第18話 殺すしかない

 季節は6月。梅雨独特の鉛色の空が広がる中、瀬史琉せしる大愛だいあの2人は同じように鉛色のクラスへと登校していた。


 2人が通ってる高校のクラスではいじめが発生し、2人がそのターゲットになっていた。

 中学生だった頃はクラスメートを「狩る」側だったが、今度はクラスメートから「狩られる」立場に転がり落ちた。




 許さねえ……絶対に許さねえ。あのクソ野郎がオレに対して犯した罪を清算させてやる!

 という強い殺意の元、放課後になっていったん自宅に戻った後、ナイフを持って黒鵜くろうが生活している児童保護施設へと自転車に乗って足を運んだが……。


「……行方不明、だと?」

「ええ。黒鵜くろう君は突然施設を出て行く! って言って、そのまま本当に出て行っちゃったの。どこに住んでるのか私も分からなくて……ごめんね」


 どうやら施設の職員も住所が分からず捜索中らしい。予定ではあのクソ野郎の部屋に乗り込んでぶっ殺していた所だったのに、あてが外れてしまった。




 自転車に乗って自宅に帰る途中、パトカーが後ろからやって来た。

 持ってる荷物の中身が「職務質問を受けたら即座にアウト」なだけあって、瀬史琉せしるはパトカーを見るや一瞬目をそらした。

 その一瞬を、警察官は見逃さなかった。


(あの青年……何かあるな)

(ええ、そうですね。行きますか?)

(よし、行こう)


「はい、そこの自転車に乗ってるキミ、止まってくれ」


 警察はパトカーに搭載されたスピーカーで青年に声をかけ、止めさせた。




「……お巡りさんが何の用ですか?」

「いやぁ急いでいる所すまないねぇ。ちょっと荷物の中身を見せて欲しいんだけどいいかな? 5分、いや3分もあれば済む簡単な事だから、いいよね?

 それとも何か見せたくない物でも入ってる、とか?」


『何か見せたくない物でも入ってる』その言葉を聞いて青年の顔が一瞬ピクリ、と反応する。もちろん警察官はそれも見逃さない。




「い、今はちょっと都合が悪くて……」

「そうか、ならおとなしく見せなさい」

「い、いや、だから今は……」

「良いから見せなさい!」

「嫌です!」

「なぜ嫌なんだね?」

「それは……言えません」

「とにかく見せなさい!」


 次第に態度が悪くなってくる警官相手に、瀬史琉せしるは15分程粘ったが限界が来る。渋々カバンを渡した。

 中からはパッケージ等で覆われていない果物ナイフが出てきた。




「……これは一体何なんだね? 正直に答えなさい。嘘をつくと後々苦労することになるぞ」

「……護身用です。護身用に持っていたんです」

「ウソをつくなよ。本当は誰かを刺したかったんだろ?」

「そ、そんなことありません!」

「じゃあ、何のために持ってたんだ?」

「……」


 瀬史琉せしるは答えない……いや正確には、答えられない。




「詳しい話は署内でさせてもらうぞ。それに、見た所中学生か高校生だな? 学校や両親にも連絡するからな」

「!! そ、それだけは勘弁してくれ!」

「駄目だ。そんなに嫌だったらこんなもの持ち歩くんじゃない! 詳しい話を聞かせてもらうぞ」


 正当な理由が無いのに刃物を持ち歩く。という「軽犯罪法」に違反した彼はパトカーに乗せられ、補導という形で警察署まで連行されてしまった。

 もちろん学校や両親にも連絡する。これも補導の内だ。




瀬史琉せしる!! お前何やってるんだ!?」

真田加まだか!! 校内だけじゃなく外でもこんなバカなことやってんのか!?」


 学校や家に連絡が行ったせいで父親や担任教師が駆け付け、何でこんな事をするんだ!? と瀬史琉せしるを責める。

 何とか絞り出したセリフは……。


「……いじめです」

「いじめだと?」

「はい。学校でいじめられていて、イジメてきた相手を殺さないとこっちが殺される。そう思って相手の家に行く途中だったんです。

 これは正当防衛なんですよ。学校でいじめられているから、このままだといじめ殺されると思って仕方なくやった事なんです」

「……」


 担任教師は黙ったままだ。実際学校で無視や軽いイタズラをされているとは噂では聞いているから、反論は出来なかった。




「学校でいじめられているから、か。だったらこんなもの持たずに我々警察を頼ってくれ。事件を解決させるからな」

「はい。すいませんでした」


『いじめからの正当防衛』でその場を押し切り、瀬史琉せしるは解放された。


「いいのか? 学校でいじめられているってバラして……警察が関わるとさすがの父さんでも隠しきることは出来んぞ? ただでさえ学校が違うんだ。中学のようにはいかないぞ?」

「大丈夫だって。元々の原因まで警察は触れやしねえって」


 警察署を出て家路へと向かおうとしていた瀬史琉せしるは楽観視していた。

 この後、言い逃れの出来ない程の大事件を起こす事になるとは知らずに。

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