届を出すため、警察署へと向かった。




 一方、瀬史琉せしるは病院の外に出て「彼が犯人だとしたら全てにおいて合点がいく」相手に電話をかけていた。


黒鵜くろう……テメェ超えてはいけない一線を越えたな!? 女の身体を傷モノにしやがって!!」

「何ノ話ダ? 女ニ手ヲダシタッテ、ドウイウ事ダ? ソレニ超エテハイケナイ一線ヲ超エテルノハオ前ラジャ……」

「とぼけるなよ! 今日お前は祭りをやってる神社に来てたんだろ!? そして塩酸の入った洗剤を大愛だいあにかけた! そうだろ!?」

「今日ハ1日中家ニ居タヨ。暑イノハ苦手デネ」

「とぼけるなと言ってるんだ! テメェが大愛だいあに手を出したってなら全部辻褄つじつまが合うんだよ! テメェだろやったのは!?

 警察には被害届を出したから、テメェはその内逮捕されるだろうよ。忘れるなよ」


 瀬史琉せしるは通話を切った。

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