第13話 鉄拳制裁

 1週間の停学処分を下された瀬史琉せしるはその期間中、黒鵜くろうが住んでいる児童養護施設へと足を運んだ。

 夕方で空は赤く、カラスの鳴き声が聞こえていた。




「あら! 瀬史琉せしる君じゃない! どうしたの?」

黒鵜くろう君に用があるんですよ。います?」

「ええ、いるわよ。呼ぶ?」

「いや、いいです。部屋は分かってますから行きますね」


 前回、スマホを取りに来た時には会わなかった、施設でフクシュウ狂ヒの保護者をやっている先生は、まるで推しのアイドル本人が家まで来たかのようにとんでもなく上機嫌だった。

 それだけ瀬史琉せしるの事が「好き」なのだろう。

 彼がいじめをやっていることに全く気付いていないその様はラノベの「難聴系主人公」のようだ、と言われても反論出来ない。




 瀬史琉せしるはフクシュウ狂ヒの部屋にいた彼を見るや、殴る蹴るの暴行を始めた。


黒鵜くろう、テメェ調子こいてんじゃねえぞ。今のオレは未成年だからテメェを殺しても罪にならねえんだぞ分かってんのか!? ええ!?」

「ヤレヤレ。スグニソウヤッテ暴力ニ出ルナンテ随分ト野蛮ナ話ダナ。友達相手ナラマズハ話シ合ウノガ筋ジャナイノカイ?」

「アァ!? だれがいつテメェなんかの事を友達呼ばわりしたんだ? 言って見ろや」

「中学時代ニ『オレ達は友達だから当然、御初穂料おはつほりょう納めるよな?』ッテ言ッテタノハオ前ジャナイカ。ア、モシカシテ大愛だいあダッタカモナ」


 それを聞くと、瀬史琉せしるは更に暴力を振るった。




「テメェ。レイプ魔の子供の分際で偉そうな事言うんじゃねえぞ。テメェの命なんてチリ以下なんだぞ? 身の程をわきまえろカスが!! 死にてえのか!?」

「死ニタイカ? ト来タカ。オイオイ友達ニ向カッテ随分ト物騒ナ話ダナ。言ッテオクガココハ中学校ジャナイゾ? 学校トイウ閉鎖空間デモナケレバ校長ヤ担任教師トイッタ味方モイナイゾ?

 俺ヲ殺シタラ確実ニ「人殺し」トシテニュースニ載ルシ、犯罪歴ガ付イテマトモナ生活ヲ送レナクナルゾ? ソレデモイイノナラ殺スガイイ」

「オレに向かって何だその態度は? テメェ……」


 そこまで言うと、ドアがノックされる。

 瀬史琉せしるはそれを聞くや瞬時に態度を変えて黒鵜くろうから離れてドアを開けると、フクシュウ狂ヒの保護者がお菓子やジュースを持ってやってきた。




「邪魔して悪かったかな? 瀬史琉せしる君、うちの黒鵜くろうが世話になったわね」

「ええ、大事なクラスメートでしたよ。大事な友達だっていうのは今でも変わっていませんよ」


 瀬史琉せしるの口からは、心にも思ってないセリフがペラペラと出てくる。それも芸歴30年以上の超大御所俳優が言うようにしっかりと感情を込められたものだ。

 それを聞いて施設職員である黒鵜くろうの保護者はうっとりループが止まらない。完全に骨抜き、メロメロにされていた。

 ルンルン気分で彼女がドアを閉めると、さっきの話の再開だ。




「エート、ドンナ話ダッタカナ? ツイサッキ友達ダ、ッテ言ッタジャナイカ? モウ忘レタノカ?」

「もういい、しゃべるな。テメェの屁理屈聞いてると虫唾むしずが走るんだ。その声聞いてるだけで腹が立つんだよ」

「イヤァ、オ前ノ友達ヲヤルノハ命ガケダヨナァ。常ニ罵倒サレル毎日ダカラナァ」


 瀬史琉せしるはまた暴力を振るった……暴力の上乗せだ。




「しゃべるなと言ってるだろ。その声聞いてるだけで頭に来るって何度言ったら分かるんだ?」

「ヤレヤレ、友達付キ合イモ楽ジャナイナ。特ニ学校デ話題ノ人物ト来タラ、ナオサラダカラナ」


 そこまでやっても一切懲りない相手についに業を煮やして瀬史琉せしる黒鵜くろうの首を絞める。その目は本気だ……本当に殺そうと思っている。

 相手が意識を失う直前まで絞めた、その時だ。




 ♪~♪♪


 瀬史琉せしるのスマホが鳴った。彼は首を絞める手を放して出る。


「もしもし、父さん? オレは今黒鵜くろうの家にいるんだ。うんわかった、すぐ帰るから心配するなって」


 どうやら彼の父親が帰りの遅いのを心配して電話をかけて来たらしい。


「今日はこの辺にしてやる。次変な事やったらガチで殺すからな」


 瀬史琉せしるは去っていった。




 大丈夫、瀬史琉せしるニハ勝ッテイル。


 フクシュウ狂ヒは一見、中学生時代とあまり変わらない位にボコボコにされてボロボロになっていたが、勝利を確信していた。

 相手は明らかに焦っていた……恋人の全裸画像が世界中に広まり、しかも完全に無くすことは出来ないだなんて想像もしてなかったからだ。

 それに、聞いた話では高校を停学になったそう。彼の高校生活にも着実にダメージが入っている。

 フクシュウ狂ヒは相手が暴力を振るう以外に抵抗手段が無いのを分かった上で、これからどう追い詰めようかとあれこれ思索する……それは実に楽しい時間だった。




 彼は人殺しが大嫌いだった。人を殺すというのはバカのやる事だ。地球に人間として生を受けて産まれてきたことを心の底から後悔させるのが復讐というものだ。

 悲しみや罪悪感による涙が枯れて泣きたくても泣けない。人類が考えられうる限りの謝罪、その全てを否定し永遠に苦しめ続ける。

 それこそが復讐であり、たかがナイフで刺すだなんてバカすぎてやってられないものだ。

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