第15話 これ以上あの子達を責めないで!

「……黒鵜くろう君。夕ご飯を食べたら私の部屋に来てちょうだい。大事な話があるから」

「? ワカリマシタヨ」


 児童保護施設にいた黒鵜くろうことフクシュウ狂ヒは母親代わりの施設で働く先生にそう言われ、言われた通り彼女の部屋へとやって来た。




黒鵜くろう君! 聞いたわよ! あなた瀬史琉せしる君や大愛だいあちゃんに酷い事をしてるんですって!?

 あの2人が通ってる高校であの子たちがいじめられるように仕向けたんですって!? そんな事、許されると思ってるの!?」


 先生は普段の「余程の事」が無い限り穏やかな性格からは想像もできない程の、頭に血液が一気にのぼった上での怒声と怒号をぶつけてくる。

 彼女にとっては正直な話、黒鵜くろうよりも瀬史琉せしる大愛だいあの方が可愛かった。

 その2人を傷つける行為は「余程の事」ではないのだろう。




 彼女は以前、黒鵜くろうが2人による中学でのイジメを誇張を抜きに伝えたのに「どうしてそんな酷いウソをつくの?」と一切信じようとしなかった。

 黒鵜くろうにとっては産まれてから世話になっているという恩人なので瀬史琉せしる大愛だいあ、あるいはその父親たちみたいに危害を加えようとはしなかったが、

 それでも好きか嫌いかで言えば間違いなく嫌い、もっと言えば「最近になって急に嫌いになった」人間だった。




「ソンナニモ瀬史琉せしるガカワイイノナラ、ソイツノ『ママ』ニデモナッタラドウダ!? アイツの親は離婚シテイルカラ後釜トシテ、チョウドイインジャナイノカ!?

 真田加まだか校長ノ奴ト結婚スレバ合法的ニ瀬史琉せしるノ『ママ』ニナレルゾ!? コンナ施設デ腐ッテル暇ガアッタラ、アノ校長トデートデモスルンダナ!」

黒鵜くろう君! あなた自分がどれだけ酷い事をしているのか、自覚があるの!?」

「悪イ事ナンテシテナイネ。中学校デ散々借リタ『貸し』や『ツケ』ヲ返シテルダケダ。利子ヲタップリト付ケテナ」

「な……!! 黒鵜くろう君! 何よその言い方は!?」




 黒鵜くろうことフクシュウ狂ヒは例え育ての親相手だろうが一歩たりとも引かなかった。ここだけは絶対に、誰が相手だろうと決して譲れない所だった。

 だからこそなのか、先生と彼の話し合いは全くの平行線で決して交わることは無かった。

 人というのは変われない。一度「こうだ」と信じたらよほどのことが無い限り変われない。人によってはそれこそ、自分が変わる位なら死んだ方がましだ。と思う位には。


「ああそう! そんなこと言うのね! だったらこの施設を出て行きなさい!」

「!!」


 先生もそうで、瀬史琉せしる君と大愛だいあちゃんは可愛くて可愛くて、それこそ目に入れても痛くない程愛おしくてたまらない模範的な高校生。

 という常識は、黒鵜くろうがいくら言っても変わらないものだった。その末に出たのが「2人をいじめるのなら施設から出て行け」という脅しである。

 彼女は目の前の孤児よりも、優等生である瀬史琉せしる君と大愛だいあちゃんを取っていた。




(……ココマデトハ、思ワナカッタ)

 黒鵜くろうことフクシュウ狂ヒは、相手の「ここまで強く出るか」という位の姿勢に困惑していた。

 ここまで、そう「ここまで」自分よりもあの2人を取るとは思っておらず、予想をはるかに超えていた。


「……考エル時間ヲ下サイ」


 彼は少しだけ弱気にそう吐いた。


「……分かったわ。私としては、これ以上バカなマネをするのは辞めて欲しいけどね」

「……」


 彼は無言で先生の部屋を出た。




 コレカラドウシヨウ……。

 黒鵜くろうことフクシュウ狂ヒはどん底に叩き落された。彼女はいつでも本気だし、どんな時でも嘘だけはつく人間じゃない。

 彼女のもとで育てられた彼には、それがよく分かっていた。


 いっそのこと本当に施設を出ようか? でもそうなると生活はどうなる? 中卒を雇ってくれるところがどこにあるだろうか?

 学歴上、コンビニや飲食店のバイトでも雇ってくれるかどうか怪しいし、ハローワークに通っても似たようなものだろう。

 でもあの2人への復讐は止めるつもりは全くないし、あり得ない選択肢でもある……堂々巡りだ。

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